第5話 決意

「随分と早く連絡を寄越したものだね、二時間ぐらいかな? ギブアップ宣言をするには、未だ早いと思うけれどね」


 歩を呼び出したのは、あれから二時間後のことだった。確かにアイディアを出すという一つのプロセスをクリアするためには、二時間という時間は短すぎるのやもしれない。現におれも、こんな早く終わるとは思いもしなかった。

 けれど、アイディアは出てきた。

 暫くのブランクもあったとはいえ、良くこんな短時間で出たものだ——自分で自分を褒めたくなる。


「おれもまさかこんな早くアイディアが出てくるとは思いもしなかったよ。……だが、この後どうすれば良いか分からなくてね」

「どうすれば、とは?」

「歩。おまえの最終目標は何だ? おれに物語を作らせる。それは良いだろう。けれども、それが最終到達点であるとは到底思えない。おまえはきっと、さらに先のことを考えているはずだ。違うか?」

「……、」


 歩は、直ぐに答えを出さなかった。

 考えているのか、敢えて時間を掛けているのか……分からない。


「……それは、きみが面白い小説を書けるかどうか、だよ。どうだい、先ずはアイディアを教えてくれないかな」

「……まあ、そう言われたら、仕方がないか」


 おれは、パソコンを立ち上げる。

 と言っても、ノートパソコンだったのでスリープを解除する、と言った方が正しいのかもしれないのだが。

 メモ帳アプリを開いて、先程まで書いていたプロットのファイルを開いた。


「……ほうほう、既にプロットまで書いてくれていたのか」

「随分と久しぶり過ぎてな。どうやって小説を書いていたかな——なんて考えているうちに、基本に立ち返るべきかな、と思ったんだよ。面白いかどうかは分からないけれど……」

「まあ、見せてくれよ。評価はそれからだからさ……」


 そう言いながら、歩は画面に出ているプロットを見ていく。

 そのまなざしは、真剣そのものだ。

 マウスを奪い取り、画面を最大化し、スクロールさせ、プロットを最後まで見ていった。

 立ち上がり、踵を返す。


「……駄目だったか?」


 もしかして、お気に召さなかったのかもしれない。

 期待に応えられなかった——のであれば致し方ない。所詮、この程度だったんだよ、おれの小説というのは……。


「そのプロット、印刷しておいてくれるかな?」

「え?」

「印刷だよ、印刷。きちんと見ておきたいからね。よろしく頼むよ」


 そう言って、部屋から出て行った。

 正直、歩の言っていることの意味が、さっぱり分からなかった。

 けれども、先ずは歩の言葉に従うしかない。そう思いながら、おれはプロットを印刷するのだった。



 ◇◇◇



「中島先生、お待たせしました」


 最近は、出版社との打ち合わせもウェブ会議アプリを使うことが多くなった。

 けれども、今日ばかりは面と向かって会っておきたかった。

 だからわざわざ鉄道を乗り継いでここまでやって来たのだ。

 編集者の近藤とは、デビュー作からの付き合いだ。金髪にピアス、金色の腕時計をした姿はどう見ても編集者には見えないのだけれど、これでちゃんとサラリーマンしているのだから、人間ってのは面白いものだと思う。


「いや、急にお願いしてすいませんね。近藤さん」


 今居る場所は、出版社の打ち合わせブースだ。

 打ち合わせブースでは、未公開の作品に関する情報が沢山聞こえてくる。けれども、誰もそれを盗んで使おうという人間は居ない。誰もが他人のアイディアを使わないといけないぐらい、アイディアが枯渇している訳でもないからね。


「全然構いませんよ。ところで、見てもらいたい物があるって言っていましたけれど」

「ええ、そうなんですよ」


 リュックサックから封筒を取り出す。

 いつもは決まってノートパソコンを取り出すので、少し驚いた様子を見せた。


「珍しいですね、印刷物を持ってくるなんて。モニターに映すのかと思っていましたけれど?」

「まあまあ、たまにはそういう時だってありますよ。で、これなんですけれど……」


 見せたのは、肇くんが作ったプロットだ。

 A4用紙三枚のプロットには、簡単な設定も付記されている。これだけであっても、普通に小説を書き始めることは出来るし、小説そのものの面白さも見ることが出来る。だから編集者に見てもらうことのメリットの一つとして——。


「……先生、これ、新作のプロットですか? 非常に面白いですね。特にこの主人公の行動に一貫性があり、復讐というストーリーも良いですし……。いつ書き始めます? 早速書いているのでしたら、出版は是非当社に……」

「いや、これなんですけれど、ぼくが作ったプロットじゃないんですよ」

「……えっ?」


 近藤さんが目を丸くして、言った。

 でも、ぼくの目は確かだった。

 肇くんのアイディアは面白い——それは間違いじゃなかった。


「ぼくの友人なんですよ。ずっと小説を書いていましたけれど、最近は書いていなくて。でも、久しぶりに書いてくれた作品のプロットなんです。これ、どれぐらいで考えてきたと思いますか?」

「うーん、どうでしょうね……。一週間ぐらいですか?」

「二時間です」

「二時間……」


 再び絶句する近藤さん。


「……これ、完成したら読ませてくれますか」

「考えてはいます。けれど、それをするのはどうかな、って思いまして」

「?」


 村木肇の作品は、もっと多くの人に読んでほしいし、力を試してほしいと思う。

 ぼくの力を使えば直ぐに商業に乗せることは出来るだろう。けれども……けれども、それは間違いだ。


「もっと、良い舞台を考えていますから」


 期待は、確信に変わった。

 あとは、本人が何処まで頑張るか——だよ。

 ぼくはそれを応援することしか出来ないし、必要以上の介入はしないつもりだ。

 これ以上は、一人の読者として、ライバルとして、見守る——ただそれだけだ。

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