断章2

 私にはお父さんがいました。

 血のつながりはありませんでした。

 受け継ぐべき意思もありませんでした。

 

 最初に会った時に私は、お父さんを殺すつもりでした。

 それが任務だったから。

 それが生き残る手段だったから。

 それでも、お父さんは私を拾って、居場所を与えてくれました。

 お父さんは、なるべく私と一緒にいる時間を作ってくれました。

 なにより、私に寄り添ってくれました。

 

 お父さんは、私だけでなく他の人たちも満遍なく助けていました。

 どんなにつらい状況でも、どんなに絶望的な境遇でも。

 お父さんは、救いの手を差し出して引き上げていきました。

 私の誇りでした。

 私のお父さんは、みんなの英雄。

 胸を張って言える。

 自慢のお父さんでした。

 

 しかし、お父さんを救ってくれる人はいませんでした。

 あれだけ、多くの命を助けて、

 数多もの危機をはねのけて、

 自分の命を燃やしたお父さんを助けてくれませんでした。

 

 自分たちの命を優先して、今まで命を削ってきたお父さんを見殺しにしました。

 拘束され、自由を与えず、切って捨てる。

 これが今まで尽くしてくれた人にすることでしょうか。

 

 憎かった。

 あの人のおかげで助かったのに恩を仇で返す人間が。

 彼の人生における幸せを消費してまで生きるコロニー上層部が。

 そして、幼く何もできなかった自分自身が。

 

 お父さん。

 

 お父さん。

 気が付くと電車に乗っていた。

 ここまでの記憶がない。

 私は、あの女に殺されかけて―。

 その瞬間、思い出してはいけない光景が掘り起こされた。

 あそこに、いた。

 あの人が。

 私は、気が付かないうちに成功していた。

 しかし、それは残酷な未来へのスタートが切られたことでもあった。

 『もういいんだよ。』

 彼は、最後の瞬間まで私を見捨てなかった。

 だけど、私はこれから起こる結末を知っている。

 鶏が先か卵が先か。

 なんて皮肉だろうか。

 私は、彼が後悔しない人生をもう一度、と思った。

 結果として後悔のある人生をもう一度、になってしまった。

 私が原因だった。

 すべての始まり。

 それでも。

 私は―。

 電車のつなぎ目をくぐっていくと、彼がいた。

 座席もたれかかり力なく眠っていた。

 目が潰れ。

 右腕が切られ。

 左脚が無くなっていた。

 彼の周辺の床には夥しい血だまりができていた。

 私は駆け寄った。

 いつの間にか、私の体は子供時代の姿になっていた。

 そんなことはお構いなしに彼のもとに駆け寄った。

 何を話すとかどうでもよかった。

 今にも崩れ落ちそうになっている彼のもとに居たかった。

 抱き着いた時には、体は冷たかった。

 かつての温かさはどこにもなく。

 まるで死体だった。

 涙脆い涙腺がまた決壊しそうになるのを堪える。

 そんな時だ。

 冷たい腕が私を包んでくれた。

 「——ジ。」

 私の名前をかすかに呼んだあと、あやすように背中をポンポンと叩いた。

 「頑張ったな。」

 その言葉だけで胸が張り裂けそうだった。

 すでに堪えられなくなった涙は彼の胸元に吸い込まれていった。

 「はは、相変わらずの泣き虫だな。」

 しゃべるだけで、気道からヒュー、ヒューと音が鳴っていた。

 それでも、今、彼がいる。

 それだけで夢のようだった。

 そのまま、私は目を閉じた。

 いままでの疲れが来た。

 もう、目覚めない眠りかもしれない。

 それでも、最後はお父さんの胸の中で。

 「おやすみ。」

 私は、泣きつかれて深淵に落ちていった。

 冷たいながらも、抱き留める温かさに包まれて。

 



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