第15話 着付け教室と和の花③

 すみれの学生生活は、岡田志穂に花を届けたことをきっかけにして一気に花開いた。志穂と千桜がいる集団は皆親切で、すみれのことをすんなりと受け入れてくれた。一緒にいてわかったのだが、彼女たちは常に一緒にいるわけではない。同じ講義がある人同士は行動を共にしていたが、アルバイトやサークルがあるからと途中でいなくなったり、前の方で講義を受けたいからと一人だけ最前列に座ったりと、結構バラバラだ。

 高校生までの「常に○○ちゃんと一緒!」という雰囲気がまるでなく、あぶれたらはみ出しものでもうどこのグループにも所属できないというわけでもない。そのつかずはなれずな距離感と気負わない性格の彼女たちが居心地良く、すみれは大学に行くのが数十倍楽しくなった。

 学食でランチ。講義の間に雑談。図書館の一室を借りて課題のレポートを仕上げる。放課後に遊びに行く。

 どれもがすみれが夢に描いていたことだ。塩崎生花店で働く時間が少しだけ短くなり、申し訳ない気持ちになったりもしたが、塩崎は「あ? 学生なんだから学生生活を優先するのは当たり前だろ」と、やはりすみれの方を見向きもしないで言った。すみれはそんな塩崎に感謝の気持ちを抱きつつ、働く日は全力で花屋の仕事に取り組んでいる。

 友達ができたことで、連日の降りしきる雨にも負けないほど俄然楽しくなった学生生活を謳歌していた、ある日のこと。


「ねえ、すみれがバイトしてる花屋の店長さん、もしかしたら塩崎竜胆って名前?」

「うん、そう」


 学食で三百円のラーメンを食べながら、仲良くなったうちの一人、尚美なおみに返事をする。学食ラーメンは二百五十円なのだが、今日はバイト代が入ったので奮発して卵と海苔をトッピングしたので三百円だ。とろっとした半熟の煮卵は味が染みていて、これだけで食べても美味しい。そんな煮卵を食べながらうなずくと、向かいに座っている尚美が興奮したようにスマホをかざした。

 尚美はいつ見ても可愛い。明るい茶髪をショートカットにしたボーイッシュな女の子だった。大きな瞳が特徴的で、いつも明るく笑っている。テニス部に在籍しているらしいのだが、サークルではなく部活なのでジャージでいる確率が高い。大学公式テニス部の紺色のジャージが良く似合っていた。


「やっぱり! お姉ちゃんが言ってたんだ。新進気鋭のフラワーデザイナー、塩崎竜胆!」


 テーブルに置かれたスマホ画面には、確かにすみれのよく知る塩崎が映っていた。見出しには、「日本の花き業界を牽引する新進気鋭のフラワーデザイナー、塩崎竜胆」と書いてある。


「読んでいい?」

「もちろん」


 スマホの持ち主である尚美に許可を取り、すみれは箸を置いてからスクロールして内容を読み始めた。

 記事によると、塩崎は高校卒業後フランスに行きパリの花屋で働き、日本に戻ってからは都内で主にブライダルの花を扱っているとのことだ。パリ仕込みの塩崎のブーケや装花は独創性に溢れているだけでなく、新郎新婦の要望を丁寧にヒアリングしてその思いを最大限に引き出すとあって常に予約でいっぱい、引き手数多の今最も注目されている人気フラワーデザイナーであるとか。

 記事の下部には塩崎が手がけた花たちが映っている。色とりどりの花々がブーケや花冠、あるいは会場を飾る卓花となっており、うっとりするほど美しい。ものによってナチュラルだったりスタイリッシュだったりとテイストが変わっているが、確かにどれも花の良さが最大限に引き出されている。

 最後に記事が書かれた日付を見てすみれは首を傾げた。


「でもこれ、一昨年の記事だね」

「そうなの! 実はお姉ちゃん今年結婚式を挙げるから、塩崎さんにぜひ装花を頼みたかったんだけど、一年前に職場を辞めて所在がわからなくなったらしくって……」


 なるほど、それで尚美がこの記事の存在を知っていたのか。


「そういえば前に、お父さんが亡くなって店を継ぐことになったって言ってた気がする」

「それでかぁー! でも、こんなに有名で注目されてたのに、街の花屋なんてちょっと勿体無いね。ねえ、すみれ、塩崎さんに結婚式の装花の担当してもらえるよう、相談できないかな?」


 すみれは少し考えてから、小さく頷いた。


「ひとまず聞いてみる」

「ありがとう」


 尚美はいい笑みを浮かべてからスプーンですくって大口でカレーを食べた。

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