第10章

 私が起きると、すでに何もかも終わった後だった。

 生き残った元【特務隊 零】のメンバーは、たったの二人。

 知里さんは、健吾さんを失ったショックでおかしくなっていた。

 唯一、お話しできた石永さんからお話ができた。

 みんなが逝ってしまった。

 何もできなかった、と言っていた。

 そんなの私も同じだった。

 お父さんを最後まで守れなかった。

 あの永遠とまで思えた苦しみの二週間が無駄になったのだ。

 そのあと、これで死ねると思ったのに———。

 お母さんに生かされて、お父さんの心臓に救われた。

 元々、莫大な魔力量を持っていたお父さんの心臓だけあって、マイナス領域から脱した後で、体に魔力を充填させるのに二週間で事足りたみたいだ。意識の回復にはその倍の4週間かかったが。

 あのあと、お母さんと対面したときには驚いた。

 誰だかわからないくらいに、やつれていたからだ。

 それ以上に私は、驚いたことがあった。

 だから、すぐにお母さんをベッドに横にさせた。

 「もういいの、紅葉。」

 「ダメ。」

 円さんに言って、消化にいいおかゆを用意してもらった。

 「もう、生きる意味なんてない。」

 「ダメ。」

 おかゆを口に運んでお母さんの口に入れてあげる。

 けれどおかあさんはすぐに戻してしまった。

 「………あの人のいない世界なんて。」

 「ダメ! 生きなきゃダメ!」

 そうだ。あなたは託されたんだから。

 「まだわからないの!?」

 「紅葉?」

 私の目がとらえている真実を口にする。


 「お母さんは、妊娠しているの!」


 その言葉に、お母さんと円さんは目を見張っていた。

 「お父さんが最後に託した命を無駄にするな!」

 その後、医師に検査した結果、妊娠している事実を知ったお母さんは泣きながらも生きるために、食べるようになった。

 その後、コロニー内部での混乱を引き起こしたこと、剣崎家のことで家を空けていたことをポツポツしゃべってくれるようになった。

 実際に、今、防衛局は機能していない。そのため、自警団が発足され交代で東西南北の防衛線を守護していた。そして、四乃宮静の妊娠を聞きつけた地上東地区の人たちがお祝いを盛大にしていた。また四乃宮邸に沢山のお祝いの品が届いた。それだけに留まらず、コロニー3外の人たちからもお祝いの品がたくさん送られてきた。これがお父さんが今まで守ってきた人とのつながりなんだと今更ながら知った。

 甲斐田悠一という人物の遺留品は、肉片の一つも見つからなかった。

 現場を検証した元防衛局員の人たちは、躍起になって探したが残念な結果となった。せめて、『四乃宮静との結婚指輪だけでも』と、探してくれたが、あの広大な現場で指輪を探すのは特定の砂粒を探すのに等しいことだ。でもお母さんは特段気にしていなかった。『今でもつながりを感じているから。死んでからも着けてくれている』、と言っていた。

 その後、今回の経緯の処理や他コロニーからの援助及び支援を受けながらコロニー3は、存続できた。

 その間、私は防衛線の維持のために張り込みを行っていた。私には楽しみができた。少しずつお母さんのお腹が大きくなるたびにお腹に耳を当てて中の鼓動を聞いていた。時々、蹴ってくる振動が伝わってきたが、それさえも愛おしかった。

 そんな日々を過ごしていると、あっという間に出産のときを迎えた。

 廊下で待たされているとき、とても落ち着かなかった。

 何かったらどうしよう。

 どうしてもそばにいたかったけれど、傍でうろうろする方が迷惑だろうし。

 でも、なにもできないからここにいないといけない。

 そんな思いで、廊下を行ったり来たりした。

 円さんには、笑われたがどうしようもないのだ。

 その間、多くの人たちが来てくれた。

 石永さん。知里さん。エバンス。………あのクソムカつくお父さんの妹も来た。

 その他にも防衛局に勤めていた人たちや、地上東地区の住民たちが病院の外で待機していた。みんな騒がずに固唾をのんで待っていた。

 あれだけの人数、騒がずに待つなんて一種の宗教のように思えるくらいだった。

 ———みんな、それだけお父さんのことを思っていたんだ。

 その時、中から泣き声が聞こえてきた時には思わず、座っていた椅子を蹴り上げてしまい転倒した。すぐに立ち上がって中に入ると———


 ———小さな妖精がそこにいた。


 その後、外からの熱狂的な声が響き渡っていたのは覚えている。

 私自身、頭が真っ白になってしまいどうすればいいのかわからなくなってしまった。

 そんな中———。

 お母さんが———。

 私を呼んだ。


 「この子を抱いて。」


 託された手に小さな命が渡された。

 見た目は小さいのに、しっかりとした重さが確かに存在した。

 その時、初めて腕が震えていることに気が付いた。

 体がこの子の重みに潰されそうになっているのだ。

 重さ。

 無垢なる魂の重さ。

 知っていた。

 だって、この重さは———。


 ———私達にとっての罪の重さなんだから。


 本来、この子がもらうべき幸せを私という不純物が奪ってしまった。

 この子のわがままに付き合う時間も———。

 この子と遊ぶ時間も———。

 この子を叱る時間も———。

 私が居たから全部できなかった。

 私が居たからあなたはお父さんに会うことができなかった。

 私が居たからお父さんの顔すら見れなかった。

 私の———せいで。

 「紅葉。」

 お母さんに呼ばれて、はっとしたときに私が大粒の涙をこの子にボタボタ落としているのに気が付いた。

 「これからは、あなたがお姉ちゃんよ。だからね———。」

 お母さんが満足そうな顔をしてこちらに向いた。


 「その子をお願いね、紅葉。」





 その後、この子を抱く人はいなかった。

 みんな抱くことができなかった。

 私以上に、辛い人たちだらけだった。

 誕生した命には、『真衣(まい)』と名前がつけられた。

 四乃宮真衣が誕生した後、みんなが帰る中、エバンスが二つの封筒を私に渡してきた。

 「どうにもあの方は、こうなることを予想していた節があるようで。」

 そういって、帰っていった。

 一つに【紅葉】と書かれた封筒を開けると便箋が一つ入っていただけのものだった。

 その便箋を見ると、懐かしい字があった。




 紅葉へ


 これを読んでいるということは僕はもうここにはいないだろう。

 やり残したことは多い。

 自分でも半端な形になってしまったと思っている。

 後悔がないと言えば嘘になる。

 君の成長。

 君の歩み。

 みんなとの交流。

 失敗と成功。

 ずっと見ていたかった。

 けれど僕には限られた時間しかない。

 そして君もまた限られた時間しかない。

 どうか、君の人生には僕のような悲劇を生まないでくれ。

 みんなと笑って、いい人生だったと思える最後にしてくれ。

 ………ああ。

 やっぱり、自分で思いを書くのは不慣れだと思っているよ。

 本音を書くのであれば、死にたくない。

 もう少し、君たちのそばで生きていたかった。

 死ぬ直前で、こんな思いをしながら書くのは変な気分だよ。

 でも、時間があったのならもう少し、君たちのそばでお父さんをしていたかった。

 君たちといた時間は、僕にとって宝石にも勝る宝物だ。

                                悠一より

 


 涙でその手紙を汚さないようにするのが、精一杯だった。

 いつだって、笑いながら戦場を駆け巡った人が家庭では、ただのお父さんをする幸せを持っていたなんて。


 ———ああ、私もあなたと一緒にもっと時間をかけて過ごしたかった。




 もう一方の便箋をお母さんに渡した。

 お母さんの便箋には、どうやら『家族を頼む』と書かれていたらしい。

 お母さんは、泣きながら『卑怯よ。』と言っていた。

 たぶん、お母さんの心情を理解したうえで書いたのだろう。後を追わないように、と。

 お父さんらしい。

 それでいて容赦のない。



 

 お母さんは、仕事を再開し始め同時により地上ブロックの人たちの支援をするようになった。地上東ブロックの人たちは活気に満ち溢れ四乃宮家に絶対の信頼を置くこととなった。それだけでなく、他ブロックからも支援要請が四乃宮家に舞い込む形となりそれぞれの御用家の快諾を受けながら改革を推し進める形となった。

 新たな四乃宮家の長女は着々と成長していった。

 お母さんとは違い、どこか円さんと似て元気いっぱいで周りから好かれるタイプに成長していった。が、時々見せる敵対者には容赦のなさがお母さんの血を継いでいると思わずにはいられなかった。

 一方、知里さんは血迷っていた。

 健吾さんの代わりに、自分が健吾さんを産もうとして女の子が生まれたことに失望していた。そして、運悪く彼女は子供が産めない体になってしまった。

 生まれてきた子供は、月下理奈と名付けられた。

 知里さんは、あまり家に寄り付かなくなりほぼネグレクトッ状態となり、理奈様は幼いながらになんでも食べるようになった。ケチャップを啜る日々、マヨネーズをアルミホイルで焼いて貪っていた。

 それを目の当たりにした真衣様は、理奈様のことを気にかけて何かと一緒に過ごすようになられた。


 ————目の前に、困っている人がいるのであれば手を差し伸べる。


 本当に、両方の遺伝を受け継いでいると思えた。

 それと同時に私の胸は絞めつけられていった。

 どうしようもない過ぎた古傷が痛むのだ。




 私は、甲斐田紅葉という名を伏せるようにした。

 私は、お父さんの養子であることを捨てるようにした。

 本当に継承するべき人は、私が仕えるべき人だからだ。

 私は、甲斐田紅葉ではなくシュガーという仕事用の名前でメイドとなった。

 防衛局には戻る気になれず、四乃宮家の正式メイドとなった。

 真衣様お付きのメイドとなったが、お転婆が過ぎるようになり教育をどうするか、お母さんに相談したところ『今まで教えた通りに』とのことだった。

 その日以降、屋敷から悲鳴と銃弾が飛び交うようになった。


 お父さん、こっちは大丈夫です。

 だから、お父さんはこっちの心配をしなくて大丈夫です。

 私が、お母さんや真衣様を守って見せます。


                               宵の燭光編 完


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