復讐・前編

 イヴァーノは改めてセラフィーナやトゥルシ侯爵家に何があったのかを調べた。


 まず、セラフィーナの父でトゥルシ侯爵家当主のアブラーモは、トゥルシ城で働くメイドのボーナと長い間関係を持っていた。ボーナは困窮した子爵家の出である。

 ルーチェがセラフィーナを生んだすぐ後に、ボーナの妊娠が発覚した。もちろんアブラーモとの子供である。

 通常女性使用人が仕えている家の主人などの子を身籠った場合、追い出されてしまう。しかし、ルーチェは身籠ったボーナを追い出すのは酷だと思い、トゥルシ城の敷地内にある離れに住まわせた。そしてレアンドロやセラフィーナを混乱させない為にも、ボーナと生まれたフルヴィアをトゥルシ城内部への出入りは禁止していた。


 そしてセラフィーナが十二歳になった年。ルーチェは病で亡くなった。前の年に起こった豪雨による土砂災害の復興に尽力していたが、無理が祟ったそうだ。

 ルーチェが亡くなると、アブラーモはすぐさまボーナを後妻として迎え入れた。それにより、ボーナとフルヴィアはトゥルシ城で暮らすようになった。

 もしレアンドロがナルフェック王国に留学に行っていなければ、彼がそれを反対して止めていてくれたであろう。


 ボーナとフルヴィアは、長年離れ暮らしを強要されていたことへの恨みや怒りを全てセラフィーナにぶつけていた。

 フルヴィアは手始めに、セラフィーナの持っているドレスやアクセサリーを奪っていった。ボーナも「フルヴィアの義姉あねなのだから、全部フルヴィアに譲って当然でしょう」と言い放ったそうだ。

 そしてセラフィーナは目の前でルーチェの形見を焼かれたり壊されたりしていた。

 更にはボーナやフルヴィア、そして実の父アブラーモからも何かと言い掛かりをつけられては食事を抜かれたり体罰などを受けていた。

 セラフィーナが苦しむ傍らで、アブラーモ、ボーナ、フルヴィアの三人は贅沢三昧な暮らしをしていた。アブラーモに至っては贅沢のし過ぎにより太り、心疾患になり心臓の薬や血圧を下げる薬を服用するようになっていた。


 最初の頃は使用人達もセラフィーナを守っていたが、彼女を守る使用人達はことごとく解雇されてしまった。そして新たに雇った使用人達は全員ボーナやフルヴィアの味方であり、セラフィーナを虐げていた。

 そしてついにセラフィーナは手入れのされていない離れへと追いやられてしまうのである。

 そこからはイヴァーノが見た通りである。

 アブラーモ、ボーナ、フルヴィアから虐げられ、見窄らしくなりヴァスコからも虐げられるセラフィーナであった。


(よくもセラフィーナをこんな目に遭わせてくれたな……。セラフィーナを虐げる奴らは全員許さない……! 地獄の底へ突き落としてもまだ足りないくらいだ……!)

 イヴァーノはグシャリと報告書を握り潰した。

(セラフィーナは僕が必ず幸せにする……)

 イヴァーノはニヤリと口角を吊り上げた。






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 ある日、ヴァスコはまだフルヴィアを婚約者に出来ないことに文句を言っていた。

「全く。父上も母上も分かっていない。俺と結婚するべきなのはフルヴィアだというのに。あの見窄らしいセラフィーナが俺の妻などあり得ない」

 ヴァスコは不満のあまり、使用人が掃除の為に置いていたバケツを蹴り飛ばす。するとバケツに水が入っていたようで、ヴァスコの服が濡れてしまう。

「おい! 俺の服が濡れたぞ! 今すぐ着替えを持って来い!」

 使用人に横柄に命令するヴァスコ。

「は、はい。ただいまお持ちいたします!」

 近くにいた使用人は慌ててその場を立ち去る。

「全く……。どいつもこいつも……!」

 ヴァスコの怒りはまだ収まらないようだ。

「兄上、何やら荒れておりますね」

 イヴァーノがそう声を掛ける。彼は涼しい顔をしていた。

「イヴァーノか……」

 ヴァスコは不機嫌な様子を隠そうともしない。

「もしかして、フルヴィア嬢のことですか?」

 穏やかに微笑むイヴァーノ。

「ああ、そうだ。どいつもこいつも何も分かっちゃいない。可憐で可愛いフルヴィアこそ次期ボルジア公爵夫人に相応しいというのに。セラフィーナの奴も、醜い癖に次期公爵夫人の座をフルヴィアに譲らない恥知らずだ。イヴァーノも分かるだろう? 俺の隣にはフルヴィアが相応しいと」

 自信ありげなヴァスコだ。

 イヴァーノは紳士の笑みを浮かべる。

「確かにそうですね。兄上にはそのフルヴィア嬢がお似合いでしょう」

「おお、イヴァーノもそう思うか! お前はやっぱり優秀だな」

 ヴァスコはイヴァーノの言葉に気を良くする。

「そうだ兄上、折角なのですからそのフルヴィア嬢と一緒に、今話題になっているレッチェ伯爵領にある景勝地に出かけてはいかがです? レッチェ伯爵領はトゥルシ侯爵領を挟みますので、フルヴィア嬢を迎えに行けますし、何より女性はそういう話題スポットに目がないそうですよ。一週間後なら父上も母上も不在なので、文句を言われずに行けるでしょう。フルヴィア嬢もきっと喜ぶのでは?」

「イヴァーノ、お前は天才だな! 早速フルヴィアに誘いの手紙を出すぞ! あ、でもボルジア公爵家の馬車は父上と母上が使うみたいだな……。馬車をどうするか……」

「僕が辻馬車を用意しましょう。優秀な御者の手配もお任せください、兄上」

「おお! 流石はイヴァーノだ。俺がボルジア公爵家を継いだ時も色々と頼むぞ!」

 一気に上機嫌になるヴァスコはそのままフルヴィアに手紙を書く為に自室へ行くのであった。

 イヴァーノはその後ろ姿をじっと見ていた。ペリドットの目からは光が消え、絶対零度よりも底冷えするような視線をヴァスコに送っている。

(愚鈍で屑な下等生物兄上には性悪女な下等生物フルヴィアがお似合いだ。一週間後は二人揃って仲良く……)

 イヴァーノはニヤリと口角を吊り上げた。


 醜い蛾が二匹、巧妙に張り巡らされた蜘蛛の巣にかかろうとしていた。






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 そして一週間後。

「流石は俺の弟だな、イヴァーノ。これからも俺のサポートを頼むぞ」

 ヴァスコは上機嫌でイヴァーノが用意した辻馬車に乗り込み出発した。

 イヴァーノは走り出した馬車を後ろからずっと見ている。

(兄上はいずれボルジア公爵家を継いでフルヴィアと結婚して僕を一生こき使う未来を見ているのだろうけれど……そんな未来は永遠に訪れない)

 イヴァーノはククッと笑った。

 ペリドットの目は絶対零度のように冷たく、光が灯っていなかった。



 その日、ヴァスコとフルヴィアが乗っていた辻馬車がレッチェ伯爵領の崖から転落した。ヴァスコとフルヴィア、そして馬車の御者は即死であった。幸い、馬を繋ぐ綱が切れていたので馬だけは助かっていた。



 突然の訃報に、ボルジア公爵家もトゥルシ侯爵家も混乱と悲しみに染まる。

 ヴァスコの葬儀の際、イヴァーノは終始俯いて手で顔を覆い肩を震わせていた。

「イヴァーノ様は亡くなられた兄君であられるヴァスコ様のことをそこまで慕っていたのか……」

「仲がよろしかったのでございますわね……」

 肩を震わせるイヴァーノの姿を見た弔問客は口々にそう言った。

「イヴァーノ、お前も本当にヴァスコのことを思っていたのだな。……これからはお前がボルジア公爵家の次期当主としてやっていかねばならないが……今は悲しもう」

「イヴァーノ、これから大変かもしれないけれど……今だけは……」

 父レミージョと母ジョルジーナは涙を流し、イヴァーノに寄り添っていた。

「はい、父上、母上……」

 イヴァーノは顔を上げることなくそう答えた。その声は震えていた。






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 ヴァスコの葬儀が終わり落ち着いた頃、イヴァーノはボルジア城の自室に戻った。

「本当に予想通りことが運んでくれた……! 下等生物共兄上とフルヴィアが死んだ……!」

 イヴァーノは声を殺し、肩を震わせて笑い転げていた。


 ヴァスコとフルヴィアが巻き込まれた事故は、イヴァーノが仕組んだことであった。

 あらかじめレッチェ伯爵領の崖から転落するように辻馬車に細工をしていた。

 そして巻き込まれた御者は巷で婦女暴行を働いている犯罪者である。

(無実の人を亡き者にしたら、きっとセラフィーナは悲しむ。でも、どうしようもない犯罪者なら巻き込んで死に追いやってもいいだろう)

 イヴァーノはニヤリと口角を吊り上げた。

 それから、罪のない馬を巻き込まない為にも、レッチェ伯爵領の崖に差し掛かったところで綱が切れるように細工をしていた。それが上手くいったようだ。

 無事に馬だけが助かり、ヴァスコ、フルヴィア、御者は見事に崖の下に転落して即死。

 イヴァーノの計画通りであった。


(本当は下等生物の脳内を覗く為に生きたまま頭や体を解剖したかったのだけど、それだと証拠を隠すための処理が面倒だったんだよね……)

 イヴァーノはそこだけは不満であった。

もすぐにしてあげるよ。だからセラフィーナ、待っててね」

 イヴァーノは恍惚とした表情であった。

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