第20話 二人目

「こんにちはあ。あなたが話に聞いていた作家志望者さんですか?」


 夕方、Web会議の場にて。

 暫く顔が出てこないのを疑問には思っていたが、いざ出てきたと思ったら、それはアバターだった。黒髪ロングの眼鏡をかけた、如何にも読書好きって感じの女性だった。


「……どういうことだ、歩」


 おれは意味が分からず、歩に問いかける。


「言っていなかったっけ?」

「聞いていねえよ。もしかして顔を出すのがNGとかか?」

「半分正解だけれどね……。肇くん、きみはVTuberという概念を知っているかな?」


 まあ、聞いたことはあるけれど。

 要するに、生配信や動画投稿をしながら生計を立てている人のことだろう? それだけなら、Vの文字がつくことはないのだが、顔を出すのではなくイラストや3Dモデルを出すことでその代替としている——それがVTuberだったと記憶している。


「そう、それ。で、その目の前に居るのが……」

「はいはい、わたしは作家もやりつつ配信しているVTuber、牧場ひつじって言います。どうぞよろしく」


 おっとりとした声だった。

 しかし——いまいちピンとこない。動画配信をしつつ、作家をしているってことか?


「ひつじちゃんはね、作家系VTuberとして活動しているんだよね」

「いや、系とかじゃなくて現に作家になっているんだよな?」

「まあ、そういうことになるかなあ。謙虚に毎日執筆しているよ」


 そう言った牧場は、カメラを切り替える。

 と言っても、どうやらウィンドウを共有しているだけのようだった。

 それは、原稿用紙を模したソフトウェアの画面だった。


「……これは?」

「だから、言ったじゃない。わたしは作家だって。確かにまあ、本業はVTuberをやらせてもらっているけれどね。配信をしながら原稿をする時だってあるし、疲れたなあと思ったらゲームや雑談の配信に切り替えることだってある。ともあれ……自由なやり方でやらせてもらっているよ」

「あんまり参考にはならないけれどねえ」


 歩はそう言って笑みを浮かべる。


「分かっているなら、何でわたしを呼びつけたんだよ?」

「いや、まあ……別に良いじゃん。そんなこと言わなくても。水くさいなあ」

「水くさいとかそういう話ではなくてね……」


 牧場は深い溜息を吐いて、画面共有を閉じる。

 どうやらこういうのは慣れっこ、といった感じだが、友人関係にでもなっているのだろうか?


「良いから、さっさと言ってくれない? 一応、こちとら企業に所属している訳で、マネージャーさんに無理言って空けてもらったスケジュールなのだけれどね? 今日も八時から配信をする予定だし」


 八時というと、あと三時間弱か。

 準備とか、しなくて良いのだろうか?


「ごめんね。それじゃあ、言うけれど……。肇くんの原稿を読んで、アドバイスをもらえないかな? 物語の根幹に関わる修正点だって、バンバン言ってもらって構わないよ。作品が面白くなるアイディアならば、何だって良いのだから」



◇◇◇



「……はい?」


 歩の言葉に、おれと牧場は二人で目を丸くした。

 いや、牧場の方はアバターだから、そこまで厳密な表現は出来ないだろう——と思っていたが、最近の3D技術もトラッキング技術も素晴らしく、目を丸くした表情もお手の物だった。こりゃ、近い将来人間そっくりの3Dグラフィックが出てきても——不気味の谷を軽々と越える代物が出てきたとしても、何らおかしくはないな。


「いや、だから言った通り——」

「意味は分かっている。分かっているけれど……如何して?」


 牧場は問いかける。

 そりゃあそうだろう。幾ら友人だとしても、見ず知らずの作家志望者の作品を読んで、それにアドバイスを送ってほしい——そんなお願いを聞かれて、一言目に了承しますなんて言う人間は居やしない。

 もし居るとすれば、そいつはよっぽどのお人好しだ。


「駄目かな?」

「駄目かな、って言われてもなあ……。こっちだって執筆作業が遅れ気味なところもあるし、あんまり他の仕事入れられないんだよね」


 まあ、そりゃそうだよな。


「そこを何とか」


 いや、そこでさらに押そうとする歩も歩だけれど。

 普通向こうが難しいと言ってきたら、食い下がるものじゃないのだろうか……。


「……プロローグだけ読んであげる」

「えっ?」

「プロローグだけ読んで、面白かったら続きも読むよ。もし少しでも琴線に触れる様子がなければ、それで辞めるから。それでも良い?」

「良いよ、それでも」


 歩は直ぐに言った。

 おれの作品に対してかなり高く買ってくれているのは大変有難いことだけれど、それを言うのはおれの役割じゃないだろうか?


「……面白いね、アンタ」


 牧場は笑いながら、そう言った。

 首を傾げる歩は、どうやら牧場が何故そう言ったのか分からない様子だった。

 いや、流石におれだって分かるぞ。相手が言いたいことは——。


「だって、普通は作者が自信満々に胸を張るものだろ? それを、作者ではないただの友人がそこまで胸を張って言えるって……。まあ、胸を張っているのは稀代のベストセラー作家、か。重みが違うと言えばそれまでだけれど」

「まあまあ、面白いのは確かだよ。ただ、今読んでいるのがぼくだけだからさあ。ほら、こういうのって複数人で読んでおいて、多方面からコメントを貰った方が良いじゃないか。だからさ、」

「あーはいはい、分かりました。読みますよ、読めば良いんでしょ! 良いからさっさとその原稿を送りなさいよ!」


 その言葉を待っていましたと言わんばかりに、歩は直ぐにチャット欄に原稿のファイルをドラッグアンドドロップしていく。


「早っ……。まるでこっちの台詞を待っていました、って感じじゃない……」


 牧場は驚いたような呆れたような、そんな表情を浮かべていた。

 カチッ、カチッ、とマウスのクリック音が聞こえることから、どうやら今ファイルを開いてくれているらしい。

 そして、目を右から左へゆっくりと動かしている。黙読しているのだろう。しかしそんなところまでトラッキング出来るだなんて、凄い技術だなあ——などと思っていたら、


「……成る程ね」


 ぽつりと、牧場の呟く声が聞こえた。

 続けて、


「少し、時間貰える? 何とか読み進めて、今日中にはアドバイスを送るから」

「それで良いよ。よろしくね」


 そうして、Web会議は急展開を迎えて終了するのだった——いや、本当に何が起きているのか、さっぱり理解出来ない。

 何故、急に態度が変わってしまったのだろうか?

 まあ、ともかく——アドバイスを頂けるというのは、有難いことだ。

 戦々恐々とはするが、先ずは待つほかない。

 そう思い、おれはそのアドバイスが来るのを待っている間、続きを書こうとするのであった。

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