玲瓏のディストピア

ファーストショット

20XX年8月13日、突如異世界と現世が繋がり世界には無数のモンスターが放たれた。


人々は混乱の中逃げ惑い、血と悲鳴で溢れかえったその日は間違いなく今世紀最悪の日と言っていいだろう。


現世と異世界の融合に伴い、世界各地のあらゆる名所が地図から名を消した。日本の東京スカイツリーは超巨大な大木に置き換わり、アメリカのセントラルパークは中世ヨーロッパを彷彿とさせる都市へと変わった。

しかしこれらはほんの一例に過ぎない。


これまで大勢がモンスターの犠牲となり、世界がモンスターの巣窟となるのはもはや時間の問題だった。そこで結成されたのが対モンスター戦闘チーム【ミーティア】である。


異世界の冒険者達と世界中から集結した戦闘のスペシャリスト達で結成されたチームは、モンスターへの唯一の対抗策となっていた。


彼らの存在はいづれ世界中の憧れの的となり、現代技術と魔法を組み合わせ戦う姿は美の骨頂であった。


人々は彼らをガーディアン、救世主等様々な呼び名で敬い、ある者は今や危険に満ちた世界と、それでも尚争い続ける彼らを讃えた皮肉混じりな敬称としてこう呼んだ【玲瓏のディストピア】と──────





ここは日本、宮崎県のとある河川敷。

宮崎県は世界でも数少ない異世界からの干渉を受けていない土地である。


そこに夕日を浴びながら草地に横になる一人の女性がいた。


彼女の名は志水照葉、高校でイジメを受け不登校になり一ヶ月、時間を潰すため何の気なしに外へ出て今に至る。


親も照葉が生まれた時から実質的なネグレクトであった。行くべき場所も帰る場所も目的も夢も何も持たない彼女は、ただ呆然と沈む夕日を眺めていた。


「帰りたくないな」

掠れた声で吐き捨てるようにそう言うと、ゆっくりと瞳を閉じ、眠りについた────


「……おい…きろ!」

照葉を呼ぶような声がするも、照葉は同級生が冷やかしに来たんだろうと聴き過ごすことにした。しかし、どこか様子がおかしい。

「起きろ! そこに居たら危ない!」


全く聞き覚えのない声に飛び起きた照葉が状況を理解するのにそう時間はかからなかった。


「ドラ…ゴン…?」

照葉の目の前には真紅の鱗を纏ったドラゴンが、燃える夕日を背にこちらを睨みつけていた。



現れた一人の冒険者は剣を持って飛びかかり、もう一人は詠唱を始め、恐怖で腰が抜け動けない照葉をミーティア本部から派遣されていたであろう兵士が引き摺りドラゴンから距離を取ろうとする。


その時だ、ドラゴンが吐いた炎がこちらを目掛けて猛スピードで飛んできた。


照葉は死を悟りギュッと目を閉じる───

しかしいくら待っても熱さも何も感じない。


ゆっくりと目をあけた照葉の前には、青い光を放つ盾が展開されていた。


「やれやれ、向こう側から干渉されてない安全で最高の場所だって話でしょ? なんでAクラスのレッドドラゴンがいるんだよシーカー!」


照葉は自身の前で怒鳴っている存在を見て目を疑った。

「Sクラスガーディアン…ジョーカー」


ガーディアンとは、ミーティアに所属する戦闘員を意味し、SABCDの5段階で戦闘能力が評価される。【ジョーカー】と呼ばれる彼女は、ミーティアでもトップクラスの実力者である。


「そもそも旅行目的で来た訳じゃない。浮かれるなジョーカー」

そう言って現れたのは、全身黒の装備に身を包んだ男、腰のホルスターにはS&W M29が収められている。


彼もSクラスガーディアン【シーカー】

しかしミーティアに所属しておらず、厳密に言えばガーディアンではなくフリーランスに近い存在であり、俊敏さと射撃精度はSクラスの中でも随一だ。


「そこの君、名前は?」

「て、照葉です!」

ジョーカーからの突然の質問に照葉はやたら大きい声で答えた。

(どうしよう、私ジョーカーと話してる…!)

冷静を装おうとする照葉も、心の中は人生最大の盛り上がり様である。


「オーケイ照葉、危ないから下がってて! 危険な目に合わせたお詫びに後でご飯奢ったげるよ!」


(ジョーカーと夕食だとおぉぉぉ?!)

照葉は興奮のあまり口角が上がりっぱなしである。


するとドラゴンが空へと舞い上がり、再び炎攻撃の準備を始めた。


それを見たシーカーはホルスターから素早くM29を取り出し、ドラゴンの両翼の関節を撃ち抜いた。


「ギャアァァァァァアオッッ」

ドラゴンはバランスを失い土煙をあげながら地面へ落ちる。

「所詮はAクラス…か」


立ち上がったドラゴンの胸部に立て続けに四発撃ち込み、シーカーはシリンダーの薬莢を落とし1発ずつ弾を込める。地面に落ちる空薬莢の音はまるでベルが鳴る音のように照葉の耳に心地よく響いた。


しかし、仕留めたかのように思われたドラゴンは再び起き上がる。

更に驚くべきは、急所に6発打ち込んだドラゴンは先程より凶暴性を増していることだ。


「いいねぇ、ボクも見せ場が欲しかったとこさ!」

ジョーカーは青く光る球体をドラゴンに向けて投げ、ピストルで球体に向けて発砲する。見事に命中し、青い球体は閃光と共に爆発した。


眩い閃光でドラゴンは怯み、大人しくなったドラゴンの眼に二発発砲、目を潰されたドラゴンは再び暴れ出した。


その時だ、照葉はドラゴンの背中に赤く発光するクリスタルの様なものを発見した。


「きっとあれだ!」

照葉は立ち上がり強引にそばにいた兵士のホルスターからピストルを奪い、走り出した。


「シーカーさん! 私に背を向けるようにドラゴンを誘導して! ジョーカーさんはドラゴンを拘束して!」


二人は少し困惑した後、大きく頷いた。

「シーカー、あの子…」

「ああ、かもな」


シーカーはドラゴンの腹部に弾を撃ち込み続け誘導する。ジョーカーは腕に装着していたディスクをドラゴンに向けて投げ、ディスクから出た電気がドラゴンの行動の自由を奪った。


「照葉! 行けそうかい?」

照葉はシーカー達が誘導していた間に堤防の上まで移動していた。


「バッチリです。ジョーカーさん」

深呼吸の後、スライドを引きチャンバーに弾がある事を確認し、クリスタルに狙いを定める。


今だと合図するように追い風が照葉の頬を撫でながら吹き去っていく、照葉は意を決し引き金を引いた。


弾丸はクリスタルに見事命中し、ドラゴンは魂が抜けたように地面に横たわった。


しばらくしてドラゴンの死体が回収された後、堤防に座り込む照葉の肩をポンと叩いたのはジョーカーだ。

「ねえねえ君さ、どこで銃の使い方なんか学んだんだい?」

前のめりになって興味深々に聞いてくるジョーカーを抑えるように彼女の襟をシーカーが引っ張った。


「照葉が困ってるじゃないか、飯食いながらゆっくり話せよ」

「あ、そうだご飯! ボクもお腹ペコペコだよ!」

「私もです! いや、まさか憧れの二人とお食事ができるなんて」

「照葉はさ〜、ご飯食べて帰る〜って家の人に連絡しなくて大丈夫なの〜?」


ジョーカーの質問に俯き、しばらくして照葉は口を開いた。

「あの人達は、親という存在とは程遠いので」


少しの沈黙の後、最初に口を開いたのはシーカーだった。


「なら、俺達のところへ来ればいい」

ジョーカーは驚いて彼の両肩を掴み揺さぶりながら言う。

「ちょっと! 自分が何を言ってるか分かってるの?!」


シーカーは続けて

「あの射撃精度だ、飛び級でBクラスに昇格できるさ。最後に決めるのは彼女だ」

「でも…」

「どうする照葉? 檻の中で生きるか、自由の中で死ぬか」


照葉は最初から決めていたように即答した。

「私は…もちろん自由を選ぶ。だけど一つだけ」

「…?」

シーカーは首を傾げ照葉を見つめる


「私は、自由の中で生き残るガーディアンになる」


ジョーカーは眉を八の字にして笑い、シーカーは静かに頷いた。



「さぁさ! お疲れ様会の筈が照葉の入団記念会になっちゃった! ご飯はどこで食べる?」

「あ、私おいしい中華料理屋さん知ってます!」

「おっ! 中華料理いいねぇ! あ、照葉のコードネームも考えないとだ!」

「それは入団後に決めろ」

「ええ、考えるくらいいいじゃんシーカーのケチ〜」




今この時、照葉の第二の人生が始まった。

しかし、彼女の存在が後に二つの世界に良くも悪くも大きな変化をもたらすなど、まだ誰も知らない─────

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