秘境駅
口羽龍
秘境駅
雪原の北海道を、1台の軽自動車が走っている。この道は通行量が少ない。だが、しっかりと整備されていて、重要な道路だという事が伝わってくる。
その車のナンバーには、青森とある。この車は、青森からやって来たと思われる。おそらく、観光目的だろう。その車に乗っているのは、悟(さとる)。青森県に住む鉄道オタクだ。今日は大晦日。普通は紅白歌合戦を見て、家族と一緒に年を越すのが普通だが、今年は少し思考を変えて、秘境駅で年を越そうと思った。秘境駅は、山奥や原野と言った人里離れた場所にある駅の事で、列車本数が少なく、自動車や徒歩などでのアクセスも難しい駅を指す。
今回、年を越そうと思った駅は、北海道の原野の中にある秘境駅、糠別(ぬかべつ)だ。大正時代からあるという歴史のある駅だ。この辺りには糠別という集落があり、酪農で栄えたという。だが、集落の過疎化が進み、糠別という集落は消滅し、今ではこの駅だけがここに糠別があったという事を証明している。だが、そんな駅も来年3月のダイヤ改正で廃駅になる。ここ最近、JR北海道では、利用客の少ない駅をどんどん廃止にしていく。JR北海道には、乗降客数が1人以下の駅が多い。そんな駅は徐々に廃止になっていく。そして最近では、路線が廃止になる事もちらほら見える。国鉄末期からJRの初めにかけて、北海道の赤字ローカル線が徐々に廃止になっていたが、1990年代までにはほぼ完了し、ほとんど廃止はなかった。だが、時代は変わり、さらに過疎化が進む中で、再び廃止になる区間が出始めてきた。
悟は糠別駅の前にやって来た。外は雪が降っている。とても寒い。糠別駅は駅前広場にあるが、駅前広場にはワフを改造した駅舎以外、建物が全くない。昔はもっとあったのに、全く見当たらないのだ。昔はどんな風景だったんだろう。全く想像ができない。
「着いたな」
悟は駅舎を見つめた。だが、駅舎には誰もいない。明かりはついているのに。とても寂しい駅だ。資料によると、昔は行き違いのできる石造りのホームの駅だったのに、今では板張りのホームだったらしい。
「誰もいないのかな?」
悟は待合室に入った。だが、誰もいない。待合室の中は寒い。どうやら、誰もいないときは暖房がついていないようだ。悟は部屋にあるストーブをつけて、暖を取った。とても寂しい、大晦日の糠別駅だ。
と、どこからか気動車の汽笛が聞こえた。その声に反応して、悟はホームに出た。キハ261が通り過ぎていく。特急のようだ。
「おっ、特急だ!」
悟は興奮した。雪原の中を懸命に走る姿は興奮する。
と、悟は板張りのホームを見て、何かを思う。この駅はもうすぐなくなってしまう。糠別は元の原野に戻ってしまう。自然は自然に戻るんだろうか? そして、全国各地の過疎化の進む集落は、こうして自然に戻っていくんだろうか?
「もうこの駅、なくなっちゃうんだなー」
悟は待合室に戻ってきた。だが、誰もいない。寂しいけれど、こんな年越しもあってもいいよな。
「秘境駅で年越し、夢のようだよ」
と、悟は眠くなってきた。ここまで車を走らせてきて、とても疲れている。まだ年は越していないけど、翌朝に祝ったらいいか。
「疲れたな。もう寝よう」
悟はストーブを消し、持ってきた寝袋に入り、眠りについた。
と、悟は騒然とした雰囲気に気づき、起きた。だが、そこは糠別駅ではなく、木造の駅舎の待合室のような場所だ。待合室には、何人かの人がいる。ここはどこだろう。悟は首をかしげた。
悟は天井を見た。そこには、『駅別糠』と書かれている。どうやらここは戦前の糠別駅のようだ。とても賑わっている。こんな時代もあったんだ。そう思うと、感慨深い。こんな時代に来てみたなったな。
「あれ? ここは? 糠別?」
まさか、昔の糠別駅にタイムスリップしたんだろうか? どうして、昔の糠別に来てしまったんだろうか? これは夢だろうか?
「まさかここが?」
悟は待合室を出て、ホームを見に行った。すると、ちょうどその時、蒸気機関車の牽く客車列車がやって来た。この頃は、まだ蒸気機関車が非電化の主役だ。こんな時に行ってみたかったな。
「こんな時代もあったんだな」
と、悟はある事に気が付く。ホームが2つある。その頃には、もっと多くの列車が走っていたんだな。今では数えるほどしかないけど。
「ホームが2つもある!」
悟は反対側の風景を見た。道路のアスファルトしかなかった駅前広場には、いくつかの建物があり、多くの人が行き交っている。今の糠別からは、全く想像がつかない。このころは、この駅が廃止になるなんて、誰も想像しなかっただろうな。
「こんな賑やかな時代があったんだなー」
悟は今の糠別駅を想像した。今では集落がなくなり、板張りのホームとワフの駅舎だけが、ここに集落があった事を物語っている。ここに住んでいた人々は、なくなってしまった糠別の集落、来年の3月で消えようとしている糠別駅を、どう思っているんだろうか?
「今ではもう、何も残っていない。ここの人たち、まさかこの駅が秘境駅になるなど、思ってもいなかっただろうな」
と、悟は中学校時代の仲間の事を思い出した。みんな、都会に行ってしまった。田舎は若者が少なくなり、高齢者ばかりになり、そして消えてしまう。この集落の跡は、高齢化、過疎化の末路を見ているようだ。
「時代の流れの中で、この集落は消えていったのかな?」
東京に移り住み、豊かな生活を手に入れるのはいい事だ。だけど、それによって消えていく集落も目を向けるべきだろうか?
と、悟は目を覚ました。もう朝だ。新しい年を迎えたようだ。そしてまた1日、糠別駅が廃止になる日が近づいた。
「ゆ、夢か・・・」
と、汽笛と共にディーゼル特急が通過していった。特急は全く秘境駅に目を向けない。
「もうここに栄光は戻ってこない。そして、もうすぐ電車が停まらなくなる」
悟は寂しい気持ちになった。糠別駅はやがてなくなる。だけど、ここに糠別という集落があり、賑わっていたことは、これからも、いつまでも残るだろう。
秘境駅 口羽龍 @ryo_kuchiba
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