第28話 TS転生おじさん、笑う。
「私って、女性としての魅力に乏しいのでしょうか?」
「そんな恰好で言われてもなあ」
平日昼間。私は虎のパトリオットさんとともに、茹でた栗の殻を剥いていた。言われて気付くが、今の私は分厚い伊達眼鏡にオーバーオール、髪を結っただけといういつもの野暮ったい格好だ。
「あいつと上手くいってねえのか?」
「いえ。ただ、なんだか小学生のような健全なお付き合いが始まったことに驚いてしまって。キスどころか、手も繋いでくれないんですよ?」
「ああ、そういう。まあ、しょうがねえんじゃねえか? あいつは変なところでうぶというか、純情だからなあ」
「童貞ではないんですよね?」
「どっ!? ヌエちゃん、さすがにそれはおじさん何も言えんぜ」
「あ、すみません」
今の私は13歳の乙女なのだから、発言には気を付けないと。工房の男性陣はともかく、マンダリンお嬢様やクレレさんのような女性陣の前でウッカリ失言をしてしまうわけにはいかない。
「おうお前ら、精が出るな!」
「お疲れ様です、親方」
「なんだよ、なんか用か?」
「いや別に? ただ、手が空いたから儂も手伝ってやろうと思ってな!」
私たちがお喋りしながら栗の殻を剥いていると、親方が腕まくりをしながらやってきた。
「おいパトリオット。お前さんは作業場に戻っていいぞ。後は儂が変わってやろう」
「いや結構だ。それよりお前さんの方こそ作業場に顔を出してやったらどうだ? お前さんに指導してもらいてえ奴らがごまんとお待ちかねだろうよ」
「うるせえ。親方の指図が聞けねえってのか? お?」
「はいはい。ガキかてめえは!」
パトリオットさんが苦笑いしながら、綺麗に手を洗って厨房を出て行く。まるで小学生男児みたいな親方の言動に、私も笑ってしまった。
「おい、何がおかしい」
「おふたりとも、仲がいいんだなと思いまして」
「まあな。んで? どうやるんだ?」
「こうやって、爪で割るんですよ。爪の方が割れないように注意しながら実を取り出して、こちらのボウルに入れてください」
「分かった」
平和だ。親方とふたり、並んで椅子に座りながら、栗の殻を剥いていく。
「こうか?」
「はい。お上手ですよ」
「まあな。職人なんざ手先が器用じゃねえとやってらんねえからよ」
「剥いた栗は栗ご飯にしますから」
「そいつは楽しみだ」
居心地のよい時間だった。何をするでもなく、ただ一緒にいるだけで嬉しくなる。恋をするのは久しぶりで、亡くなった妻のことを思い出した。
あの頃、私は働き盛りで。家族のために頑張って出世すれば、収入が増えて妻や娘にいい暮らしをさせてやれるだろうと無我夢中になっていた。そのせいで、家族ですごす時間が減ってしまったことにも気付かずに。
もっともっと、一緒にすごせばよかった。休日出勤や接待ゴルフばかりでなく、家族でどこかに出かければよかった。そんな後悔ばかりが胸を占めて、自分を責め続けていた時期もある。
人生とは実に不思議なものだ。妻を交通事故で亡くし、自分も交通事故で死んでしまった私は、なんの因果か少女に生まれ変わって全く別の人生を歩み始めた。誰に話しても、きっと信じてはもらえないだろう。
「ねえ親方」
「ん?」
「手とか、繋いでみましょうか」
「ブッ!?」
勢い余って、栗を粉砕してしまった親方は、真っ赤になりながら私の顔を見つめる。
「いきなり何言ってんだ!」
「いいじゃないですか、手ぐらい。嫌ですか?」
「……勝手にしろい!」
「それじゃあ、勝手にしますよ」
私たちは、テーブルの下で手を繋いだ。意味もなく。何をやっているんだ、と思われるかもしれない。でも、繋ぎたくなったのだ、手を。
ドワーフらしい大きな手だ。職人のゴツゴツした手。繊細な作業を得意とする、楽器職人の手だった。そんな武骨な手が、私の小さな白い手を、恐る恐る握り締める。少し手汗をかいていた。
「いつまでこうしてるんだ?」
「さあ。いつまでこうしていましょうか」
いつまででもこうしていられたらいいのに。焦る必要はない。私たちにはまだまだ時間があるのだから。生まれ変わったこの世界で、今度は女の子として初めて好きになった人と、どんな人生を歩んでいこうか。それを考えるだけで、ドキドキワクワクしてしまう。
「おい!?」
笑いながら、私は親方の頬にキスをした。
楽器工房の看板娘~乙女ゲームの主人公に転生したおじさんvs悪役令嬢に転生したおじさんの娘vs世界一の楽器職人~ 神通力 @zin2riki
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