第9章

 あの雲の中を脱出した瞬間に、青い光を放ちあの空間は爆散した。

 俺が雲の中を脱出するまでに一時間かかった。

 その間のことを言っていたのだとすると、あのカナという女は自分主義の自己中なのか、こちらの力量を正確に測ったツワモノなのかわからなくなってきた。

 そして、あの爆発の中心にいたカナは絶対に助からないだろう。

 いや、自分から地獄に戻っていったのだ。

 自分の役割は終わったと。

 ———俺も戻ろう。

 知里のもとに。

 空中に投げ出されたときに爆風で加速されたが、おそらく方角はこっちだろう。


 だが、地上の戦況は切迫していた。


 俺が目視でとらえたときには、石永と知里がヒット&アウェイを繰り返すスタンスだった。明らかに陣地を失ったことで建て直せていない状況だ。

 それに知里の魔法範囲外に出てしまったことも原因の一つだろう。

 これは不味い状況だ。

 ざっとみ、残存する【ホワイトカラー】は、千と言ったところだ。

 対して、石永と知里の処理スペックは一分当たり二体といったところだろう。

 すぐに助けなければ、体力的にも魔力的にもあの二人は限界だ!

 落下の方向を【ホワイトカラー】の中心部に設定し、思いっきり斬撃を放ちながら【金剛】で着地する。

 こっちで700体引き取れば、あいつらも陣形を取り戻せるだろう。

 そして、さっき斬撃を放った瞬間爆発が起きた。

 おそらく、新種の【ホワイトカラー】なのだろう。

 とにかく、斬るしかない。

 襲い掛かる【ホワイトカラー】に斬撃を叩きこみながら、数を減らしていく。

 その中で、爆発するタイプを選別して数の密集しているところに向けて投げ込み、斬撃を放つ。逆に、爆発しないタイプを転ばせていき密集させてから、一体の爆発タイプでより多くの【ホワイトカラー】を処理していった。

 今までこんなものの比ではない強さの獣と戦っていたせいか【ホワイトカラー】の動きがとても緩慢に見える。それともこれがゾーンというやつなのだろうか。

 どちらでもいい。今はただ、目の前の敵をより多くひきつけて知里たちを逃がすことだけを考えろ。

 すでにこちら側の数は百体を切っただろうか。

 しかし、知里たちの様子は変わっていなかった。

 原因は、おそらく知里の魔力切れだろう。

 処理能力を超えた数の襲来で、知里の魔力をガンガンに吸い上げてたうえにトラブルで場所を移動せざる負えなくなって知里の奇襲が不可能になったこと。加えて、北条さんの退場および立て直しができない間も知里の魔力を空間がガンガン吸い上げた結果、ガス欠を起こし、拮抗していたバランスが雪崩のように崩れてしまったのだ。

 その間に石永が分身体を何度も作製して切り結んでもたせていたようなものだ。

 つまり、いまの彼らは完全に無防備に近い!

 「知里!」

 引き受けていた【ホワイトカラー】の処理を完了してから走り出し、二人のところに向かう。道中にいる【ホワイトカラー】を転倒、あるいは駆除しながら駆けていく。

 「石永!」

 もうこれ以上の犠牲はいらない!

 しかし、俺が見たときには二人とも転倒して襲い掛かられるところだった。

 俺の脚でも間に合わない!


 そこで。

 俺は———。

 幻を———見た。


 黒装束に身を包んだ集団が、ホワイトカラーの防波堤になっていた。

 それも数人という単位ではなく、数百、いや千人だろうか。

 【ホワイトカラー】の群れを押し返すように立ちはだかっていた。

 その中の一人がこちらを見たような気がした。


 ———は や く———


 ああ、いつだって俺たちは仲間だよ。

 死んでも、守りに来るなんてお前らしい義理堅さだよ、本当に!

 横なぎに【ホワイトカラー】の群れを切り崩していく。

 はやく!

 はやくしないと!

 俺自身も限界だ。

 もう、魔力の残量なんてない。

 【金剛】を発動させることだってできない!

 でも、仲間がいるんだ。

 まだこの二人は生きているんだ!

 死んでいった仲間が駆けつけてくれているんだ!

 これ以上、奪わないでくれ!

 「あああああああああああああああ!」

 もはや、悲鳴に近い雄叫びを上げながら斬る。

 自分を鼓舞して地面を蹴り上げていく。

 棒のような腕を体で振るわせて無理やり動かす。

 「くっ!」

 一体だけ、抜けていくのが見えた。

 しかも爆発タイプ!

 身をひるがえして、対象の【ホワイトカラー】に向かう。

 そいつめがけて、刀を突きさした。

 が———。


 バキッ

 と、いう音と共に刀が折れた。


 いや、あきらめるのはまだだ!

 折れた刀の柄を投げ捨てて、その【ホワイトカラー】の両端を両腕で持ち上げて身を反転させてまだ処理していない【ホワイトカラー】の群れに突っ込む。

 背後から、知里の喚き声が聞こえてくる。

 ごめん、知里。

 でも、今の俺にはこれしかできない。

 お前らを返すにはこれしかできない。

 だから、せめてお前は生きるんだ!


 掴んでいた【ホワイトカラー】が一気に膨張して———。


 ———視界がブラックアウトした。





 「もう、なにしてるの健吾君。」

 「全くですぞ。最後の最後で。」

 目を開けると、あきれ顔の北条さんがいた。

 「あれ、なんで。」

 どうして、ここに。

 「これはあれだね。お説教、10年コースだね。」

 「いいや、甘いでね。ここは私たちの生い立ちから経歴までの300年コースがいいでしょう!」

 「お、いいね。それなら長い長ーいお話になりそうだ。」

 なんで、ここに………。

 「月下殿。これから窯風呂に浸かりながら私たちの長い長~いお話に付き合ってもらいますぞ。」

 瞬きをすると、そこはいつも見ていた地獄の門の前だった。

 ああ、そうか。

 俺は———。

 死んだ———。




 3068年 3月 7日  午前5時24分

【黒い雨事件】終結。

 この件に関して、防衛局の記録は抹消される。

 付随して、緘口令が敷かれた。

 

 甲斐田悠一の死を確認。

 北条蒔苗及び北条シリーズの全個体の死亡を確認。

 月下健吾の死亡を確認。


 この事件により、【特務隊 零】は事実上の解体。

 生存者 月下知里は魔力不足によるマイナス領域の突入により意識不明状態だった。しかしその後、戦闘による影響でPTSD(PostTraumaticStressDisorder)を発症。病院のベッドの上で療養中。


 同 石永伸一。魔力不足によるマイナス領域の突入で意識不明。また戦闘行為による外傷が激しく、緊急オペを実施した。命の危機は脱したものの脚に重大な欠損が生じていることが判明。再起は不可能に近い状態。


 同 甲斐田紅葉。魔力不足による生命の危機から脱したものの意識不明。【ホワイトカラー】ということもあり、貴重なサンプルとして解剖するという意見もあったが、意識のある四乃宮円により、身柄は四乃宮家に返還された。


 関係者 四乃宮静。———消息不明。

 現在捜索中。




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