落日編

エンディング1

 目が覚めると僕は電車に乗っていた。

 体の怠さが残っているものの、体を起こす。

 バランスを崩しながらも座席に座り直す。

 しか開けられないけれど、周りをゆっくりと観察していく。

 僕以外に乗客はおらず、電車のリズミカルな振動が再度の睡眠を誘う。

 窓の外は、一面の白だ。

 漂白剤でも被ったかのように他の色が存在しない世界だった。

 まるで僕だけ異質みたいに思える。

 そこでやっと気が付いた。

 

 ———僕は死んだのだ。


 怠いと感じていた体は、

 

 どこもかしこも傷だらけで———

 

 どこもかしこも血まみれだった———。


 右目が見えないと思っていたのは、からだ。


 右腕が動かないと思っていたのは、からだ。


 左脚に力が入らないのは、からだ。


 痛みに鈍いのは、今までの痛みになれていたからだ。

 なんでこうなったのか―——。


 記憶が混線している。

 

 ああ、そうか。


 ———虚ろだが覚えている。


 そっか、殺された。

 いや、

 ———最高の親友に。

 ———尊敬する師に。


 僕は、愛されて殺された。

 こんなにもことはない。

 未練がないわけではない。

 別れが、つらくないわけじゃない。

 悲しいと感じないわけじゃない。


 でも、それがということなら納得できる。

 僕の人生は、大団円ではなかった。

 けれど、そこに幸福があった。

 なら、僕は瞼を閉じることができる。

 そんな時だ。

 「あなたはだれ?」

 そんな声が聞こえた。

 左目を開けると、一人のがいた。

 肺に穴でも開いているのか、ヒューヒューと音を漏らしながらも声をかける。

 「やあ、こんにちは。」

 少女は驚きながらこちらを凝視していた。

 「お兄さん、傷だらけだよ? 痛くないの?」

 なんとなく、誰かに似ていると感じた。

 誰に似ているのか記憶を掘り起こすのは、少し億劫だった。

 どうにも頭も損傷しているみたいだ。

 ズキズキと脳に釘でも入れられているように感じる。

 「ちょっと体が重いかな。でも、大丈夫だよ。お兄さん、頑丈だから。」

 そういって、笑いかける。

 本当は体の感覚なんてもの、部分的に麻痺しているから痛いのかもわからない。

 「お嬢さんこそ、どうしてここにいるんだい?」

 「お嬢さんじゃない。私はスミレ。」

 「そっか。僕は悠一だよ。」

 そういうと、少し不思議そうにしていた。

 「ここは、世界に見放された者が来るところだよ。時間も世界も関係ないごちゃごちゃな排気口。つまり世界の掃き溜め。世界の循環に左右されないから、ゴミみたいにポイポイされたの。ひどいでしょ?」

 「そっか、ひどいね。」

 なるほど、僕も世界には受け入れられなかった、ということか。

 「でもお兄さんはよっぽどひどい死に方だったんだね。魂にまで、傷跡を残すような死に方、初めて見たよ。」

 そっか。死んでるから今は魂の状態なんだ。

 普通は魂は傷つかないものなんだ。

 「これは、僕の親友がつけたものだよ。ずっと涙を流しながら、僕と対峙してくれた勇気と誇りを持った最高の親友だよ。」

 その言葉に、少女はいぶかしむように顔をしかめた。

 「友達、なんでしょ? どうして殺そうとするの? 本当に友達だったの?」

 「ああ、最高の親友だよ。………でも、そうだね。少し事情を話さないとわかってもらえないね。時間はあるかい?」

 「ええ、問題ないわ。どうせ、この空間に時間なんて意味ないのものだし。」

 そういって、僕の隣に座った。

 「眠るついでに聞いてあげる。」

 そういうと僕の膝の上に頭を預けてくれた。

 そっか。

 この子は僕の娘に似ているんだ。

 紅葉に。

 彼女も寝るときに、僕に縋り付いていたな。

 そっと、彼女の頭に左手を置き、撫でる。

 僕の手が気に入ったのか、少しこそばゆいのか、少し笑ってくれた。

 「それじゃあ、僕の記憶している最後の始まり始まり―——。」




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