1-6

 次代たちは迷宮エリアから抜け出した。

 周囲はブロックの最端にあたる外壁と迷宮に挟まれているが、迷宮エリアにいた時ほどの閉塞感はない。空間自体開けており、動きやすさは段違いだ。これなら臨機応変な対応ができそうだと、次代は確信した。

「ジダイ、ここまで来たのはいいけど、何か作戦とかあるの?」

「ない」

 未来の問いに対して次代は即答する。

 これには未来も思わず「うげっ」っと顔をしかめた。

〝それでよく人のことを顎で使えたね……〟

 平然としている次代の横顔をじっと見つめる。事情も話さず道案内を要求し、何か策があるのかと思えば無策だった。本当に大丈夫なのかと勘ぐってしまう。

「あれこれ考えるのは、とりあえずこいつをぶっ放してからだ」

 不満げな未来をよそに、次代は《幻想魔手イマジナリーポケット》でSMAWロケットランチャーを呼び出した。SMAWロケットランチャー。肩撃ち式の多目的ロケット擲弾発射機だ。一発分の弾はすでに装填されている。

〝結構重たいな〟

 銃弾抜きで重量は7キロを超える。

 次代はロケットランチャーを肩にかけ、迷宮の入り口に照準を定めた。

 SMAWロケットランチャーを見た未来は、目を丸くして次代の【手札ホルダー】に感心する。

「すご……本当になんでも出てくるね」

「俺も驚いているところだ」

「これならいけるんじゃない?」

「それはどうだろうな。それと、危ないから後ろには立つなよ」

「え、うん?」

 突然の忠告に未来は理解が追いつかないながらも、言われた通りに後ろに立たないよう次代から距離を取った。

 SMAWロケットランチャーの有効射程は500メートル。100メートルとない距離ならば、十分に狙撃できる。

 鉄旋が迷宮を突破し、その姿を現した瞬間を次代は見逃さなかった。スコープを覗くことなく裸眼で照準を定め、即座にトリガーを引く。放たれたのは対戦車弾。建物を吹き飛ばせるほど効果力の成形炸薬弾だ。激しい音を立て、駆け抜ける弾丸を白煙が追う。呼応するように後方に爆風が起こった。仮に未来が次代の後ろに立っていようものなら今頃軽傷では済まされなかっただろう。

 未来はもしものことを想像して、背筋をぞっとさせた。

 発射された弾は、鉄旋がいる迷宮の入り口に飛んでいく。

 音が聞こえた時には後退が間に合わない。鉄旋の左右には迷宮の一部である高い壁。逃げ場はない。次代が作り出した必中の状況だ。

〝さぁ、どうだ〟

 巻き起こる突風に煽られながらも、次代は爆心地を見据えていた。やがて着弾地点を覆う黒煙を掻き分け、鉄旋が現れる。

 鉄旋は逃げてばかりだった次代にようやく追いついたことで、にやりと口角をあげた直後に苦い顔で咳き込んだ。

「ごほっ! ごほっ!!」

 期せずして生まれた隙。しかし、鉄壁の防御力を持つ鉄旋にとって大したことではなかった。次代は攻撃に出ることなくその姿を傍観する。

 ロケットランチャーで倒せるとは期待していなかったが、実際に上手くいかないとそれはそれで損した気分になる。撃ったからにはその気がなくとも、それなりに期待を込めてしまうものだ。

〝咳きをした……?〟

 次代は咳き込む鉄旋を見て、違和感を覚える。

 完全無欠の【手札ホルダー】。次代には鉄旋の《硬化防壁アイアロンがそう見えていた。しかし、咳をする鉄旋の姿、それは無敵とは程遠い。

 次代はそこに綻びを見出した。

〝あいつの【手札ホルダー】は何も全身を金属に変えるわけじゃない。守っているのはあくまで表面だけというわけか〟

「てめぇら、もう逃げられると思うなよ!!」

 調子を取り戻した鉄旋は二人に怒声を浴びせる。

 威迫する鉄旋に未来が肩をびくりと震わせたのは、一度敗北寸前まで追い詰められているからだ。苦手意識を簡単には克服できない。鉄旋の攻防共に脅威的な【手札】は未来にとってトラウマと言える。

 しかし、今は違う。

 パートナーが、双葉次代がいる。隣に立つその男は、真っすぐな双眸で鉄旋を見据えている。


「逃げる? いや、お前はここで倒す」


 次代はそう言い放った。啖呵を切るのとは違う。次代にはその言葉を実現する意思があった。

「はっ! てめえの攻撃は一つも通じてねえのに、大した口ぶりだな」

 次代は鉄旋の煽りを相手にせず、未来にだけ聞こえる声で話す。

「俺があいつの注意を引く。サポート頼めるか?」

「サポートってどうすれば……」

「未来の思うようにしてくれればいい。ただ、あいつのヘイトは買いすぎるな」

「なにそれ……」

 次代の言うことは抽象的でわかりづらく、どうにもぴんとこない。

「指示が曖昧で悪い。でもな、俺もお前も、互いに何ができるかわかってないんだ。下手な作戦よりある程度アドリブで動く方がマシだ」

「それは、確かに……」

 次代が未来の力量を知らないように、未来も次代のことを知らない。それは事実だ。具体的な指示ができないのも仕方がない。

 未来は引っかかるところがありながらも頷く。

「とにかく行くぞ」

「うん」

 次代は前に出ると《幻想魔手イマジナリーポケット》を用いて、自動拳銃を呼び出した。コルトガバメント。装填された弾薬は.45ACP弾。打撃力の高い銃弾だ。

 銃声が轟いた。銃を構え、トリガーを引く一連の動作に迷いはない。

 次代の銃から放たれた銃弾は風を切り、鉄旋の額に直撃する。当然、鋼鉄の守りを持つ鉄旋を貫通することはなく、銃弾は金属音を鳴らして弾かれた。

〝よく響くな……〟

 弾丸が《硬化防壁アイアロン》を傷つけることはない。鉄旋にとってもそれは羽虫が止まったのと同義。撃たれたという感覚すらなかった。

 次代は立て続けに一発、同じく額に銃弾を叩き込む。これもまた鋼鉄が金属音を鳴らすだけで致命的な一撃にはならない。

 銃弾を当てられることにダメージを受けているとは感じない。しかし、射的をして遊ぶかのように額を狙われることは鉄旋にとって気に食わなかった。

「いい加減学ばねえ奴だ。てめえは馬鹿なのか? つくづく気に入らねえ奴だ」

 鉄旋の中で憤怒が膨れ上がる。一度生まれた怒りは留まることを知らない。次代を睨む眼は鋭く。怨恨に満ちていた。

 鉄旋は踏み込んだ足で地面を蹴りつけ、弾丸の如く次代に飛び込んでいく。

「ぶっ殺してやる!!」

 悪罵を投げつける鉄旋に次代は狼狽するどころか、表情一つ動かさない。至って冷静だった。

 次代の双眸は鉄旋の一挙手一投足を追いかけ、振りかぶられた右腕が繰り出す一撃。それを捉えていた。

「なっ!?」

 顔面を狙った高速の拳を、次代は上半身の動きだけで躱す。伸びていく鉄旋の腕を見送りながら体を翻し、鉄旋の背後を取った。

 咄嗟に振り返る鉄旋の額を撃つ。それもまた鉄旋が顔をしかめるだけで、《硬化防壁アイアロン》に傷はつけられない。

 次代はその結果を何事もなかったかのように受け止めていた。

「効かねえのがわかんねえのかよ」

「それはどうだろうな」

 次代の態度が鼻についた鉄旋は、たまらずがむしゃらに飛び掛かる。

 瞬間、次代の足元から大量の式神が沸き出し、担ぎ上げるように鉄旋から遠ざけていった。

 遠くで式神を操る未来が見えた。次代の【手札ホルダー】でこんな芸当はなしえない。その規模は自身の【手札ホルダー】の矮小さを笑ってしまうほどだ。

 すぐに目線の高さが合わなくなり、思わず見上げる鉄旋を次代は見下ろして撃つ。正確無比な銃撃。次代が放つ銃弾はわずかなズレさえなく、鉄旋の額を射る。

 不快な金属音に鉄旋は舌打ちをした。

「ちっ! 面倒だな。あいつから始末するか」

 鉄旋は手が届かなくなった次代を諦め、式神を操る未来を見た。この先も同じように未来に介入されれば、思うように戦えない。

 そう判断した鉄旋の狙いが次代から未来に移る。

〝これは俺の【手札ホルダー】が悪いな〟

 どこからともなく武器を取り出す【手札】よりも変幻自在に式神を操る【手札】の方が厄介であり、それは次代の視点からでも同じことだ。未来が何かアクションを起こせば、嫌でもヘイトを買ってしまう。

 これは次代の力不足が原因だ。しかし、決して未来がやりすぎたとは思えない。

〝まずは未来に向けられたターゲットを切る〟

「未来、式神を飛ばしてあいつの視界を奪えるか?」

「任せて!!」

 次代の注文にすぐさま未来は応える。

 未来は大量の式神を作り、吹き荒れる紙吹雪で一面を埋め尽くす。

 次代を担いでいた式神も紙吹雪に動員され、自然と地に足をついた。

「くそっ、何も見えねえじゃねえか!」

 式神の吹雪は鉄旋を中心に起こされ、内部からは全くと言っていいほど周りが見えない。入り乱れる式神の隙間から見える景色は都度更新され、かろうじて次代と未来を捉えてもすぐに見失ってしまう。掻き分けても無数に舞う式神の前では焼け石の水と言っていい。

 この状況に焦りは感じない。自分の【硬化防壁アイアロン】が破られることが想像できないからだ。だが、自分よりも若い子供に翻弄されることが鉄旋には我慢ならなかった。

 更には、死角から放たれる銃弾が鉄旋の額を叩く。思わず舌打ちをした。

 鉄旋は決して同じ方向ばかり見ているわけではない。それでも、幾度と銃撃が額を撃ち続ける。

〝あのガキには見えてるってのか?〟

 周囲を見回し、二人の影を探す鉄旋を次代が何度も撃つ。

 それは決して鉄旋の《硬化防壁アイアロン》を傷つけることはできないが、鉄旋の苛立ちを加速させた。

「いい加減にしやがれっ!!」

 怒髪天を衝かれた鉄旋はしこふみに怒声を乗せ、強烈な衝撃波を繰り出す。《硬化防壁アイアロン》によって強化された身体が放つ力は凄まじく、大気を揺らす衝撃に舞い続ける吹雪は吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた式神は次々と消滅した。

 鉄旋の視界が開け、次代と未来、二人の姿を同時に捉える。

〝どっちだ?〟

 二人はそれぞれ離れた位置にいる。しかし、鉄旋からの距離はどちらもそう変わらない。改めてターゲットを定めるにあたり、衝撃波の影響を受けて未来が怯んでいるのは大きかった。

 この機を逃すまいと、鉄旋は未来に向かう。

「まずいっ!」

 次代は鉄旋を妨げるべく、急ぎ二人の間に割って入った。

〝無理にでも俺に注意を引きつければ、判断が鈍る。それならこの距離でもあいつの攻撃は見極められる〟

「……俺の狙いはてめえだよ」

 立ち塞がる次代を見て、鉄旋はそう言った。

 まるで次代がそこに現れることを想定した挙動で右腕を振るう。

「……っ!?」

 未来を守ろうと咄嗟に飛び込んだ次代に与えられた硬直時間。

 次代が再び体を自由に動かせるまでの時間に、鉄旋が万全な一撃を振るうことを許してしまった。万物を圧し潰すほどの威力を持つ鉄拳が腹部に叩き込まれ、次代の意識が強烈なショックに飛びかける。拳は振り切られ、勢いのまま身体が吹き飛ばされたのは次代にとって幸運だった。そのまま拳ごと地面に叩きつけられていれば、今頃ぺしゃんこになっていたかもしれない。

 吹き飛ばされた次代は背中から壁に叩きつけられ、ずりおちるように尻をうつ。意識が朦朧とする。強く気を持たなければ、今にも横になって気絶していた。ぎりぎりのところで意識を保つことはできたが、痛みのあまり立ち上がることはできない。

 ぜぇぜぇと息を切らす。

「ジダイっ!」

「うるせえ!! 黙ってろ!」

 次代の窮地に駆けつけようとする未来を鉄旋は怒鳴り、威圧する。

 未来の足がぴたりと止まった。止まるつもりはなかった。けれど、自分の意思とは裏腹に立ち止まっている。悔しかった。未来は自分の弱さを呪った。

「随分ちょこまかと逃げ回ってくれたなぁ。ま、それもこれで終わりだ」

 鉄旋は次代に引導を渡すべく、万全の準備を整えながら近づいていく。

 それを次代は朦朧とする意識の中、ぼぉっと見ていた。

 かろうじて動く右手をあげ、前に出す。その手には何も握られていない。

 刹那、次代は《幻想魔手イマジナリーポケット》を発動させ、その手にコルトガバメントを握らせた。

 この際、次代は無意識に撃鉄を起こした状態で呼び出していた。残った力を振り絞り、照準を絞った。

 迫る鉄旋に向けて放つ最後の一発。

 リコイルに負け、力尽きた次代の右腕は跳ねたのちにぐたりと下ろされた。

 メタルジャケットの銃弾は鉄旋の額にヒットし、キィンと音を鳴らして弾かれる。

 排出された空薬莢、銃口から上る硝煙の匂い。非日常で異質な匂い。それがなければ、次代はすぐにでも意識を失っていた。

「悪足掻きする元気は残ってたみたいだな。すぐにぶっころ――」


〝――してやるよ〟


 鉄旋が口にしようとした言葉が途切れる。

 視点が崩れ、世界が真横に倒れていた。

〝……痛む? どういうことだ〟

 鉄旋は違和感を覚えた。《硬化防壁アイアロン》を以ってすれば、どんな攻撃も弾き、痛みを感じることなどありはしない。

 今の状況、それは鉄旋の理解を超えていた。

〝俺が倒れているのか?〟

 それは鉄旋に起きた突然の出来事だった。

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