第9章

 まさか、こうしてもう一度この世界に舞い戻ることになるとは思ってもみなかった。

 それにこの世界は痛みに満ちている。

 ああ、嫌だ嫌だ。

 さっさと地獄に戻りたいものだ。

 ………。

 そう思ってみたが、自分が来た意味を達成しなければ。

 そのためなら、人間が何人死のうが関係ない。

 後ろを振り返る。

 

 目の前にある球体を前にして、突き刺していた万年筆を引き抜く。

 

 どうやら、地獄の一部分をそのままこの世界に落としてしまったらしい。

 球体に触れた際、何かが私の中から抜け落ちた感覚もあったが特段体に影響はない。

 観察してみると球体から大量の【ホワイトカラー】が這い出てきた。

 どうにも、球体というより繭に近いものがあった。

 巣穴とも思ったが違う。

 出てくる【ホワイトカラー】は、繭を守るように周辺を警戒しているだけだった。

 でも、私を無視して横を通り過ぎていった。

 いや、そもそも彼らには私は見えていないのかもしれない。

 まあ、でもそんなものはどうでもいい。

 問題は、他にある。

 私の脚に絡みついているものだ。

 

 腕が何重にもなって脚にしがみついているのだ。

 

 『体!』『お腹空いた。』『女だ、女!』『めんどくさいなあ。』『金をヨコセよ!』『舞い戻ってきた!』『妬ましい!』『気持ちよくなろうぜ!』『腹立たしい!』『すべて俺のものだ!』『コロニーの一つくらい占領しよう!』『眠い。』『うざったい!』『生きてる人間が妬ましい。』『逆らうやつらは殺すだけだ、ハハハ!』

 どうやら、地獄から余計なものを墜としてしまったらしい。

 感情の渦………。

 いや、これは人間の欲かな?

 人間が持っていた意識の残滓といったところかな。

 まあ、これはこれで使いどころがあるからいいけど。

 ………うるさいけどね。

 



 あれから二年この世界に潜伏している。

 その間、お腹は空かない。

 でもリミットがないわけではない。

 日を追うごとに、自分の存在が薄れていることがわかる。

 この二年間していることと言えば、毎日、魔法で条件指定をしているだけだ。

 ある特定の条件を対象が踏むと捻じれたり、切れたり、意識を失ったり。

 そんなところだ。

 これが結構な時間が掛かる。

 一つの条件を生み出すのに3カ月の日数がかかる。

 さらに言えば、誤動作しないように、セーフティーをかけなければならない。

 まったく面倒な魔法だ。

 ただし、例外なくこの条件を踏むと未来が確定する。

 いわゆる次元地雷といったところかな。

 さて、そろそろかな。

 

 「僕の魔法じゃあ、死にきれなかった?」

 

 音もなく、彼が立っていた。

 その姿を見て、なぜだか心が揺さぶられる感覚に陥った。

 きっと錯覚だ。

 でも、成長した姿とこちらを申し訳なく見る姿を見せられると胸が苦しくなる。

 これは、錯覚じゃない。

 「いいや、安らかな死はありがたいと思ったよ。本当に。」

 なぜだか、こんな状況で彼が来るということはまた私を殺しに来たということに他ならないはずだが、彼を愛おしく見てしまう。

 「でも、これは必要なことだよ。君にとっても。」

 私をもう一度殺しに来ているはずなのに、この時間が穏やかなひと時に感じてしまう。

 「あの研究施設でのことを覚えている?」

 「僕が製造されたところ?」

 「ええ。あの時の暴走は、あなたがいたから何とかなったけど、あなた自信の暴走を止める人はいない。だkら、予防線を張らないといけないのよ。そのために生き返ったのだし。」

 「生き返れるものなの?」

 「できたのだから、不可能じゃないという証明だね。まあ、管理人からお目こぼしをもらた感はあるけどね。」

 「………。」

 何とも言えない表情でこちらを見てくる彼に歯がゆい感覚を覚えた。

 でも、それは彼自身の問題だ。

 生きているのなら、向き合うべきものだ。

 「カナは、世界を滅ぼすの?」

 彼からの恐る恐る聞いてくる声で答えが分かった。

 彼はまた私を殺さなくてはいけないのか迷っているのだ。

 だから、気軽に答えるだけだ。

 「世界なんて興味はないよ。」

 本当に大切なのは、あなただからだよ。

 

 せめて後悔は、私が背負うものだから。

 

 「知らなかった? 私はやられたらやり返すタイプなの。だから、今度はあなたをちゃんと殺してあげるよ。」

 その言葉を聞いた彼は、薄く笑った。

 いや、こらえながら笑っていた。

 それを見て私も笑ってしまった。

 ああ、本当の家族がいたらこんな風に笑いあうのだろうか。

 ………いいものだ。

 「………それじゃあ、僕は帰るよ。」

 「そうね、もてなしてあげたいけど片手間もおしい状況だから。」

 その光景を見て私に彼は、ゆっくりと口を開いた。

 「僕は、あとどれくらい生きれるんだい?」

 一瞬にして空気が重くなった。

 でもこれは、告げないといけない。

 「あと一年くらいよ。」

 「そっか………。」

 ホログラムで隠しているけど、もうボロボロなのは知っている。

 本来なら、歩くのだってつらいでしょうに………。

 「それじゃあ、最後にこっちの質問に答えて。」

 「なんだい?」

 「………どうして、可能性を捨てたの?」

 「………。」

 彼は、『自分が生きるという世界線』を捨てた。

 あったであろう幸せを捨てて。

 「僕には、あなたのように常時未来が見えるわけじゃないよ。」

 「そうね。」

 でも、なんとなく想像がつく。

 どこまでもお人よしの考えなんて簡単だから。

 「それじゃあね。」

 「ああ、さようなら。」

 そういって、彼は去っていった。

                        始まりの罪、未来の終焉編 完



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