第7章
実験場で会った彼は、305と名乗った。
どうやら、実験番号しか与えられなかったらしく、他には何も与えられなかったそうだ。
「では、あなたの名前を教えてください。」
そういわれて少し困った。
私の名前って何だっただろか。
他のコロニーでは適当な名前を使っていた。
妹には姉とし教えていない。
当然、あの両親からもらった名前なんてずいぶん前に捨てた。
うーん。
そんな時だ。
ふと、思い出した。
宿の宿泊時に名前を記載する台帳に書いていることを。
フリガナ。
これだな、とおもった。
「私はカナよ。」
仮の名前。
仮名。
実にいい。
そして、彼にも名前を付けた。
「あなたは悠一よ。悠久の始まり。だから、悠一。いいわね?」
妹には香織と名前を付けた。
家檻を変換して香織とした。
この子には、ピッタリの名前だ。
それから、私たちはともに放浪することになった。
彼はとても便利だった。
すべての魔法が使えたからだ。
寒暖の激しい砂漠地帯では、あらゆる問題がある。
しかし、彼は喉が渇けば掌に水球を作り出すことができ、寒くなれば暖を取るための炎を生み出すこともできた。挙句の果てに、冷たい風や、暖かい風を生み出すこともできた。
何より【ホワイトカラー】とであっても、彼が指を少し動かしただけで獣たちは死んでしまう。
彼はこの世界の原則を完全無視した存在。
超越者だった。
しかし、問題があった。
不感症。
痛みに対して鈍感だった。
指が折れているのにも気が付いていなかった。
腕から出血して、私が指摘してもどこ吹く風だった。
しかし、原因は単純だった。
彼は魔法で痛覚の倍率を遮断していた。
臓器が負傷すれば疑似臓器を魔法で作り出し、魔法糸で血管や神経系を繋げていた。
もはや機械のパーツ交換のようだ。
複雑な魔法行使を呼吸のようにやってのけていた。
そんな彼がひどく恐ろしかった。
いつ死んでもおかしくないのに。
ためらうことなく死に向かっていく。
その行為が許せなかった。
必死に生きている人間を嘲笑う行為に思えた。
だからこそ、私も魔法を使ってなるべく戦闘地帯は避けるように努めた。
私は気が付かなかった。
キレイなおもちゃを手に入れたと思っていた。
それなのに。
私は、おもちゃ一つに一喜一憂していたのだ。
私は、おもちゃに恋をしていた。
しかし、理は私の終焉を加速させた。
夢を見た。
すべての黒い水が人々を飲み込む夢だった。
始まりは雨だった。
雨粒一つひとつが黒くて粘着性のある液体だった。
それが人に当たると、あらゆる感情が想起され、ある人は絶望し、発狂し、殺人鬼になり、快楽のために他人を犯し、そして死ぬ。
雨が溜まると、水たまりになりそして波ができる。
そして波は家屋を押し倒して人々を飲み込んでいった。
なんてことない人類の終焉だった。
終わりが来ることへの絶望は特段感じなかった。
しかし、彼は違った。
彼もまた未来が見えたのだろう。
なら彼がすることは決まっていた。
夢の中。
元凶となっていた、
私を殺すことだった。
それに彼なら、そうすることも予想できていた。
それは受け止めるしかないことだ。
くだらない人生だったが、未練は不思議とないものだった。
あれだけ生きなければと強迫観念にかられたものだが、心はフラットだった。
急な眠気が私を襲った。
眠ったばかりなのに。
「どうしてこんな。」
彼のつぶやきが聞こえた。
そうか。
彼は私に痛みを与えないようにゆっくりと体の機能を停止させていた。
心優しい人だ。
私は幸せだ。
そう思って、眠たい瞼を閉じようとした時だ。
あのにやけ面の男が片隅に見えた。
彼は、私ではなく悠一を見ていた。
これは既定路線だったのか。
私は、てっきり妹を殺すことが彼らの目的だと思っていた。
でも違った。
彼らの目的は、私の行動だった。
私が悠一を解放してここに連れ出すことが目的だった。
ああ、私は………失敗した。
瞼が完全に閉ざされた。
いつの日か、彼に尋ねたことがあった。
「ねえ、あなたの願いは何?」
そう聞いた時の彼の表情はたまらなく好きだ。
唐突に聞いたことで意表をつけたのかもしれない。
でも、こんなことで考えこんでいる彼も好きだ。
どうやら私はおかしくなったらしい。
一人のために、こんなくだらない質問をして。
自分で質問をして、バカらしい。
だけど、帰ってきた答えは残酷なものだった。
「僕を殺してくれること、かな。」
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