生徒会室から性癖丸出しのノートが見つかった件

しぎ

この生徒会に変態がいる


「姉貴、資料置いとくぜ」


 俺はそう言って、書類がたくさん挟まった青色のファイルを数冊持ってきて机にドサッと置く。あくびをしながらめんどくさそうに姉貴は一番上のファイルをのぞき見て、少しずつペンを動かし始めた。


 ……それが次のファイルに移った瞬間、ふっと止まる。



「ん? なんだこれ」


 姉貴はファイルの山の中に紛れ込んでいた一冊のノートを取り出し俺たちに見せる。


 俺が普段使ってるのと同じ、百均でも買えるようなノート。


 しかし姉貴が見せた表紙には、ボールペンの細い字でこう書かれていた。



『ネタ帳⑨  ももふと☆ぱい太郎』



 ――高校の生徒会室という場所には、最も不釣り合いな物が見つかった。



 ***



「……うわ……これなんの絵?」

「何って……そりゃああれしかないだろ」

「いやでもさ、こんな身体の女性いるわけないじゃん。逆に気味悪くならないの?」


 姉貴の言葉に、後ろから覗き込んでた俺含め男子たちの言葉が止まる。


「それはその……会長、どうです?」

「……まあ、こういうのが好きな男もいるだろう。竹内、どうだ」

「なんでこっちに振るんですか。まあ自分はこういう類のは読みませんが」


 二年生の竹内先輩が銀縁の眼鏡をくいっと上げて平然と答えようとするが、空いている左手がズボンのポケットに突っ込まれているところを見ると股間のむず痒みを抑えきれないのだろう。かくいう俺もちょっと危ない。



 無理もない。姉貴が開いたこのネタ帳という名の謎ノートに描き込まれていたのは……俗に言うエロ漫画だった。


 しかも相当に過激なやつだ。喘ぎ声を上げながら全裸で身体を揺らしている女も、その女の身体に抱きついてる男も共に高校生らしいが、どう考えても女の身体が高校生なんてものじゃない。


 片方だけで顔の倍以上はありそうな巨大なおっぱい。こんなんじゃ制服着れないだろ。

 それでいて身体は細く、頭身は高い。おそらく9頭身はあるはずだ。

 そしてスポーツ選手かと見間違うばかりの太もも。多分そのまま凶器として使える。


 ……俺だって高校一年生男子だから、まあ、直球にエロ漫画とは言わなくとも、そういう色気の強いものも見たことはある。けどそこで見たものとはレベルが違うイラストが、ノートにはたっぷりと描き込まれていた。




 ……やべえな。トイレ行きたくなってきたが、今そんなことしたら敗北を認めたようなものだ。


「全く、圭ももう高校生だし仕方ないとは思うが、こんなのが好みなのか。我が弟ながらおかしなやつだ」


「なんで俺なんだよ」

「だって、圭が持ってきたやつだろう、この書類」


 姉貴は机の上のファイルをポンポンと叩く。

「そうだけど、俺は知らねえって。元々紛れてたんじゃねえの」


 俺は、ファイルを持ってきた棚を指差す。

「見たろ、俺があそこから持ってって姉貴のところに置いたの。会長も見てましたよね?」

「……そうだな。圭君に不審な動きは無かった。きっと、昨日以前からあの中に混ざってしまっていたのだろう」


 生徒会長の大石先輩が助け舟を出してくれる。相変わらず妬みたくなるぐらいのイケメンだが、彼ほど学校の中で信頼されている人間もまたいない。

「しかしとはいえ、あの棚に触れる機会があるのは生徒会のメンバーぐらいだ。つまり、このノートの関係者は生徒会のメンバーで間違いない」

 大石会長は俺らを見渡す。


 今生徒会室にいるのは、圭君こと俺、副会長である姉貴、大石会長、二年生の竹内先輩、俺と同じ一年生の灰崎さん。生徒会メンバーはもう一人、二年生の緑川先輩という女子がいるけど、インフルエンザでここ一週間学校に来ていない。

 ここまで俺らの会話に混ざらず静かにしている灰崎さんは隣のクラスで、黒髪セミロングの物静かな女子。仕事を淡々とこなす真面目な子で、姉貴は随分とお気に入りの後輩のようだ。


 しかしあんなノート、生徒会として見なかったことにはできない。

 そして女子である姉貴と灰崎さんは容疑者から外して、男子メンバー3人が怪しい。だって大石会長が言った通り、生徒会室に入り、ましてや書類に触れられるのは生徒会メンバーだけだから。



「しかし、圭とは限らないにせよ、この生徒会にもとんだド変態がいたものだな。しかもあろうことかこんな絵で欲望を発散しようとするとは」


 姉貴の鋭い言葉が突き刺さる。俺は関係ないのに、なぜか一緒になって責められている気がする。

 大石会長か、竹内先輩か、どっちかわからないけど早く自白していただきたい。


「全くだ。これを自分で描いたのか、それとも他人に描いてもらったのか……」

「誰かに描いてもらったのでは?」

 怪訝な顔をする大石会長に、竹内先輩が返答する。


「だって、自分も会長も圭君も、こんなに絵描かないでしょう。それに自分で描いたのなら、わざわざ学校に持ってくる意味がありません。学校で誰かから受け取ったとか……?」


「いや待て。大石、お前確か美術5だったよな?」

 姉貴が会長に向ける視線が冷たい。


「おいおい、それで疑うのはおかしいだろ。美術5でこれが描けるのなら、今頃漫画家が大量発生だ」

「なるほど確かに。それに、だとしたら圭は自動的に容疑者から外れてしまう」

 悪かったな、俺の絵心がマイナスで。


「なら、これを描けそうな人物を考えて、その人物と接点がありそうな人が怪しい、というのはどうですかね? ここまで漫画を描くスキルがある男子となると、それだけでもかなり絞られると思うのですが」

 竹内先輩が(相変わらず左手をズボンのポケットに突っ込んだまま)口を出す。


「ふむ……それも考えてるのだが、正直思いつかないんだよな……3年生にはいない気がするぞ。美術部……は女子ばかりだしな」

「確かに。それにこんな漫画を描くような子が美術部で真面目な絵を描くとは思えない……」

 首をかしげる姉貴を、大石会長がじっと眺めている。


 ……大石会長は姉貴に片思い中とかいうのを竹内先輩が言ってたけど、生徒会に入って一ヶ月、どうやら本当なんじゃないかと思えてきた。別に止めはしないけどその姉貴、めんどくさがりやの怠け者ですよ。自分の仕事を押し付けたいがために弟の俺を無理やり生徒会に入れさせる女ですよ。



「2年生は?」

「……いや、自分も思い当たる人はいないですね。絵のうまい子は女子ばかりだし……それにこれだけの漫画を描けるのって相当熱量も必要ですよ」


 竹内先輩も、案を出した割には何かある、というほどのことではないようだ。

「圭君、灰崎さん、1年生は?」


「いや……わからないですね……」

 そもそも俺たち1年生は入学してまだ二ヶ月ぐらいだ。クラスや部活が同じ人でも、顔と名前が一致していない人だっている。もしこんな漫画を描くような画力のある男子がいたとしても、わからないのは不思議じゃない。


「……まあ、他人の性癖を別に否定はしないけど。しかし『ぱい太郎』ってのもすごいな、ペンネームか? こんなの描く人間の気がしれないぞ」

 姉貴、否定してるのかしてないのかどっちなんだよ。

 まあ自分のつるぺた低身長ボディを気にして毎日牛乳を飲んでる姉貴からしたら、こんな現実離れした身体の女性なんか敵以外の何者でもないだろうけど。


「灰崎さん、あなたもそう思うでしょ?」

「……まあ、変わってるな、とは……」


 突然話を振られた灰崎さんは困惑した様子で、そそくさと自分の机に戻って作業中の書類をまとめ始める。

「えっと、この予算の書類、先生に出してきますね」



「……姉貴、後輩を困らすんじゃねえぞ」

「なんでだよ。やっぱり圭、お前か?」

「だからなんでそうなる」


 これでは家での姉弟けんかと何ら変わらない。

「姉貴ならわかるだろ。俺がここまでするような人間じゃねえって」

「……確かに、圭がそういう本隠すのって見たこと無いな。友人によると、年頃の男子は必ず一回は通る道と聞いているのだが。竹内、どう?」


「自分じゃないですよ。第一そうだとしても言いませんし、まずい本を隠してたとしても言いません」


「……ふむ、その割にはずっともじもじしてるような気がするのだが?」

 あっ、やっぱり大石会長も気づいてた。


「な、なんですか会長! これはその……人間の生理的反応と言いますか、一種条件反射のようなもので、その……」

「なんだ、そういう類いのものなのか。しかしそういうのは女子の前では押し殺すものだぞ竹内」

「じゃあ会長は、どうなんですか……」


 竹内先輩の反撃を受けても、大石会長はどこ吹く風。

「これを見てなお無心でいられる男がいるとしたら、多分そいつは男じゃない」

 ……こんな言葉でも、イケメンが言うとサマになるというものだ。


「……やっぱり、会長は犯人だと思いたくない、では……」

 またしても俺に集中する周囲の視線。


「だからなんでそうなるんですか!」


 俺以外、大石会長や竹内先輩も違うとなると、別の男が生徒会室に忍び込んでノートを置き、困惑する俺らを見て楽しんでるとしか思えない。


 というかもう、そうであってくれ。


 エロ漫画を堂々学校に持ち込む勇気あるものよ、せめてこんなことしないで、こっそり楽しんでくれ……



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