イグナイテッド・ワン

M2

0. プロローグ

 エグザルフはネコだ。

 しかし、誰もが知っている四足歩行の猫ではない。

 三頭身の身体は二本の後ろ足で立ち、従来地面についているはずの前足は手として発達し、人間同様の扱いをしている。

 一般的なネコよりも一回り大きく、肉付きがよくどっぷりとした腹をした肥満型のネコだ。人によってはその容貌を見て、タヌキと思ってしまうこともあるだろう。エグザルフはそれを少し気にしている。

 エグザルフの全身を覆う黒い毛はぬいぐるみのような肌触りをしている。店頭に飾られでもしていたら、まんまるに太った体型もあいまって売り物のぬいぐるみと思われても、なんら不思議ではない。

 エグザルフは高い場所に立ち、すべてを飲み込んでしまいそうな黒い空を眺めていた。

 空が暗いのは夜だからではない。月もなければ、星も見えない。うっすらと浮かぶ雲も、エグザルフが見ている空には浮かんでいない。

 この世界に昼夜はない。

 ただ仄暗い空が広がっているだけだ。

 ここは人々が生きる世界とは異なる空間、アナザースペース。さらに区分するのであれば、キューブ。天蓋のない9つのブロックが3×3に並び、隣接するブロック同士は一本の通路で繋がっている。キューブには外界に通じる出入口が存在しない。

「……どれどれ、今回の参加者は」

 エグザルフは液晶タブレットを取り出し、閲覧を始める。そのタブレットが表示するページには20人の顔写真付きプロフィールが詳細に記されていた。

「うんうん。これは悪くない」

 粒ぞろいの退屈しなさそうなメンツが揃っている。ページをスクロールさせながら、今回は中々のアタリだとエグザルフはニヤついた。

「お、この子は……」

 中でもとりわけ面白そうなのが一人。

 エグザルフは双葉次代ふたばじだいという男のプロフィールに興味を抱いた。

「いじめ甲斐がありそうだ。今回はちゃんと楽しめそうだね。クシシシッ!」

 エグザルフは丸い手で口を隠して笑う。

「……ん? この子はあまり面白くないかもね」

 次に目が止まったプロフィールはエグザルフのお眼鏡にはかなわなかった。

 那月未来なつきみらい。経歴を見る限り、これと言った特色のない平凡な女の子だ。平凡は、エグザルフにとって面白くないの同義だ。

「まぁいいや。きっと早々に退場することになるだろうしね」

 アナザースペースには死者が送られてくる。いわゆる死後の世界だ。

 そしてアナザースペースでは死者に救済のチャンス、生き返る権利が与えられる。

 ここ、キューブはアナザースペースの中で最も合理的で残酷。

 キューブでは、殺し合いによって生き返る者を決められている。

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