4-3


       ×××


 樹原界徒きはらかいとが那月未来に撃たれたことで長いようで短かったキューブでの戦いに終止符が打たれた。

 次代はそっと息を吐く。最後の戦いを乗り越え、肩の荷が下りる。満面の笑みとまではいかないが、ほっとしたことで少し表情が緩んでいるのが鏡を見なくてもわかった。

 彼女を、那月未来なつきみらいを最後まで勝ち残らせることができたのだ。

 次代のもとまでやってきた未来も、似たような顔をしている。

 過酷な戦いを勝ち抜き、今に辿り着いた。達成感よりも安堵する気持ちの方が強かった。

「終わったね」

「ああ」

 二人は数秒、互いにじっと見つめ合い、同時にため込んだ笑みを吐き出した。苦悩や後悔の先に掴んだ勝利。二人はその喜びを噛み締める。

「ジダイ、その……右腕、大丈夫?」

 未来は心配げに次代の右腕があった位置を見据えた。

「大丈夫ってわけじゃないが、大したことじゃない」

「そんなわけないでしょ!」

「大袈裟だ。どうせこの体は魂の器でしかない。生き返った後も右腕を失ったままってわけじゃないだろ」

「そうなのかな……? そういえば、最後はどうなるのかな?」

 未来がふと先の展開を考え、素朴な疑問が生まれる。

「言われてみれば、そうだな……」

 最後まで勝ち残る。エグザルフのチュートリアル通りに従い、ここまで戦ってきたが、その後の詳細は聞かされていなかった。戦いの前に逐一教えていては時間がいくらあっても足りない。説明を省いたのは仕方のないことだ。

 終わりを迎えるためには、もう一度エグザルフの顔を拝まなければならないのか、と嫌気がさす。できることならば、二度と顔を合わせたくはなかった。

 そして次代の期待はあっさりと裏切るように、エグザルフが姿を見せた。

「おめでとー! 正真正銘、キミたちが最後まで勝ち残ったパートナーだ!」

 どこからともなく突拍子もなく現れたエグザルフは、大きな声で二人を祝福した。

「そうなるよな……」

 自然とため息がこぼれる。エグザルフの姿を視認した次代は、エグザルフに会うことなく終わりたかったという考えが甘かったことを自覚する。

「なんだい? あまり嬉しくなさそうじゃないか、次代クン」

「お前の顔を見るまでは嬉しかったかもな」

「天邪鬼だね。未来クンは当然嬉しいよね?」

 エグザルフは次代に呆れて、未来に勝者としてあるべき手本を求める。

 未来は人差し指で頬を掻き、照れくさそうに答えた。

「これまでのことを考えると素直に喜ぶわけにはいかないけど、やっぱり嬉しいんだと思う」

「うん。大変素直でよろしい。天邪鬼な次代クンとは大違いだ」

「お前はどうしても俺を攻撃しないと気が済まないのか。それでエグザルフ、これから俺たちはどうなるんだ?」

 前置きが長いと次代は本題に入るようエグザルフを急かした。

 するとエグザルフはきょとんと首を傾げる。次代の目には、それがあまりにわざとらしく見えた。まだ何かがある。用心深い次代はついエグザルフを疑ってしまう。

「どうなるってどういうことだい?」

「最後まで勝ち残れば生き返ることができるって、お前が最初に言ったんだろ」

「ああ……そういうことね。そんなこと言ったっけ? ねぇ、未来クン、僕そう言ったかな?」

 エグザルフはとぼけた風を装って、未来に次代の言葉に間違いがないかと問いかける。チュートリアルは全員まとめてではなく、一人ひとりに行われているが、その内容に大きな差はない。未来も次代とほとんど同じ話を聞かされている。

 未来はこくりと頷く。次代が言っていることに間違いがあるとは思わなかった。

「うん。確かに言ってた」

「そっかそっか。二人がそういうなら間違いないみたいだね」

「言い逃れでもしようって口ぶりだな」

「まさか。僕は嘘をつかないって最初に言ったじゃないか。これまでもキミたちに一度でも嘘をついたことがあるかい? ないよね?」

 エグザルフは、次代たちを騙すような真似はしたが、嘘自体は一度もついたことがない。わかっているからこそ、反論しようがなかった

「でもね、誰にだってミスはするから、念のため確認しただけさ。キミだって用心深く戦っていたじゃないか。同じことだよ」

「一緒にするな」

「それでなんだっけ? これからのことだっけ?」

 次代の言葉を拾わず、エグザルフは話の進行を優先する。

「勝ち残った私たちは生き返れるんでしょ」

「う~ん? うーん……」

 エグザルフは手で顎に触れて唸った。それはまるで未来の言葉に一部誤りが含まれていると言わんとしているようだった。

「それは少し違うね。確かに最後まで勝ち残れば、生き返る権利を得られるんだけど、キミたちは最後まで勝ち残ったパートナーってだけなんだよ」

 次代は瞬時にエグザルフが話を理解し、憤りを覚えた。込み上げてくる衝動を抑え、眼前の黒いネコを睥睨する。

「どうしたんだい次代クン? そんな怖い顔をして僕を見ないでよ」

「答えろ。どうして俺たちにパートナーなんて組ませた……」

「どうしてって、それは力を合わせて勝ち残った二人が最後に殺し合うなんて、最高に面白いことじゃないか」

 次代の問い、エグザルフの回答に未来は絶句する。その口ぶりでは、まるで次代と未来がこれから殺し合わなければならないと言っているようなものだ。

「そんなことのために!?」

「うん、そうだよ。だから樹原界徒クンに勝たれたら面白くないってキミたちを応援したんじゃないか。覚えているよね?」

 エグザルフは当たり前のことだと言いたげにきょとんとしている。

 思い返せば、らしくない理由だった。エグザルフがありふれた正義感をふりかざすほど、おかしなことはない。

「俺たちは最初からお前の手のひらで踊らされてたってわけかよ」

「どうだろうね。おかげで面白いものが見られたよ。何より、もっと面白いものがこれから見られるんだから。生き返りを賭けて、ただ殺し合うんじゃない。オーバーリンクに達した二人が殺し合うんだ。これ以上に愉快なことはない」

 エグザルフが感じている高揚感のすべてはその言葉に宿っていた。

 だからこそ、次代の怒りは頂点に達する。エグザルフには一切の暴力が通用しない。それでも迸る感情を解き放たずにはいられなかった。

「ふざけないで! 人の命を弄んで何が楽しいの。そんなのって最低だよ」

 我慢が爆発する寸前、次代よりも先に未来がエグザルフを糾弾した。

 激昂する未来にエグザルフはまるで動じない。それどころか、その姿を見ることも楽しみの一つだと不敵に笑う。

「キミたちがそういう価値観を持っていてくれないと、僕の楽しみも成立しないんだ。WINWINな関係だね」

「何がWINWINだ。俺たちには何の得もないだろ」

「なんだかなぁ……キミたちの終わりゆく命にチャンスを与えた僕は感謝こそされ、恨まれる理由はないはずなんだけどね」

「その結果がお前の玩具か」

「うん」

「……っ!!」

 次代は《幻想魔手イマジナリーポケット》を用いて、左手にコルトガバメントを呼び出す。

「それが意味のないことだとキミは知っているはずだけどね」

 エグザルフは撃たれても死なない。それは証明済みだ。だからこそ、次代は抵抗するために銃を持つ。

「エグザルフ、お前は何か勘違いしているようだな」

「……どういうことかな?」

 てっきり撃たれるのかと思っていたエグザルフは、はてなと首を傾げる。

「簡単な話だ。俺がここで死ねば、お前の茶番に付き合う必要はなくなる」

 次代は銃口を自身のこめかみにあてて言った。

「待って! ジダイ何言ってるの!?」

 自害を図る次代を黙って見過ごせる未来ではない。血相を変えて止めに掛った。

「これでいいんだ。未来からせっかく生きる理由をもらったのに、悪いな」

「そんなのってないよ。だったら私がその役目を引き受ける。ジダイがいなかったら、私はここまで勝ち残れなかった。私一人だけ生き返る資格なんてない!」

 言い合う二人の間に、エグザルフが割り込む。

「ちょっちょっちょ。お二人さん、お取込み中のところ申し訳ないんだけど、もしどちらかが自分の手で命を絶った場合、生き残った者の生き返る権利は剥奪させてもらうよ。要するに次代クン、生前のような自殺という逃げは許されないわけだ」

「なっ……!?」

 エグザルフに自殺を咎められ、次代は歯噛みする。とってつけられた後付けのルールも、エグザルフが次代たちを管理している以上、難癖をつけてどうこうなるものでもない。

「ついでだからタイムリミットも設けようか。時間切れしても両者ともに生き残っていた場合、このゲームは勝者が決めることなく強制的に終了させてもらうね。制限時間は、このキューブが崩壊するまでだ」

 早い判断を煽るよう、追い打ちをかける。

 エグザルフが設けた制限時間に従い、キューブが崩壊を始めた。

「二人にはフェアな戦いをしてもらいたいから、次代クンの右腕は治させてもらうよ」

 エグザルフがぱちんと指を鳴らすと、《災禍征世ディザスターコントロール》を受けて跡形もなく消えたはずの次代の右腕が元通りになった。右腕は何の問題もなく動く。むしろ腕を失う前よりも調子がいいくらいだ。

「戦えば、どちらか一人は生き返ることができる。戦わなければ、キミたち二人は仲良く終わるを迎える。好きに選ぶといいよ。さぁ、キミたちの最後を見届けようかな」

 これ以上の干渉をするつもりはないとエグザルフは二人から距離を取る。

 次代は焦燥に駆られた。タイムリミットが定められ、悠長に考える時間まで奪われたからだ。

「ねぇ、ジダイ……」

 どうするべきか苦悩したその時、未来が次代に声をかける。

「私と戦ってよ」

「未来、何言ってんだ……」

 次代は耳を疑った。まさか未来から戦うことを提案されるとは考えもしなかったからだ。

「互いに譲り合っても私たちは納得できないと思う。だからさ、真剣勝負で決着をつける方が後腐れなく終われると思わない?」

 未来の表情は浮かばないながらに、考え抜いた真っすぐな瞳をしている。

 それは真理だ。ここでどれだけ互いの思いを主張しても、二人が一歩も譲らないことはわかっている。それは未来の言う通りだ。しかし、同時に未来らしくない考えだった。

 他に何かあるわけでもない次代に断る理由はない。

「そうするしかないか」

「じゃあ決まり。恨みっこなしね」

 次代の賛成を得ると、二人は互いに背中を向けて適切な距離を取ってから向き合った。

 これから先、引き返すことはできない。それをわかっていながら未来が見せる表情に迷いはなかった。

「手加減なしだからね」

「当たり前だ」

 次代はそう口にしたものの、内心わざと負けるつもりでいた。

〝未来には悪いが、こうするしかない〟

「全力で行くから」

 未来は《式神使役バトルマーチ》を発動させ、広げた両腕に収まらないほどの式神を作り出す。それらは両翼の如く広がり、一斉に次代に向かった。

 迫りくる式神の飛礫が視界を埋める。一瞬にして退路を断たれた。つい先ほどまで一緒に戦ってきた式神も、敵となれば容赦はない。式神にどこか人間味を感じていたが、対面すると違って見える。それは殺戮兵器にも等しい。

 一緒に戦うパートナーだったからこそ、対面して初めて未来の強さを思い知らされる。

〝敵にするとこんなに厄介な相手だったのか〟

 次代は式神の隙間から覗いた未来に向けて銃撃するも、すぐに式神が盾となる。式神の前で銃弾は無力に等しく、銃弾はあっけなく地に落ちた。

 今の一撃で、未来に対して銃を使った攻撃の通りが悪いと判断する。主要武器である銃を有効活用できないのは次代にとって致命的だ。

〝はなから負けるつもりだったとは言え、今までで戦ってきた中でも未来は俺にとって一番相性が悪い相手だな〟

 最初にエグザルフが次代の【手札ホルダー】をハズレだと言った理由がよくわかる。未来の《式神使役バトルマーチ》の前には、《幻想魔手イマジナリーポケット》は無力に等しい。

 次代は迫る飛礫を飛び込み前転で躱す。直前まで立っていた位置に怒涛の勢いで式神が落ちていった。まともに食らえば、今頃跡形もなく消えていたかもしれない。

〝未来の奴、本気みたいだな〟

 一息つく間もなく、次の一手が次代を襲う。

 無差別な方向から迫る飛礫に次代は囲まれていた。完全に逃げ場を失った次代を式神たちが切り刻む。咄嗟に両手で正面を守ったが、式神の四肢はナイフのように鋭く、触れた箇所をズタズタに傷つけた。

 次代はたまらず膝から崩れそうになるも、なんとか踏みとどまる。更なる攻撃に備えようとすると、式神は追い打ちをかけるのではなく、未来の下に戻っていた。

「ジダイ、負けるつもりでいるでしょ」

 未来の双眸は次代を軽蔑していた。

「そんなつもりはない」

 思惑を見抜かれたことで次代はひやりとするも、それを顔には出さない。

「手加減なしって言ったよね。だったら【切札ジョーカー】を使ってよ。このまま【切札ジョーカー】を使わなかったら、ジダイのこと許さないから」

 未来は険しい表情で次代を叱った。

 すべては正論だ。手加減なしの真剣勝負だというのに、次代は最初から負けるつもりでいた。未来がそれを知ってしまえば、後腐れなく終わることはできない。

 それどころか、次代のことをいつまでも引きずってしまうかもしれない。このまま大人しくやられてしまえば、すべてが台無しになってしまう。

「悪い。俺が間違ってた。ここからは全力で行く」

 次代は未来のために、戦うことを決意する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る