迷宮氾濫は迷宮を滅ぼす

虎と狸の蚊は参謀

第1話

 目の前に広がるのは、至る所でくすぶるかつては柱だったであろう完全に炭と化した木や小山になった瓦礫、所々光を反射しているのはガラスの破片だろうか。ここは焼き払われた市街地、まさに地獄絵図だ。


 焼き払ったのは、僕の目の前にそびえ立つように立ちはだかるドラゴン。全身は漆黒の鱗に覆われ、半ば断ち切られた長大な尾は苛立たし気に時折大地を叩き、背中には最早飛び立つ事も出来ない程破れ千切れた蝙蝠を模した様な巨大な翼がドラゴンの呼吸に合わせて上下している。立派だった二本の角は一本は根元から叩き切られもう一つはささくれた欠片のみが有りし日の存在を教えてくれる。かつては自慢であったであろう鱗もあちこちと剥がれ落ち大きな傷口となり紫の血を流している。後肢は両方とも膝を砕かれ震える前肢でその巨体を漸く支えているのみだ。


 ダンジョンの王たる暗黒龍をそのような姿にしたのは、かく言う僕とその仲間だったりするんですけどね。


「無益な殺生は好みじゃないんですよ。ここいらへんで元に戻って貰えませんかね?」

〖元に戻れとはどういう意味じゃ!わらわはこの姿で生まれ君臨をしてきたのじゃ!

 戻る姿などありはせぬわ!〗


 血の混じった咳をしながら暗黒龍が念話で反論してくる。完全に頭に血が上っていると見えますねぇ。元に戻れってダンジョンに戻れって意味だったんですけどねぇ。


〖ダンナさま、このようなアホゥに言葉など掛ける必要は無いっス!もう討伐するっス!〗


 どうにも血の気の多い従魔のグリフォンが進言してくる。ついこないだ雛だったと思ったら偉そうに進言できるようになったのか。僕は子供の成長をの当たりにしたような感動を覚えてしまう。


「そういう意見はお嬢様から上がってくるものと思ってましたけどね、みんな同じ意見ですか?」

「センセ、そのようなアタマの足りないケダモノの意見とわたくしの見解を同一視なさるのは不本意ですわ!

 えっわたくしの見解ですの?・・・不本意ですけどケダモノ1号と同じものになってしまいましたわ・・・従魔の分際でわたくしよりも早く」「お嬢様は静かにしていただけませんか?

 あたしの意見としては、こうしている間にだってアレ暗黒龍が回復していくのでさっさと決めて欲しいというだけですね。どうせ生死を問わないと言質を貰っているんですし一思いにバラしちゃった方が後腐れないと思うんですけど?」

〖ウチの立場やとウチみたいにやり直させたい思うねんけどな?〗

〖ピーちゃんも救えるんだったら救ってあげたいなぁ〗


 仲間たちの意見は、槍士は従魔その1と同じで討伐、魔術師は早期解決を望みながら保留、従魔その2と従魔その3は温情を希望だね。


「意見が分かれちゃったね。じゃあ僕の一存で決めてもいいですか?・・・ありがとう、じゃあ最後に聞きますよ?

 ダンジョンに戻るか、僕たちに滅ぼされるか、それとも僕の従魔になるか。

 どれを選んでも構いませんよ。どっちにしてもきっちり終わらせてあげますから」

〖妾の尊厳はどうなったのじゃ!命をして縛られし迷宮の牢獄よりようやく外に出て見ればこのような扱いを受けて・・・納得がいかぬわ!〗


 こっちからするとダンジョンの中だったら、死んでも生き返れるのになんで出たいのか理解に苦しみますよ。すでに迷宮氾濫オーバーフローを発生させてダンジョンの周りを焼け野原に変えてA 級指名手配になって僕じゃなくても誰かがとどめを刺しに来るってのに納得もへったくれも無いでしょうに。外だと余命は後1時間もあるかどうかだと思いますけど?


「納得がいかなくてもここはダンジョンの外ですよ。ダンジョンの中では満ち満ちていた魔素はここではとても希薄です。大人しく最下層に戻って傷を癒したらどうですか?」

〖何の自由も無いダンジョンに戻れと申すか!妾には外の様子を覗く事すら許さぬと申すのか!この鬼め!〗


 鬼とは面妖な、まるで僕たちが悪者みたいだみたいに言ってますけどこの焼け野原は誰が作ったと思うんですか?貴方(妾って事は雌か?)と貴方に付き従ったダンジョン中のモンスターが暴れたからでしょ?せめて元のダンジョンに戻ったら不問に付すって言ってるのが理解できないとは・・・従魔にってのはもし来てくれたら戦力が大幅アップするからで期待はしてませんけどね。


「貴方が押し出したモンスターたちは既に1匹残らず討伐されてますからダンジョン内の魔素は大分薄くなっているでしょうが、外にいるよりよっぽど回復にはいいと思いますよ?」

〖余計なお世話じゃ!妾のプライドに掛けて外で生き抜いて見せるわ!

 中であったらキサマら如きにおくれなど取らぬものを!あな口惜くちおしや!〗


 ダンジョンの中の方が楽だって理屈じゃ解ってる癖して理知的にものが考えられない個体らしいですね、もう言ってる事が支離滅裂じゃないですか。いじめみたいでやりたくないけどもう猶予はいらないでしょう。大体ダンジョンを出た時点で魔素による補給って言うアドバンテージを捨てたのはそちらですからね。元々ダンジョン産のモンスターを構成しているのはダンジョンの中に満ちている魔素なんだそうですから諦めてくださいね。


「埒が明かないからお話し合いは終わりましょうか」

〖是非も無いわ!滅びよ!〗

「フォーメイションC!」


 暗黒龍がブレスを吐く積りで息を吸い込むと従魔その1ことグリフォンが羽搏はばたき、それを起点に風魔法で突風を巻き起こしブレスの邪魔をする。従魔その2が楯を持って前に立ちふさがると同時に土魔法で石のきりを何本も地面から生えさせて暗黒龍の下から突き上げる。流石さすがに串刺しには出来ないが呼吸の邪魔をして暗黒龍に更なる混乱を与えていく。槍士は雄叫おたけびを上げながら脇腹の傷をえぐり、魔術師は氷魔法で作り上げた槍で暗黒龍の両目を潰さんと何本と言わず投げつけ、従魔その3は仲間たちに大量なバフを与えて闘いに貢献していく。僕?現場監督です。


 元より前肢だけで体を支えていた暗黒龍にはかわす事すらかなわず、只々ただただ蹂躙じゅうりんされていく。


 抑々そもそもこの世にダンジョンが現れて40年とちょっと。その間にいくつものダンジョンからモンスターが溢れ出し周囲を恐怖のどん底に突き落としてきました。でもその氾濫の理由がダンジョンボスの興味本位だったとか史上初じゃないだろうか?


 そうこうするうち、槍が心臓を貫いたのが先か氷が眼の奥の脳を貫いたのが早かったのか僕の眼じゃはっきりしませんでしたけど、突っ張っていた前肢が力なくくじけてどぅと暗黒龍が倒れていく。予定通り僕たちの勝ちです。


 ダンジョン内に発生するモンスターは、ダンジョン内に満ちる魔素なる物質で構成されると言われています。ダンジョン内で発生したモンスターはダンジョン内で討伐されると魔素に帰り、また新たなモンスターとして再構築されるそうです。

 また通常、ダンジョンボスを倒してもダンジョンは消えません。でもそのボスが外に出てきた場合、ダンジョンにボスを構成していた魔素が戻る事はありません。となるとダンジョン内に魔素が不足して維持が出来なくなるのじゃないかと言われています。

 その根拠は、ダンジョンボスまで出てきたダンジョンはその後すべてが消滅しているのが確認されているからです。そしてその時のダンジョンボスたちは、怪獣映画よろしく街に乱入してきて多大な被害をもたらしましたが一応は討伐されています。


 ちなみに、僕の両親は偶々たまたまそれの一つに出くわして逃げ遅れて死にました。もう30年以上前の事だから単なる思い出だと自分には言い聞かせていますけど。


 今は仲間がいますからね。


 やがて背後で地響きが起こり轟音が鳴り響いてダンジョンが消えて行こうとしています。すべからく例外は無しという事ですね。


 とにかくこうして一つの迷宮氾濫は終了を告げました。きっとまた世間では無能のおっさんが美女をき使って楽にいい目に遭ったと炎上する事でしょうね。


 無能なおっさんって言うのは自覚がありますけど、軍が出て来るか探索者が何チームも集まってやるレイド戦ではなく、ひとチームだけでS級モンスターの暗黒龍を討伐できたんですからそこは褒めてくださいね?まぁ人間だけじゃありませんけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迷宮氾濫は迷宮を滅ぼす 虎と狸の蚊は参謀 @center2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ