3-7

「千笠……」

 消えゆく千笠を嘆き、桐馬は項垂れる。

 突然の出来事に、次代は消沈する桐馬を見ていることしかできなかった。

「ジダイっ!」

 その時、未来が次代の下に駆けつけ、何者かを睨みつけていた。見据える先から、千笠を討った張本人が歩いてくる。

「余興としては悪くなかった。楽しませてもらったぞ」

 片頬を笑わせた男は小さな拍手と共にやってくる。

 秀でた眉、力強い眼、芯が通った鼻筋。顔のパーツを一つとっても非の打ち所がないほどに整った顔立ち。黒い髪は7:3に分けられ、パーマをかけている。柄物のシャツに紺色のジャケットを羽織り、下はカーキ色のパンツスタイルだ。

「挨拶が遅れたな。俺は樹原界徒きはらかいと

 界徒は挨拶ついでに襟を正し、左手をパンツのポケットに入れる。

「この生き返りを賭けたデスゲームで生き残っているのは、この場にいる俺たちだけだ。俺がお前らをまとめて消滅させてやってもよかったが、それでは芸がない。ここまで勝ち残った者同士、格付けを済ませておきたいだろうと思ってな。見物することにさせてもらった。俺の慈悲に感謝するといい」

 次代たちを見下す舐めた言葉の数々。聞かされて決して気持ちのいいものではなかった。

「どうやら自信があるみたいだな」

「ああ。お前たちが束になっても決して俺には敵わない。それは覆すことのできない絶対的な真理だ」

「口でなら何とでも言える」

「それもそうだ。ならば、俺が直々に教えてやらねばなるまい。俺とお前にどれだけの差があるのか。その身を以て知るといい」

 界徒の煽りを受けた次代は、戦いに臨むべく身構えた。

 目の前に立つ樹原界徒から感じる只者ではないオーラ。界徒の言うことがハッタリではないと次代は気づいていた。

 拳銃を握る手が汗ばんでいる。対峙するだけで凄まじい緊張感が押し寄せてくる。緊張に飲み込まれそうになった次代の肩を、転流桐馬が掴んだ。

「ごめんなさい。ジダイくんには悪いですが、彼は僕が殺ります」

 代わって前に出ようとする桐馬の顔色は悪く、次代に撃たれた痛みは残っていた。負傷している桐馬を戦わせるわけにはいかないと呼び止める。

「お前、その体で戦えるわけないだろ」

「僕は千笠を手に掛けた彼を許すわけにはいかない。必ず僕がとどめを刺します。そのあとで改めてキミが僕を撃ってください」

 桐馬が止めても聞かないことは言葉の節々から感じる覚悟からわかっていた。

 ふらふらな足取りで界徒に向かって歩く桐馬を止める言葉が出てこない。何より、桐馬が千笠のことを思って戦う意思を否定するべきではない。

「ジダイっ、止めなきゃ」

 未来が次代に桐馬を止めるように訴える。未来から見ても、今の桐馬が戦える状態ではなかった。しかし、未来の言葉では桐馬を止めることができない。今の桐馬を止められるのは次代だけだ。

「それはできない。これはあいつの戦いだ」

 次代は首を振り、未来の申し出を断った。オーバーリンクに達した次代だからこそ、パートナーの死を悼む桐馬の気持ちが痛いほどにわかる。

 向かってくる桐馬に、界徒はぴくりと眉をあげた。

「お前にこの俺と戦う資格を与えたつもりはないが」

「あなたになくても、僕には戦う理由があるんです」

 桐馬はコンバットナイフを手にし、倒すべき相手、樹原界徒を見据えた。

 界徒は馬鹿らしいと桐馬を嘲笑する。

「ふん、弔い合戦というわけか。あんな煩い女に何の価値がある」

「あなたに千笠の良さはわかりませんよ。そして、これ以上千笠に対する侮辱は僕が許しません」

「はっ、それもそうか。あの女はお前を庇って死んだんだからな」

 界徒の言葉に怒髪天を衝かれた桐馬は、鬼神の如き形相で走り出した。

「死に方を選べるとは思わないでくださいよ」

 桐馬は《幻影舞踏ファントムミラージュ》を発動させ、界徒に自らの幻影を見せる。瞬く間に本物は幻影に紛れ、見分けがつかなくなった。

 桐馬がその気になれば、一瞬で戦いを終わらせることができる。しかし、界徒は狼狽えるどころか、それを鼻で笑った。

「なっ……!?」

 その瞬間、誰よりも先に驚いたのは次代だった。

幻影舞踏ファントムミラージュ》が見せる幻影が消え、次代の瞳には界徒に向かう一人の桐馬だけが残っている。

〝あいつ、【手札ホルダー】の使用が困難なほどに消耗しているのか〟

手札ホルダー】は使用者の状態に影響を受ける。かつて岩倉鉄旋を戦った際、次代は【手札ホルダー】を解除させるために脳にダメージを与える策を取ったことがあった。

「愚かな奴だ」

 向かってくる桐馬に正面を向け、界徒は掌を見せる。

「……!?」

 幻影が消えていることに気づいていなかった桐馬は、正確に自分の位置を見破れたことに動揺する。それでも今更止まることはできない。

 界徒の首を取るために走る速度を上げる。

 至近距離まで詰めた桐馬は、界徒の首を撥ねる一刀を振るった。

「……っ」

 刹那、禍々しい滅紫の光が界徒の掌から放たれ、桐馬の上半身を跡形もなく吹き飛ばしていた。桐馬の見るも無惨な最後に未来は絶句し、口元を両手で隠す。

 命が絶え、形を残していた桐馬の腰より下が粒子となり、空に昇っていく。消えゆく様に、次代は目を瞑った。

〝焦らせてくれる〟

 界徒はシャツの襟もとを摘まみ、小さくはためかせる。最後まで一矢報いようとする桐馬に冷やりとさせられた。ほんの少し遅れれば、首を取られていた。そのイメージが界徒の脳裏を過る。

 界徒は桐馬の生き様を賞賛し、認めた。

「お前に免じて、あの女を侮辱した言葉を撤回しよう」

 界徒は消えていく桐馬に告げた。

 桐馬の姿が完全に粒子となり消えたことで、界徒は次代たちを見やる。桐馬が敗れた今、次に界徒と戦うのは次代たちだ。次代は銃把を握り、その時に備える。

「興ざめだ」

「なに?」

 界徒の言葉に、次代は顔をしかめた。

「今は気が乗らない。お前たちに時間をやると言っているのだ。死ぬ覚悟が決まったら俺のもとまで来るがいい」

 界徒はそう言い残すと次代たちに背を向け、立ち去った。

 堂々と背を向ける界徒を襲うこともできたが、界徒と同じく次代もまた気持ちの整理ができていなかった。

 宿敵であった桐馬をあっさりと葬る実力。界徒は見かけ以上の力を秘めている。それは未来も同じことを感じているで、浮かない顔をしていた。

 この場において誰一人として、戦うための心の準備が済んでいない。結局、界徒の背中が見えなくなるまで黙っていた。

 取り残された次代と未来の二人は、何も言えないまま見合う。今の気持ちを表現する言葉が見つからなかった。桐馬たちと戦い、勝利したことに対する気持ちはもはや断片的なものになりつつあった。

「おめでとう! キミたちの勝利を祝おうじゃないか!」

 破天荒にも静寂を突き破る祝福の言葉。どこからともなく現れたエグザルフは空気を読むことをしなかった。

 エグザルフが空気を読めないのではないことを二人は知っている。だからこそ、余計に腹立たしかった。エグザルフは二人の気持ちを汲むことなく、一人楽しそうに話しかける。

「まさか、キミたちがオーバーリンクに達して【切札ジョーカー】を開放させるなんてね。想像だにしていなかったよ」

「エグザルフ、お前、【切札ジョーカー】について知ってるのか」

「当たり前じゃないか。知っているも何も僕はゲームマスターなんだから。それとも何、僕も知りえない奇跡が起きたとでも思っているのかい?」

 それは自意識過剰だと次代にまくしたてる。

「……そういうわけじゃない」

「うん、そうだよね。冷静な次代クンならそう言うと思ったよ。【切札ジョーカー】のことを簡単に説明すると、パートナー同士が真に互いを認め敬い合い、繋がりを求める関係、オーバーリンク状態に達したときに開放される【手札ホルダー】が進化した存在というべきかな。ちなみに、資格を失えば、自ずと【切札ジョーカー】は使えなくなるよ。例えば、パートナーが退場してしまうとか。参加者にとって必要な情報はこのくらいだね」

「なんかそれ、恥ずいかも」

 エグザルフの説明に未来は何とも言えない顔を見せる。次代も思い当たる節があり、未来を見ると詳細を思い返してしまいそうだと自身の画角から外した。

 次代にとってそれは大事な出来事だが、未来同様若干の恥ずかしさがある。

「それはさておき、残るところはキミたちと樹原界徒クンだけになってしまったね。もうすぐこのゲームも終わりを迎えることになる。どんな結末を迎えるのか、今からとても楽しみだよ」

 未来は出会い頭に界徒が他に参加者が残っていないと口にしていたことを思い出す。エグザルフの言葉に引っ掛かるものがあった未来は、気になった個所を復唱した。

「私たちとあの人だけ?」

「そういうことか。エグザルフ、あいつのパートナーは残ってないのか?」

 未来が覚えた違和感の正体に気づいた次代は、代わってエグザルフに問いかける。未来は「そう、それそれ」と頷いた。

 次代と未来の注目を集めたエグザルフはわざとらしくタメを作る。

「二人とも、良いところに気づいたね。界徒くんのパートナーはこの戦いにおける最初の退場者だよ」

「最初の?」

 予想自体は的中するも、エグザルフの回答は二人の想像から大きく逸れていた。

「それじゃあ、あの人はずっと一人で戦ってきたってこと?」

「その通りだよ」

 エグザルフはこくりと頷く。

「逃げ回っていたとか、じゃないよな」

「まさか。キミたちと同じくらい退場者を出させているよ」

〝数的不利をひっくり返せるだけの力があるってのか〟

 次代はこれまでの戦いを振り返る。数々の強敵たちとの戦いを、決して自分の力だけで勝ち残れていたとは考えられない。

「もしかしてビビってたりするかい?」

「少しな」

 樹原界徒に対する計り知れぬ恐怖がある。手負いであったとは言え、桐馬があんなにあっさりと敗れる瞬間を見せられたからこそだ。

「私たちなら勝てるよ」

 隣に立つ未来が次代を励ます。根拠はなかったけれど、不思議と負ける気がしなくなる。

「ああ、そうだな。未来と一緒なら」

 樹原界徒がどれだけ強くても、那月未来となら勝てると次代は確信する。

「うんうん。良い関係みたいだ。ここまで力を合わせて勝ち残ってきただけのことはあるね」

 エグザルフは二人をずっと見守ってきたと言わんばかりに頷いていた。

「樹原界徒クンに勝たれてしまったら僕としても面白くないし、キミたちのことを応援させてもらうよ」

「どういうことだ?」

 突然の発言に、未来は首を傾げ、次代は疑い深く目を細めた。それを見かねたエグザルフは訳を話す。

「知っての通り、僕はこのゲームにパートナーを設けた。粋な計らいって奴だね。多くの参加者はキミたちのようにパートナー同士協力して戦った。そのおかげで戦いは複雑に、見ごたえのあるものとなり、僕はより戦いを楽しむことができた」

「前置きはいい」

「そうだね。簡潔に伝えると、自分のパートナーを退場させたのは樹原界徒クン本人なんだよ」

「なっ……」

 二人は同時に言葉を失う。

 パートナーを殺す。そんな選択肢は一度として考えたりしなかった。そこにどんな意図があるのか、見当もつかない。

「自分のパートナーを……うそでしょ?」

 未来は樹原界徒の思考を疑った。

「ゲームマスターである僕からすれば、本当に面白くない。せっかく僕がパートナーを用意してあげたのにさ。そんな血も涙もない人に僕は勝ち残ってほしくない。だからキミたちを応援しているのさ。でもね、僕が直接協力するようなことをすれば、それはゲームとしてアンフェアだ。僕にはこうして応援することしかできないのさ」

「それにしては喋りすぎじゃないか」

「それは次代クンが心配することじゃない。僕が話しているのは途中経過にすぎないさ。これくらいは大目に見てほしいものだね」

「お前がいいならそれでいいが……」

「ついでにあと一つ、これは次代クンに肩入れするわけじゃないけど、キミがいつも使っていた拳銃だけは《幻想魔手イマジナリーポケット》で呼び出せるようにしておいたから」

 エグザルフはさっそく試すように、次代の右手を指した。それに従い、《幻想魔手イマジナリーポケット》でコルトガバメントを呼び出した。

「マジか」

 武器庫ごとステージ1が消滅して以来、新たに呼び出すことができなかったコルトガバメントが右手に現れる。

「それじゃあ、キミたち二人には期待しているから」

 別れの挨拶と激励を同時に済ませ、エグザルフは消える。

 次代はため息をついた。言葉遣い、立ち振る舞い、次代の記憶に残る樹原界徒の姿は自尊心の高さが見て取れた。エグザルフの話を聞き、樹原界徒という人物に対する解像度が上がったわけではない。

 樹原界徒のことは好きになれそうにはない、とそう感じただけだ。次代の好き嫌いは関係なく、樹原界徒は強い。それだけは真実だ。

「未来、いけるか?」

 次代は未来に戦う意思を問う。

「うん」

 未来は真剣な表情で頷いた。

「二人で必ず生き返ろうね」

 二人は思いを一つに、最後の戦いへ向かった。

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