第6章

 雲の圏外2キロ地点。

 『知里殿、こちらも開始しましょう。』

 「マキナ、無理しないでね。聞く話じゃ、ここから出てくる【ホワイトカラー】 は、特殊タイプ。今まで見たことのない【ホワイトカラー】が出てくる可能性すらあるのよ。」

 『作戦通り、知里さんがメインで僕らが撃ち漏らした敵をカバーして倒していくって形でいいんですよね?』

 「作戦に変わりはないわ。石永君、マキナ、頼んだわよ。大出力でやるけれど、その分、私は隙も大きいし、攻撃のタイミングが合わないとすぐに陣形が崩れる諸刃の剣よ。頼みの綱はあなたたちしかいないのよ。」

 『知里殿の背面には、まわれないようにトラップが盛りだくさん設置しております。しかし、もし後退されるのであれば、すぐに言ってください。もはや、退路はない状況なのですから。』

 『それは、こっちもじゃない? 健吾さんの杞憂がそのまま杞憂であってくれればいいけど。』

 「健吾君の作戦に杞憂はないわ。絶対の可能性がないのであれば、考えられることすべて行わなければならない。さもなければ死。いつものことだけれど、気を引き締めていくわよ。」

 『了解ですぞ。』

 『了解。』

 こちらの準備が整った段階で———。

 『オペレータより各位、上層階で交戦開始。』

 雲から———。

 『これより作戦を開始してください。』

 黒い雨が降り出した。







 雲の中、零地点。

 「こちら、月下健吾。指令、通信状況は?」

 『問題ない。無事に届いている。』

 感度は良好だ。

 「準備はできたみたいね。」

 女、いや、ここはカナと呼ぼう。

 カナが、こちらを見て状況を把握していた。

 「ああ、逆にそちらの準備は?」

 「問題ないわ。すべてのスイッチを入れたわ。」

 スイッチ?

 彼女固有の魔法だろうか?

 「そもそも、あなたや私が束になってかかったところで焼け石に水程度よ。だから、布石をこの四年間で敷き詰めるだけ敷き詰めたわ。」

 四年間。

 淡々と、自分の魔法で仕掛けを施してきたと言ってきた。

 「私の人生はとっくの昔に終わってるの。だから、この四年間は彼のためにつぎ込んだ。未練はあったけど、地獄から出たときに私の中から抜け落ちたみたいだし。何もなかったから、ちょうどよかったのよ。」

 それは、どんな気持ちだったのだろうか。

 それとも納得するべきなのか。

 だからそこまで人間性が欠如しているのか、と。

 「ただ、私の布石はいわばデバフとトラップのようなものよ。何重にもかけたけれど、それで、やっと月下健吾、君と同じ土俵だ。しかし、それは最初の数分くらいだろう。彼が進化しない保証はない。」

 「進化?」

 「いつも彼が他人の魔法を解析して最適化するように彼の本能というべき、体だって学習するんだ。初めは互角でも、学習して強靭になっていく。」

 「それじゃあ、速攻で決めに行った方がいいのでは?」

 「それは絶対にダメ。」

 「なぜ?」

 「もし彼の学習の中に【】が入っていたら終わりだ。【】をする恐れがあるからね。だから、君がすべきことは、時間いっぱい斬り結ぶことだ。」

 「負傷はさせていいのか?」

 「ね。」

 そのとき、目の前の遺体が爆発した。

 正確には、遺体の胸で爆発が起こり胴体に大きな穴が空いた。

 「————っらい。」

 口から弱音が吐露してしまった。

 俺は、こんな姿を見るためにここにいるのか。

 あいつのいつも笑っている姿をもう一度見たかったと思っている自分が未練がましくてさらに辛くなってくる。

 ああ、これで、もう———。


 甲斐田悠一とは、になってしまった。


 その事実が瞳を涙で曇らせる。

 が———。

 変化が起きた。

 周囲をのたうちまわる魔力。

 爆散して空いた胴体から、爪の生えたが出てきた。

 それはみるみる腕を出していき、顔、脚と順々に姿をあらわしていった。

 その姿は、絵本に出てきたのようだった。

 そして、甲斐田悠一という皮は人狼の中にしまわれていった。

 そのことに少しだけホッとした自分がいた。

 例え、甲斐田悠一ではないにしても彼の姿で襲ってきたら泣きたくなるからだ。

 そうでなくても、気を許すと泣きそうになっているのだから。

 人狼がこちらを見て雄叫びを上げた。

 狼と違い、もはや獣の咆哮だった。

 知っていたさ。これが現実なんだと———。

 「これより戦闘開始。」

 『了解。』

 短く言って、すぐに構えを取った。

 今までの感情は切り捨てる。

 生半可な覚悟で生き延びれる相手ではない。

 そう思っていた。

 思っていたはずなのに———。


 あの人狼が目の前から姿を消した。


 「なっ!」

 途端に殺気を感じて刃を何もない空間に振りぬく。

 金属と金属がこすれる嫌な音が鳴り響いた。

 「なるほどね。獣は獣でも捕食獣というわけね。相手の死角と視界から逃れるためのスピードは持ち合わせているみたい。」

 「感心している場合か! ギリギリだったぞ!」

 「だから、言ったでしょ? 互角だって。」

 待てよ?

 「デバフの効果はどれくらいなんだ?」

 「何? 私の効果量に疑問があるわけ? 安心なさいよ。すべてあの獣は踏んでいるわ。ざっと、スピードは一万分の一、魔力量なんて一億分の一くらいよ。」

 それでこれなのか!?

 互角と言っていたわけが分かった。

 確かに、ここからは下がらない。

 向こうにしてみれば、仕留められる得物を前にして、力が入らないもどかしい状況なのだ。恐れ入る。

 「お前もそう言っていないで、何か手伝え!」

 「無理言わないで。この因果式トラップの同時運用は神経を使って働かせてるのよ? 別なところに集中なんてできないわ。」

 「それになんでこっちばかり狙ってくるんだ! こいつは!」

 「当たり前よ。捕食者はいつだって得物を狙うのよ? 死体を漁る卑しい獣とはわけが違うの。」

 状況は整えられていることは理解したが、ジリ貧なのは変わりなかった。

 カウンターの要領で斬り返しをしてみたが、すぐに反転されてよけられた。それどころか、こちらの進路を予想しているのか、動きが読まれている節がある。何度も爪で斬り刻まれかけている。

 全力で疾走できない。

 途中で何度もブレーキをかけながら、急速発進、急ブレーキを何度もしている気分だ。

 心拍数だって思っていたより早い段階で上がり始めている。

 魔法で肉体が強化されて、且つこの空間による祝福効果もありながらこれなのだ。


 相手が正真正銘の化け物と呼称していい相手だ。


 どうすればいい?

 このままだと相手の自我崩壊の制限時間まで持たせるどころか、あと数分で俺が持たなくなる。なにか、斬り返す手段がなければ———。

 そうおもっていた時に、相手の体表が変わった。

 白から黄色に———。


 瞬間、目で追えるスピードを優に超す移動になった。

 「魔法!? いや、身体強化!?」

 この数分で相手は魔法の何たるかを理解して、進化したのだ。

 俺で追いつけないとなると、もう人類でこのスピードに対抗できる奴はいない。

 すでに、なり得てしまったのだ。

 誤算があるとすれば獣特有の殺気が、駄々洩れなところくらいだ。

 おかげで、どこを攻撃してくるのかわかるのが救いだ。

 それでも獣特有の荒々しさや力の強さによってどんどん追い込まれていく。

 ついには自分の持っていた刀でさえ弾かれて手から抜けていく。

 爪が俺をとらえた。

 バックステップで避けようとするも範囲から抜け出るのにコンマで足りない。

 振り下ろされる爪を見ながら、歯を食いしばった時だ。

 目の前にいた獣が球状の、それも見覚えのある魔法によって包まれた。

「【】!? なんで!?」

 荒い息を整えながら、急いで自分の刀を持ち直す。

【天蓋】は、甲斐田悠一の唯一無二の魔法だ。

 亜空間にエネルギー体を吸収させる絶対防御の魔法だ。

 のちに光のエネルギーだけがこちら側に帰り、夜空の星みたいにみえることから【天蓋】と名付けられたのだ。

 それが、どうして———。

「そう。最後まで律儀な人ね。」

 何かを察して、カナは【天蓋】を見ていた。

「どうして、急に【天蓋】が発動したんだ?」

「あの人は、自分自身のことを他人にばかり任せる人じゃない。自分であらかじめセットしていたようね。戦闘が開始されてから5分ちょうどで【天蓋】が発動した。なら、彼は5分おきに【天蓋】が発動するようにしていったようね。インターバル期間みたいに。例え、あなたが死んでも5分おきにあの獣は、天蓋に絡めとられる。被害が少なくなるようにするための保険と言ったところでしょうね。」

 そんなことをカナは言っていたが。

 俺は、目を疑うようなものを見ていた。

 天蓋の膜の外———。

 あの人が———。

 いつものように———。

 気楽に———。

 手を振って———。

 ゆっくりと———。

 口を開いた。



        ———生 き て———


 涙があふれてくる。

 涙を服の裾で拭いた時には、もう姿は消えていた。

 でも、たとえ幻影だとしても———。

 隊長なら、そういうのだろうと思いながら再度刀を握りしめる。

 「こっちの心配は、大丈夫ですよ。それよりもあなたを楽にしてあげる方が私たちの願いですよ。」

 張られていた【天蓋】が消えていく。

 どうやら、効果時間が切れたようだった。

 「張られていた時間は、同様に5分と言ったところね。」

 カナが淡々と告げていくが、俺の覚悟は固まった。

 「絶対に耐えてみせる。悠一を………殺戮者にはさせない。」

 刀を握る手に、力がこめられる。

 その傍らで、踊るような声が聞こえた。

 『やっと呼んでくれたね。』




 戦闘開始から一時間経過。

 地上防衛組。

 「マキナ、右側面をこっちに引き付けて。石永君、その間にリロードして。私はマキナがひきつけてくれた正面を一掃するから。」

 『了解!』

 『リローディング!』

 この規模での大型空間の書き換えはいままで数回程度しかない。

 この空間においてのルールは、魔法が使えないという縛りが設けられているが、殺傷能力が非常に高い武器が私たちの手元に来るというものだ。

 旧式の武器である銃が有効になる。

 マキナと石永君には、中距離用のアサルトライフルを携帯してもらい、サブでハンドガンを持たせてある。私は、ロケットランチャーを装備して、サブにスナイパーライフルを装備している。

 この空間のルールとして一定の敵を倒すとポイントが付与されるようにシステムを構築している。また各ポイント支給物も偏らないようにばらけさせていた。これは弾薬やシステム召喚物は共有できるようにしてあるからだ。マキナには弾薬と爆発物、石永君には、弾薬と索敵型ソナー、私は、召喚タレットとセントリーガンをシステムに組み込んでいる。

 「セントリーガン設置! あと、マキナの方にタレットを置くからその間にリロードして!」

 『しかし思っていたよりも、数が多い!』

 『あの爆発タイプの衝撃でソナーが乱れる!』

 新種のタイプが出てくるとは聞いていたが、ほぼ新種だとは、思ってもみなかった。

 特に厄介なのは、一定のダメージを与えると爆発する【ホワイトカラー】だ。

 おそらく、近づいても爆発するのだろう。

 今までに見てきた【ホワイトカラー】は得物を捕食するために襲ってきたが、今回の【ホワイトカラー】は、毛色が違った。

 目の前の人間を殺すためだけに向かって来ていた。

 魔法禁止ルールにしていなければ、勝ち目のない戦いだった。

 魔法での打ち合いになったとしても、魔法の射程距離はおよそ400メートルが限界だ。

 あの爆発タイプは、衝撃波で100メートルに影響を及ぼす。

 それがこの一時間で何千体も出てきているのだ。

 『知里さん、この空間、あとどれだけ持ちますか!?』

 「紅葉ほどじゃないけど、一日は持つわよ。私の魔法は燃費がいいからね。」

 本来なら、一日持つ。

 でも実際、今の調子だと、あと半日が限界だろう。

 難しい局面なのだ。

 この空間が処理に追い付いていないのだ。

 「マキナ、こっちに爆発物回して。」

 『ケースごと行きますぞ!』


 地上地区の戦線。

 五分五分の戦況。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る