あたしが利己的な聖女だということを、あなただけが知っている

uribou

第1話

 すべからく聖女は世の人々に慈悲を恵むべし。

 あたしの大嫌いな言葉だ。


 教会の休日学校で修道女が話してくれる聖女のエピソードなんか聞きたくもない。


「……かくして聖女様は愛を教え、王子様の婚約者となったのです」

「わあ、すてき!」

「ぼくもせいじょさまになりたい!」

「おとこのこはせいじょさまにはなれないのよ?」


 愚民め。

 何が面白いのだ。

 司祭様が話しかけてくる。


「おや、キリコは聖女様の話に興味はないのかい?」

「いえ、既に存じている話ですので」

「ああ、そうだったか。キリコは九歳なのに頭がいいねえ」


 頭がいいと褒められると嬉しくなってしまうのは、あたしがまだまだ子供だからか。

 しかしあたしがもう知ってる話だというのはウソではない。

 というかあたしは誰よりも聖女について詳しいと思う。

 何故ならあたしは聖女だから。


 頭のおかしい子扱いするな。

 聖女だという証拠に、あたしは治癒も浄化も行える。


 あたしが自分の治癒の力に気付いたのは、ものすごい勢いですっ転んで血がダラダラ流れた三年前だ。

 あの時はあたしも若かった。

 サルみたいに同年代の子達と追いかけっこするだけで楽しかったのだ。


 転んで痛くて血がたくさん出るのに気が動転した。

 何となく手を当てて治れ治れと念じたら傷が塞がっていくのがわかって、さらに動転した。

 何となくこれはバレちゃいけない力だと察したのは褒めてやりたい。

 痛みが出ない程度にまで治して、あとは自然に任せたのだ。


 この時からだ。

 読み書きを一生懸命習うことにしたのは。

 この力は何だ?

 他人に聞くわけにはいかないと思った。

 ならば本から知識を吸収すればいい。


 『聖女』の加護の力なんじゃね? と気付くのにそう時間はかからなかった。

 何しろ聖女の話は教会に行くたびに聞くから。

 あたし聖女なのかあ。

 にへらとしたのは最初だけだった。


 聖女って国のために働かないといけない立場じゃん。

 そんなのごめんだ。

 あたしは自己犠牲の精神とは無縁なのだ。

 自分勝手に生きたい。


 聖女とは要するに『聖女』の加護を受けた者のこと。

 そして加護というのは一〇歳の洗礼式で判明し発現する、神様の恩恵である力のこと。

 加護は数十人に一人の割合でもらえるらしいけど、ほとんどはあんまり役に立たない能力みたい。

 絶対音感を持つとか流れ星を見やすいとか犬と相性がいいとか?

 『聖女』ほどの超絶加護は歴史上一人しか知られていないので、その持ち主は伝説になっちゃってたりする。


 当然自分が聖女と知れれば調べるわけだ。

 『聖女』の加護とはどんなものかと。

 教会には本が多く、特に聖女関係のものは充実している。

 頼めば勉強熱心だと読ませてくれるのだ。

 あたしは商家の娘だから、平民にしては裕福な方だと思う。

 けど、高い本を自由に読ませてくれるのはありがたい。


 何々? 聖女は回復や治癒、浄化をはじめ、あらゆる魔法を使いこなせる素質のある女性だって。

 へえ、回復や浄化だけじゃなくて、あらゆる魔法が使えるのか。

 魔法の理論も本で勉強しよっと。

 低年齢の内から魔法を使っていると、魔力の伸びも大きいらしいし。


 この頃から一人で行動するようになった。

 本を読み、誰にも見せないように魔法の練習をするために。

 どうして誰にも見せないのかって?

 国が聖女を探していて、見つかったら強制労働だというのを知ったからだよ。

 そんなのは真っ平ごめんだ。


 大ケガしてこれは自力で治せるって気付いた時、この力は誰にも見せない方がいいなって思ったのはただのカンだった。

 あたし冴えてた。

 問題は洗礼式で加護を調べる魔道具を使われると、あたしが『聖女』持ちであることがバレてしまうことだ。

 しかしこれも解決法を見出している。


 あたしのように洗礼式前に自分の加護に気付き、使いこなす者のことを覚醒者って言うんだって。

 今のあたしくらい魔力を自在に操れれば、魔道具を誤魔化すことができるはず。

 でもぶっつけ本番だからドキドキするなあ。

 さて、洗礼式は間近だ。

 どうなることやら。


          ◇


 ――――――――――五年後。ハンター子爵家令息ジェームズ視点。


「……ってわけで、運命の年に聖女は見つからなかったのさ」


 学院魔道クラブでの雑談だ。

 宮廷魔道士の伝手がある友人から、五年前に見出されるはずだった『聖女』の加護の持ち主のことを聞いた。


「聖女が見出されるっていう預言自体が眉唾なんじゃねえか?」


 俺もそう思う。

 根拠がないもんな。


「まあそう考える向きが今では優勢だね。でもその預言が信じられていた背景には魔王の存在がある」

 

 魔王、それは人類の敵とされている。

 聖女によって撃ち破られたという伝承はあまりにも有名だ。

 ……どこまで本当かは知らないけど。


「実は、魔王と思われる邪悪な波動はかなり以前からキャッチされていたんだそうな」

「マジかよ? 初耳だぞ」

「魔王に関する情報は統制されていたからさ」

「何故お前がそんなこと知ってる?」

「つい先日、情報が解禁されたから」


 ええ?

 どういうことかわからない。


「魔王の状態を把握するのは、宮廷魔道士の重大な職務の一つだったんだってさ。魔王が本当にいるのなら、聖女の預言も本当だろうって思われてて」

「魔王についての情報収集が宮廷魔道士の仕事だって言われりゃ、納得はできるな」

「何より重要だろう」

「待て、魔王に関する情報統制が解除されたのは何故だ?」


 魔王が伝承上の存在じゃなく、本当にいるらしいなんて知られたらパニックになる。

 情報を流す理由がないじゃないか。


「魔王は消滅したらしいんだ」

「「「「は?」」」」


 魔王が消滅?

 何それ、どゆこと?


「一年ほど前から全く魔王と思われる波動が感知できなくなってるんだって。ほら、すごい雷の日があったろう?」

「ああ、覚えてる覚えてる」

「あれが魔王の断末魔の放出魔力らしい」


 何と。

 では魔王の脅威は最早なくなったのか。

 この怪しげな話が本当ならば、だが。


「自分の気配を感じさせない技を身に付けるほど、魔王が成長したということではないんだな?」

「ないと考えられている。数年前から段階的に魔王の波動が弱まっていることは知られていたんだって。抑えているじゃなくて弱まっているというところがポイントな? それに気配を消すつもりなら、断末魔的に巨大な魔力を放出する意味がないだろう?」


 もっともな理由だ。

 復活のために溜め込んだ貴重な魔力だろうに。


「で、一年間まるで魔王らしき波動がないから、この件についての情報統制が解除されたってことね」

「ホラ話にしてはよくできてるなあ」

「ええ? ホラじゃないってば!」


 しかし証拠もない。

 根拠のない噂としていずれ忘れられてしまうだろうから、当局も情報統制する意味がなくなった、のかもしれない。

 全てが冗談なのかもしれない。


「で、君のホラ話では、何故魔王が消滅したんだい?」

「たまたま魔王の核にとって環境が悪くなったという説が有力だね。あるいは部下に裏切られたとか」

「部下がいるのであっても、裏切られない何らかの契約はあったはずだろう?」

「架空の話だから何とも言えないね。もう一つ、聖女に浄化されたんじゃないかとも言われている」


 聖女は出現しなかったんだろう?


「何らかの理由で聖女が隠されているんじゃないかって説だよ」

「ええ? 何らかの理由って何だよ?」

「平民だったら隠しようがないから、貴族ならばってことか? だったら王家に嫁がせるために大々的にアピールするだろ」


 その通りだ。

 聖女であることを隠す理由がない。

 平民だったら教会から自動的に報告されるはず。

 僕も加護持ちだからわかるが、洗礼式を経なければ加護は発現しないものだ。

 洗礼式を受けない流民や浮浪児が『聖女』の加護持ちである可能性があり得ても、そもそも聖女の力が発現しないから意味がない。


 ……いや、伝承上の聖女はどうだったんだ?

 当時は洗礼式なんかなかったはずだな。


「まあ、魔王消滅の理由はわからないってことさ」

「胡散臭い話がさらに胡散臭くなったと覚えておくよ」

「あっ、ひどいなー」


 アハハと笑い合う。

 無責任な噂話だ、とその時は思っていたんだ。

 キリコ・イートンという商家の娘と婚約を前提とした顔合わせを行うのは、そのすぐ後のことだった。


          ◇


 ――――――――――キリコ視点。


「キリコ嬢、君聖女だろう?」

「ぐほっ!」


 お茶が変なとこ入った。

 あとお若い者同士でと二人きりになった途端、ジェームズ様が核心を突いたようなことを言うからだ。


 ジェームズ様はハンター子爵家の三男。

 あたしの婿としてうちのイートン商会に入ってくれる方を探していた時に紹介された方だ。

 とってもハンサムであたし好みです、はい。


「可愛いねとおだてられたことはありますが、聖女と言われたことは初めてです。ありがとうございます」

「キリコ嬢が可愛らしいのとは別の話でさ。僕は『相見』の加護持ちなんだ。他人がどんな加護を持ってるかわかるという」


 げ、ジェームズ様がまさかそんな加護を持っているとは。

 いや、鎌をかけられているのかも?

 会話を引き伸ばそう。


「ジェームズ様は加護持ちなのに、商家の婿に入ってもよいというお考えなのですか?」

「加護持ちったって、役に立ったのは今日が初めてだよ」

「あの、ジェームズ様が加護持ちであることは、秘密にされていることですか?」

「いや、家の者は使用人まで含めて皆知ってるよ。わざわざ吹聴することではないから、他所の人は知らないだろうけど」


 じゃあ確認は簡単だ。

 ジェームズ様が『相見』の加護持ちであることは事実と考えていい。

 ならばあたしの対応は……。


「あたしは『聖女』の加護持ちなんですか。すごいですね。初めて知りました」

「ハハッ。いやいや、キリコ嬢の加護は既に発現しているじゃないか。仮に洗礼式で見過ごされたのだとしても、自分で気付いてないなんてことがあるものか」


 げ、そこまでわかるのか。

 『相見』の加護は魔道具より手強い。

 これはダメだ。

 誤魔化しようがない。


 ジェームズ様が真面目な顔で語りだす。


「どこから話したものか……。僕は貴族学院で魔道クラブに所属していてね」

「はい?」


 魔道クラブ?

 何の話だろう。


「聖女が現れるという預言と対になっている、魔王の存在についてだけど」


 なるほど、魔王についてか。

 そこまで調べが付いているとは。

 ジェームズ様には話しておくべきだな。


「宮廷魔道士からの情報だが、魔王の気配が途絶えたんだそうだ。キリコ嬢何か知らないかい?」

「浄化しました」

「は?」

「遠隔で浄化の術を何度か飛ばしたのです。それだけじゃ滅することはできなかったのですけれども、去年たまたま近くまで避暑に出かける機会がありまして。クルミの実に擬態していた魔王の核を発見して潰しました」

「やはり魔王が消滅したのは本当だったのか。問題はなかったのかい?」

「突然ものすごい雷雨に遭遇してずぶ濡れになりましたね」

「あはは!」


 笑い事ではない。

 あたしはあれでカゼを引いたのだ。


「魔王は先代の聖女様でも滅することができなかったんだろう?」

「各種の伝承を信ずる限り、魔王は這う這うの体で逃げ出したとありますね」

「キリコ嬢が魔王を消滅させることができたのは何故だろう?」

「おそらく昔の聖女様は、魔王の核を発見することができなかったんだと思います」

「キリコ嬢が復活前の魔王を見つけることができたのは?」

「あたしは洗礼式よりも前に『聖女』の力に覚醒していたんです」


 それで魔力の使い方をバカみたいに練習した。

 当然魔力感知だって得意だ。

 魔王の邪悪な魔力波動を辿るなんて、あたしにとってはたやすいことなのだ。


 昔の聖女様が力に目覚めたのは大人になって以降のはず。

 加護を見つける魔道具もなかった時代だから。

 子供の頃より『聖女』の力を鍛えたあたしと大人になってから開眼した聖女様では、そもそも能力の強さが違うと思う。


「洗礼式以前から覚醒……。『聖女』の力を駆使して魔道具を欺いたため、キリコ嬢が『聖女』の加護持ちだと世に知られることはなかった」

「はい、御名答です」


 もうジェームズ様には全て話し、その上で協力してもらおう。


「どうしてだい?」

「は?」

「キリコ嬢は先代の聖女様を越える力の持ち主で、魔王を滅ぼした大きな功績があるじゃないか」

「功績、と言われると面映ゆいですね」

「普通であれば、栄光と称賛に満ちた人生を歩んでいるはずじゃないか。どうして聖女であることを隠しているんだ?」


 疑問に思うのかもしれないな。

 わかってもらえるだろうか?


「もしあたしが『聖女』の加護持ちと知れると、おそらくどなたか王子殿下の妃に推されることになるんですよ」

「当然王太子アルバート殿下の妃とされるだろうな」

「昔の聖女様がどういう最期を迎えたか、御存じですか?」

「……ああ、キリコ嬢の考えが理解できた気がする」


 昔の聖女様も平民だった。

 王妃となったが死ぬまで王侯貴族の豪奢な生活に馴染めず、友達もおらず不遇だったという伝承があるのだ。


「平民が王妃なんてのは分不相応ですよ。大体アルバート殿下は婚約者が既にいらっしゃるじゃないですか。無用ないざこざの元です」

「……うん」

「うちのイートン商会だって迷惑ですよ。跡継ぎ娘が王家に取られるんじゃ。あたしだって自分のやりたいことができなくなりますし、どっちを向いてもいいことないです」

「わかった。キリコ嬢は賢者だな」


 ニコッとするジェームズ様の笑顔が眩しい。

 色々理屈を並べ立てたが、結局あたしは王家に縛られ身動きが取れなくなるのが嫌なだけなのだ。


「で、ありますので、あたしが聖女であることは内密に願います」

「了解だ。ところでキリコ嬢がやりたいことというのは何だろう?」

「大儲けしたいですね。国一番の商人になって、男爵に叙爵されるのが夢です」

「ハハッ、王妃を捨てて目指すのが男爵か」


 やらされる王妃と自分で勝ち取る男爵は違う。

 あたしは後者に価値を認める人間だ。


「魔王を滅ぼしたのだって、あたしの商売を邪魔されるのが嫌だからです」

「すごく格好いいセリフだね。気に入ったよ」

「ありがとうございます」

「僕はぜひともキリコ嬢の夫としてイートン商会入りしたいと思うが、キリコ嬢はどうかな?」

「はい、よろしくお願いいたします」


 ジェームズ様に全てを話した時点で、あたしの気持ちは決まっていた。

 ジェームズ様がいい方であることに間違いはない。

 聖女のカンだ。


「では、あとは親に任せるとしようか」


          ◇


 ――――――――――後日談。


 貴族学院卒業を待って、ジェームズはキリコに婿入りした。

 愛情と互いの家の思惑だけでなく、一種の共犯者意識で結ばれた二人は、幸いなことにとても仲が良かった。

 イートン商会の躍進が始まる。


 元々は商業に弱いハンター子爵家と貴族層に食い込みたいイートン商会の、思惑が合致したための婚姻だった。

 しかしジェームズの加護を利用した人材スカウト、イートン商会を訪れると何故か体の調子がいいという評判、ジェームズの人脈とキリコのほぼ無尽蔵の魔力を基にした魔道具開発が追い風になった。

 商会の成長は王国の発展を後押しし、イートン家は念願の男爵に叙爵された。


 一方私生活で、ジェームズとキリコは五人の子供達に恵まれた。

 資産も勢いもあり、また王家の覚えもめでたいイートン男爵家の子女への婚約の申し込みは多かった。


 五〇年後、ジェームズが病に倒れて息を引き取った

 ジェームズの最後の言葉は『僕だけの聖女』だったと伝えられる。

 その一年後、後を追うようにキリコも亡くなった。


 キリコは生前孫娘に、どんな人を夫にするのがいいかと聞かれたことがある。

 キリコは一言『誠実な人』とだけ答えた。

 その言葉に込められた深い意味を、孫娘が理解することはなかったろうが。


 遺言通りキリコはジェームズと同じ墓に葬られた。

 二人の魂は今も仲良く寄り添い、イートン商会を見守っている。

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