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実験中、ココロはカメラマンとしての役割を担い、シャッターを切る。
まずは感染者の特徴、共通点の確認だ。
明るいところでは聴覚に頼り、暗がりでは視覚で物をとらえること。
触覚や痛覚が鈍くなっていること。
人を見つけると追いかけるということ。
人の声には過敏に反応するのに対して、物音への反応が鈍いこと。
鳥の声や、葉の擦れる音のように、自然の音にはそれほど関心を示さないが、個体によっては息遣い一つでこちらの場所を正確に掴む者もなかにはいたが、今回はそこまで聴力は鋭くないようだった。
「軍人っても、基本的な習性は他とだいたい同じだな」
「特筆するほどの個体差は今のところないね」ココロは言った。
「次の実験は?」テムが訊いた。
「個性と記憶のサルベージだ」
感染者の共通点や特徴、個体差の記録を終えると、今度は個性や記憶を探る実験を始める。
この実験では、その感染者がかつてどんな人物で、どんな生活を送っていたのか、大まかに確かめることができる。
研究ノートを開けば、そこには今まで出会った感染者についての記録が記されている。
ゾンビの行動や習性を研究するきっかけになったのは、『野球おじさん』と命名した人生で初めて遭遇した中年男性の感染者との出会いだった。
彼等は総じて、見た目に関して言えば自分たちと大差がなく、衣服がボロボロであることや、体中が埃まみれなことを除けば、遠巻きに見て一般人との見分けは殆どつかない。
咄嗟に感染者であると判断する材料はまず衣服の古さで、次に動きが鈍く、言葉を発さずうめき声を上げる等の点だ。
そこだけ見れば大人達が言うように、第一印象は『歩く死者』そのものだった。
しかし、『野球おじさん』を見つけた当時のエルマーが、武器代わりに持ってきていた野球ボールを投げつけたことで、彼等についての考えと、見方が変わった。
野球おじさんは頭にぶつかったボールに振り向くと、地面に転がったボールをじっと見つめ、やがてそれを拾い上げた。長いことボールを見つめたと思うと、野球ボールを投げるフォームを取り、ボールを投げ返してきた。
偶然かどうかを確かめる為に、野球グッズを掻き集め、片端から与えてみた。
当時はゾンビホイホイもなかったので、毎日森の中を移動するおじさんを探して走り回り、見つける度に実験を繰り返した。
おじさんはゆっくりとした動作で、バッドやベースをもったり置いたり、辺りを気にしながら歩き回った。帽子を与えると、自ら被ることはしなかったが、隙を見て頭に乗せてやると、帽子のツバを触って、目元まで深く被り、またボールを拾って投げた。
その時ココロは、無性に感動したのを覚えている。
嬉しかったわけではなく、形容しがたい可能性みたいなものを、子供心ながらに感じたのだ。
自分達は、とてつもない発見をしたんじゃないかと思えた。
大人達の言っていること、見ているものとは違う、真実に触れた。
一瞬にして世界が広がった。
きっと、エルマーやテムも同じように感じていたんじゃないかと思う。
コロニーに戻って、それとなく親や友達、周りの大人達にそのことを尋ねてみた。
もし、ゾンビに人の心が残っていたら、記憶が残っていたら、どう思うかと。
同年代の子達は「ありえないだろ」と即答した。
お兄さんお姉さんもあまり興味がなさそうだった。
死者の魂や記憶なんかの暗い話より、他に夢中になることがあったのだ。
落ち着き払った大人達は言葉を探し、「そうかもしれないから、見つけても悪戯しないで、優しくしてあげてくれ。というか、危ないから近づいちゃダメだ」と諭すように言った。
なんにしても、大人達のそれは、死者であることを前提にした答えだった。
かくして、その野球おじさんとのお別れが訪れた。
道具を回収する為に戻ると、ボールとグローブだけは握ったままだった。自分たちを目の前にしても、まるでそれへの執着を捨てきれないとでも言うように、ボールを握った手をグローブで覆い、よたよたと歩き去っていった。
その時、エルマーは不思議そうに、不可解そうに言った。
「あんなおっさんが人類の敵なのか」
もちろん、エルマーは敵を探してるわけではなかった。
ただ、サンセット事件の被害者であるソフィアとエマを、あんな風にしたのは何なんだと憤っていた。なにをすれば、あんな悲しい事故が起きないようにできるのか。何が原因で、こんな世界になってしまったのか。
感染者に個性があり、記憶まで残っているかもしれないと考えると、同情はしても憎しみは湧いてこなかった。
その答えを探して、感染者を見つけては、彼等に記憶があること、意思があること、心があることを確かめるように実験を続けた。
彼等には、世界がどんなふうに見えているのだろう――。
ココロはロイズの写真集にあった言葉を思い出した。
『君達には、この世界がどう見えているだろうか、何が見えているだろうか』
その答えを探しながら、ココロはシャッターを切った。
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