目が覚めたら制作中の3DダンジョンRPGの世界にひとりぼっちだったので、制作者権限で好みの女の子を取り揃えることにした

桐山じゃろ

第1話

 十日ほど前に、世間でとある3DダンジョンRPGがバズった。

 3DダンジョンRPGと言えば「ザ・魔法使い」や「ダンジョン・オブ・イグドラシル」といった大作が既にあって、コアなファンがついているというイメージを勝手に持っていたのだが、有名配信者が実況動画を面白おかしくアップしたという理由だけで、二週間前に発売されたばかりのタイトルが大売れしたのだ。


 俺はとある小さなゲーム制作会社で働いている、しがないプログラマの三道みみち譲司じょうじ

 社長は学生時代からの友人で、先見の明と会社運営の手腕はあるが、クリエイターとしての才能はない奴だ。

 社員は他に二人。サウンド、グラフィッカーが一人ずつ。

 少数精鋭といえば聞こえはいいが、マンションの一室をオフィスにした、同人作家グループに毛が生えた程度の小さな小さな会社だ。


 バズったゲームがアーリーアクセスの頃から目をつけていた社長の命令で、我が社は総力(実質四人)をあげて似たようなゲーム……つまり話題に乗っかるためだけのゲーム開発をはじめた。

 救いは、件のゲームの内容がかなり薄っぺらいものだったこと。じっくり進めても十時間ほどですべての要素をやりきれる手軽さが、実況動画投稿者にウケたのだろう。

 だから俺のいる会社も「簡単で手軽な3DダンジョンRPGを作ろう」ということになった。


 まあ、ゲーム開発に「簡単で手軽な」方法など無いわけだが。


 ネットのバズりは旬が短い。納期は一ヶ月という無茶ぶりのせいで、俺を含む制作チーム(実質三人)は全員、この三週間家に帰っていない。

 マンションの一室だからちゃんとした風呂はあるものの、入浴はシャワーのみ。

 食事はコンビニ飯か出前。これはなんと自腹。

 寝るときは床の上に寝袋で寝るか、机に突っ伏すか。

 誰が一番最初に倒れるかというデッドレース状態だった。


 俺はその日の記憶がもう曖昧だ。

 パーティに仲間を増やせないという謎のバグが発生し、それの対応が済むまで終われないという仕事をしていた。


 そして気がついたら、暗いところにいた。


 最初は、寝落ちして椅子から転げ落ち、そのまま寝袋にも入らないで床の上で寝ているから、身体中が痛いのかと思った。

 しかし地面は誰も掃除をする暇がないためジャリジャリとホコリっぽいフローリング――ではなく、石のレンガが敷かれている。

 そして両側と、少し奥に壁がある。

 うちのオフィスはたしかに小さいが、こんな作りはしていなかったし、こんなに狭くもない。

 横を向くと、視界が一面石レンガの壁になった。

 このあたりで妙なことに気がついた。

 上下に視線を移せない。

 後ろを振り返ると、ぐりんと体ごと180度回転し、斜めの位置で止まれない。

 自分の手は見えるが、足や胴体は見えない。


 こんな視界には嫌というほど覚えがある。

 先人たちが築き上げてきた3DダンジョンRPGの視界そのもの、一人称視点というやつだ。

 当然、先に述べたバズったRPGや、俺たちが作っているゲームでも同じシステムを採用している。

 なにせ低予算、短納期ゲームだから、アニメーションは最小限だし、グラフィックも使いまわしが多くパターンが少ない。


 何も夢の中でまでゲームのデバッグしなくていいのに。

 最初はそう考えていた。


 なんとなく歩いてみると、一歩歩くたびに「ザッ」という効果音が入り、正面にあった壁が突然目の前に迫る。

「うおっ!?」

 思わず吃驚してのけぞろうとしたが、ゲームでそんな動きはできない。

 左を向いて、また一歩。


『敵があらわれた!』


 視界の下の方に黒い枠とメッセージが表示され、目の前にはゴブリンが三匹現れていた。

 もう3DダンジョンもRPGも見たくないのに、こんな夢嫌だ。

 そこでふと、思い出した。

 夢の中で夢だと認識すると、明晰夢となって夢を自在に操れると聞いたことがある。

 ゴブリンは作っていたゲーム内で最弱だが、どうせならスパッと爽快に倒したい。

 俺の手にはきっと、開発用の最強の剣が握られているはず、と信じて、「攻撃」のコマンドを選ぶ。


 視界に現れた俺の手には、何も握られていなかった。


『ミス!』


『ゴブリンAの攻撃! じょうじは3のダメージ!』

『ゴブリンBの攻撃! じょうじは2のダメージ!』

『ゴブリンCの攻撃! じょうじは4のダメージ!』


 痛ってえええええ!!


 叫んでも自分の声すら聞こえない。

 ああ、そうか。低予算ゲーム以前に声優を雇う余力予算や自力で声を当てる胆力もないから、このゲームにはボイスが一切ない。

 そんなところを忠実に再現してどうする。

 その前に、痛みが本物すぎる。


 ゴブリンは俺がだらだらとしている間、一切動かなかった。

 そうか、ターン制だ。

 今は俺のターン。

 アイテム、アイテムはどこだ!? 魔法とか使えないか?

 痛みを堪えてどうにか冷静にコマンドを眺めると、どちらのコマンドもない。


 最悪だ。これ、開発初期の、ちゃんとエンカウントするかどうかの確認作業中っていう程度しか進行してない状態だ。


 でも、このまま放置していればゴブリンの攻撃はこない。

 痛みは恐らく、現実世界で床から落ちたせいだろう。

 待っていれば目が覚めて、怪我にも対応できるはずだ。


 俺は待って、待って、待って……。いくら待っても目が覚めない。

 ゴブリンたちは相変わらず、棍棒を頭上に掲げたポーズで固まったまま、動かない。

 俺が動かないと……ゴブリンにやられないと、事態は動かないんじゃないか?


 プログラマのさがとも言えるデバッグ行動を試すべく、俺はもう一度、今度は丁寧に『攻撃』を選んだ。

 素手でもミスさえしなければ、ゴブリンにダメージを与えられるはずだ。


『ミス!』


『ゴブリンAの攻撃! じょうじは3のダメージ!』


『じょうじは死んでしまった!』






「んはっ!?」

 気がつけば、親の顔より見たオフィスの天井を眺めていた。

 椅子から転げ落ちて、床で寝ていたらしい。

「よかった、夢……うっ、痛ててて!?」

 ホッとしたのもつかの間、全身に死にそうなほどの痛みを感じる。

 どうにか立ち上がり、洗面台の鏡の前まで行き、二週間洗っていないシャツと肌着をはだける。

「うっわ……え?」

 上半身は青くない部分がないほど痣だらけだったのが、見てる間に、元の青白い肌へ戻っていった。

 痛みも引いていく。

「どういうことだ……」

 夢だけど、夢じゃなかった?



「おーい三道、どうしたー?」

 グラフィッカーの声だ。

 社長と同じく学生時代からの友人で、奴も長期間家に帰っていない。

 俺が起きるなり意味不明な言動をしていたから、一応心配してくれたのだろう。

「ああ、ちょっと寝ぼけてたっぽい」

「そーかそーか。バグとれたか?」

「あっ」

 俺は急いで自席へ戻り、パソコンを操作した。

「……よしっ、バグは取れてる。……なあ、今からキャラ増やすことって可能か?」


 俺は夢の中の自分のことを鮮明に思い出せた。

 RPGで、一人旅から始まることの大きな不安と、寂しさ。


「キャラ増やすって、どういう意味だ?」

 グラフィッカーの眉間に皺が寄る。

 ゲームにおいてキャラを増やすということは、新規に絵を作り、ゲームのどこに挿入するか吟味し、プログラムし直し、時には専用のBGMを用意しなければならない。

 納期まで残り一週間の俺たちにとっては、無謀以前の問題で、提案者がたとえ社長だろうとも、フルボッコにしても足りないくらい、呪われた提案だ。


 だけど、このゲームには……俺には、序盤から仲間が必要だと痛感した。

 どうせなら、可愛い女の子がいい。それも、どうせなら……。


「巨乳タレ目金髪ロングヘア尻尾ふさふさ魔法使い狐っ娘を、初期パーティに入れよう!」



 俺はグラフィッカーと、話を聞いていたサウンドの二人から文字通りフルボッコにされたが、主張を貫き通した。




*納期まで、残り6日*

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