奇譚4(1+2+3) その星の光 前編

@skullbehringer

奇譚1+2+3 その星の光 前編

楓子さんはそのままでいいの。何にも気を取られないで、そのまま真っ直ぐにお行きなさい。きっと素敵なものは全て後からついてくる。心配ないわ、あなたはそれだけの事を出来る人だもの。もし不安になったら夜空を見上げてみなさい。星の光はその人の心を表すの。そして、あなたの大切な故郷と繋がっているのよ。世の中には夜空の星のまたたきに怯える人もいる、楓子さんにはどう見えるかしら、きっと月や星の光を綺麗に感じると思うわ。それはあなたの心が健康で、綺麗で、誰にも恥じる事のない、真っ直ぐ生きている証なのよ。


おばあさまはそう言うと、いつものように優雅に背筋を伸ばしたまま立ち上がり、バックを持った手を少し曲げて、にっこり笑って待合室から出ていった。最後に少しだけ振り返って、


またね、次に逢える時、どんなお話を聞かせてくれるか楽しみにしてる。幸運を祈ってるわ。皆によろしくね。


と、言った。

そして私はまた待合室に1人になった。


おばあさまはもう亡くなっている。何年も前に。


⭐︎


おばあさまは柔和な、でも厳しい方だった。いつでも真っ直ぐな目をしていて、私や母に優しく語りかけてくれた。

若くして大おじさまに連れられ満州に渡ったおばあさまは青春時代をそのまま異国の地で謳歌し、色んな恋をして、詩作に没頭していたらしい。戦争が終わり、他の家族が日本へ帰ってからも1人で満州に残った。いつかは与謝野晶子の弟子になる事が夢だったと話してくれた事がある。私もおばあさまが詠んだ短歌をいくつも見せてもらった。

しかしおばあさまが20歳になったある日、「チチキトク スグカヱレ」の電報を受け急いで日本海を渡り実家へ戻ってみれば、ピンピンした大おじさまから「おかえり、春子。この人がお前の夫だ」とおじいさまを紹介された。


おばあさまのその後の人生はそのまま、戦後、日本の高度経済成長からバブル崩壊までの時代と重なる。激動の時代だった。

おじいさまは子どもたちが生まれて間もなく結核でなくなり、おばあさまは女手一つで4人の子どもを育てなくてはならなかった。

本当に色んなことがあったらしい。

もともとは大おじさまが営んでいた雑貨屋を引き継いだが、大おじさま、そしておじいさまが亡くなってから、おばあさまは内に秘めていた商才を発揮したらしい。おばあさまは商売は成功したのだ。商売人としての顔を具体的には母も叔父様達も詳しく知らないが、売れるものならなんでも手を出したそうだ。叔父様達が中学に上がる頃に呉服屋に転向した。買い手があるならどこへでも行き、他の商売人のナワバリを荒らし、稼いだ者が正義、勝った者が勝ち、を貫いた。トラブルもあったという。おそらく私たちには言えないような事もあったのだろう。しかし、おばあさまが落ち込んでいる姿など見た事がないと母も叔父たちも言う。いつも優雅に背筋を伸ばし、優しいながらもまっすぐな目で相対する人の心を射抜いた。


しかし実はトラブルは家の中でも起こっていた。長男のじゅん叔父様は成績優秀、文句のつけようのない優良児で学校の人気者だったが、家ではおばあさまの顔色しか見ず、弟達とはどこか距離を置いていた。次男のけん叔父様も成績優秀ではあったが、恐らくじゅん叔父様への嫉妬やおばあさまの愛情を独り占めしたい気持ちにかられたのか、家庭内で暴力をふるうようになった。三男のなつお叔父様はどこか心の弱いところがあり、中学時代に教師と何かトラブルがあってから、学校に行かなくなった。今で言う引き篭もりだ。私の母は三人の男兄弟の間を取り持つ唯一の存在だったが、高校生の時にリウマチを発症し、以来、癌で亡くなる50代末まで走る事が出来ない身体になった。

それでも叔父様たちはそれぞれ立派に成長した。じゅん叔父様は大学教授、けん叔父様は建築業の社長、なつお叔父様は呉服屋を継いだ。3人の兄弟は互いに張り合うように生きていったのだと思う。が、その実は誰が1番おばあさまに愛してもらえるのかの競争のようにも見えた。

おばあさまが亡くなり、後を追うように私の母が亡くなってからは叔父様たちの関係はぎくしゃくし、噛み合わず、今では盆や正月でも皆が揃うことはなくなった。


おばあさまはいつだって凛と立っていたが、内心はおそらく穏やかではなかったのだろう。いくつもの宗教を渡り歩いていた。自分の信じる、心やすらぐ場所を求めて、最終的にはキリスト教の小さな一派に落ち着いた。


おばあさまが亡くなったのは阪神淡路大震災、地下鉄オウム事件のあった95年。90年初頭にバブル崩壊した日本社会は、後に失われた30年と呼ばれる長い長い経済の低迷が始まったころだ。


皆の前では気強く、気品を保ち続けたおばあさま。そして私の家は表面的には大きな、大成した家だとされている。それは日本社会もそうだろう。世界的に見れば豊かな先進国だ。

おばあさまは本当は歌人になりたかった。でも4人の子どもを飢えさせないために必死に戦後を駆け抜けてきた。日本は敗戦のトラウマと瓦礫の中から必死に立ち上がってきた。豊かな未来を作るために。

しかしその結果の今、うちの親族のいがみあいや、この30年の日本を見ると、私たちはいったいどこで間違えたんだろう、と思う。



⭐︎



おばあさまや親族の事を考えながら、ふと、ここは何なんだろう、と楓子は思った。待合室の椅子は木でできている。

そうだ、ここは電車の待合室だ。それも私の地元、渚町の。‥にしては、やや木壁が新しい気もする。渚町駅はもっとボロボロだ。

渚町は急行も止まらない小さな町で、もちろん自動改札などはなく、年々、利用する人も少なくなっているのでほぼ無人駅になっている。本来なら昔ながらの、駅長室につながる丸い窓から駅長に切符を見せてホームに入る仕組みだが、今は、カーテンが閉まっている。時計は2時を刺しているが、あたりは真っ暗闇だ。ということは深夜なのだろうか。

私はここで何をしているのだろう。頭がぼやけているわけではないが、なんだか思い出せない。おばあさまの事や、この駅にまつわる子どもの頃の思い出は事細かにするすると思い出せるのに、なぜここにいるのかはぽっかり抜け落ちている。そして不思議と恐怖や不安はない。

何かを待ってる?電車を?‥いやそれも少し違う気がする。


するとホームの方から2人の人影が待合室に入ってくる。


小学校低学年くらいの女の子と、おそらく高校生くらいであろう、がっちりした、‥というより、ずんぐりむっくりした大きな男の子。2人とも嘘のようにボロボロでドロドロの服を着ている。なんだかいろんなボロ切れを繋ぎ合わせたような服だ。昔、教科書の白黒写真で見た戦後の子供たち、を連想させる。2人の髪や顔や手足も、服に負けないくらいに泥まみれのようだった。

よく見ると女の子は背中に赤ちゃんをおんぶしているようだ。男の子の方は、自分の上半身くらいの大きな、泥だらけのリュックを背負っている。なにやらリュックはパンパンに膨れ上がっていた。


2人は、というか明らかに少女の方だけが、私の姿を見てギョッとした様子で、少し後退りする。男の子は始終両手の指を1本づつ口元にもっていきながらうつむき、ニヤニヤして何事か呟いている。

「‥キヨヒコ、止まって。」と少女は言った。



⭐︎



「いや〜いくら亜空間的少子化対策とか言っても本当に亜空間ゲートを開くことないですよね〜?本当に今の政権は何を考えてるのやら‥、巻き込まれて亜空間の果てへ飛ばされ、ワンニャンアイランドどころか現実社会にすら戻る道なくし、私はタワシ、いとオカシ、こりゃまた失礼、がちょーんってこれも若い人にはわかんないですよね〜」

「うっせえばか(蹴る音)」

「わーごめんなさいごめんなさいごめんなさい、もう変なこと言いません、だからお願い、もう痛いことしないで‥ぅえふぇ〜ん」

「ざけんな、だまれ、オマエ本当に俺にありがたく思えよ、ここがわけわかんねー、どこだか知らねー場所だから仕方なく生かしてやってっけど、地元だったらマジぶっ攫ってっからな!(真顔)なにがワンニャンだ気色のわりい(殴る音)事ばっか(蹴る音)言いやがって(蹴る音)」

「あっ痛い、本当に本当にすみませんでしたぁ、心の底から反省いたしますぅ‥だからお願いもう殴らないで‥」



⭐︎



「た〜けちゅわ〜ん、そっちの方どうだった?なんかあった?」

「はぃ、すみません、ハゼさん。言われたように線路沿い歩いてみたのですが、何だかおかしいのです、まるで教科書に載っている昔の日本を見ているような‥かと思えば訳の分からない植物が生えていたり」

「こりゃほんとにまいっちったね〜、せーっかく、たけちゃんの新曲でちょーいー感じにアゲアゲになってスタジオ出たと思ったらこれだよ。何が何やらワッタファッカップ、謎み。が強すぎんよぉ。あ、ちょっと肩揉んでくれる?」

「はぃ、ただいま!」


⭐︎


私の名前はカコ、楓の子と書いてカコと読むの。あなたのお名前は?と、そのボロボロの女の子に聞くと、彼女はじっとこちらを見つめ、ハカコ、と名乗った。ハカコさん、私とひと文字違いね、と笑うと彼女は私をまじまじと見つめて、こう言った。

「‥カカ?」


少しお話しするうちに、彼女たちはひどく飢えていて、疲れ果てているのに気づいた。

私は持っていた水筒の紅茶を飲ませてあげ、チョコレートを分けてあげた。ハカコもキヨヒコさんも暖かい紅茶を飲むと目をまん丸くしてこんなに美味しいものは生まれて初めて飲んだ、と言った。チョコレートを食べると目に涙をにじませて感動している。キヨヒコさんが何回もおかわりをするのですっかり紅茶とチョコレートはなくなり、ハカコが、キヨヒコ、吐け、と怒る。キヨヒコさんはハカコにごめんなさい、ごめんなさいと言って、でもチョコを食べる手は止めず、ハカコがまた怒る。いいのよハカコちゃん、と笑いながら私は言った。


ハカコというのは実は彼女の母親の名前らしい。そして私がそのお母さんにとてもよく似ているそうだ。

何故、母親の名前を名乗るのか聞くと彼女はうつむいて黙ってしまった。後に知ったが、彼女は父親に本当にひどい名前をつけられていて、名乗るのが恥ずかしかったらしい。仲良くなってから本当の名前を聞いたが、私でもそうすると思った。と同時に、やはり彼女たちの生きている世界がまともじゃないことを痛感した。


彼女たちがどこから来たのか、待合室に座りながら(キヨヒコさんはチョコのついた指を舐めて立ったり座ったりしていたが)彼女がぽつりぽつりと教えてくれた。

彼女が話す内容が本当だとすると、私がいる世界とはまるで違う世界からやってきたようだった。


腐った川の先、森を抜けて山の向こう側に

ハカコがクニと呼ぶ集落がある。

そこでは人はみな、細々と農耕をして暮らしているが、基本的に皆飢えている。冬になると誰かがいなくなる。

おそらく口減らしのような事だと思われるが、ハカコは山ののろいに隠された、と言う。

ハカコはキヨヒコさんを連れて、大人達に行っては行けないと言われている山の向こう、おじいさんが好きだった食べ物を探しにきたそうだ。(イオンにポテチを探しに来たと言っていて、思わず2回聞き直したが、どうやら本当にイオンにポテチを探しにきたらしい。わけがわからない)。そこで道に迷い、気がつくとここにたどり着いたと。


ハカコは慣れてくると私にたくさん話すようになった。

「カコ、本当にカカに似ている。‥というか同じ顔をしてる。でもカコのほうがキレイ。髪の色が違うし、くちびるの色もきれい、ほっぺたのキラキラしてるのはなに?なぜこんなにまつ毛がながいの?なんでそんなに肌が白いの?爪の色がふしぎな色をしてる、こんなの初めて見た。それにカコ、凄くいい匂いがする、かじなむの花みたいな、少しあまい、いい香り。」

はじめはやつれて疲れ果てていたハカコの顔が、次第に年相応の女の子の表情になっていき、なんだか暖かい気持ちになる。だがすぐに、どことなく不安を感じた。

私たちは出逢って良かったのだろうか?何か、世界の成り立ちのようなものを壊しているのではないか、という訳の分からない不安に襲われた。


問題は彼女が背負っている赤ちゃんだった。はじめは頭巾のようなものを被せているので、顔はよくわからなかった。ぐっすり眠っていてちょっとやそっとじゃ起きない様子だったが、問題はそこではない。頭巾からはみ出した顔は明らかに人間の子どもではなかった。猿と人間を足して2で割って、というと短絡的な説明だが、そう言う以外にない。毛むくじゃらでシワだらけ、生まれたばかりの新生児期の赤ちゃんにも似ている。猿でも人間でもない、その中間の存在に見えた。


この子はどうしたの?とタイミングを見計らってさらっと聞いて見ると、彼女はその時ばかりは瞳を鋭く尖らせて一瞬こちらを見た。そしてまたうつむいてしまった。

「‥猿っこの赤ちゃん」

と、ハカコは言った。猿っこ?と、と私が聞き返したところで、なんだかガヤガヤと4人の男たちが待合室に入ってきた。


⭐︎


「‥恐らくですが、まぁここは亜空間ですから?宇宙空間を漂う隕石がたがいの重力で引きつけ合って星になるように、なにかしらの近似値をもったものたちが次元を超えて、別々の宇宙から引きつけあってまとまり、どこの宇宙とも違う、この空間が形成されてるのかもしれないですね〜。ホーキング、かく語りけり!って別の宇宙の若い人は知らな‥っ痛い!蹴らないでぇ‥」


「ってことはナニ?俺っちたちは別々の宇宙の自分自身、な〜んて言わないよね?‥マジ?‥それは、きゃなりびっくりだよねぇ〜たけちゃ〜ん。こりゃタカの新しい映画のネタになっちゃうんじゃないのぉ?」


「はぃ、さすがですハゼさん、いつ何時もお仕事の事を意識されておられ‥」


「わけわかんねぇ(真顔)、なんだよこれ‥(真顔)俺と同じ顔したツーブロックのやつと、おんなじ顔のおっさんが2人‥ドッペルなんちゃらみたいなんがそろって‥」



⭐︎



4人の男たちは騒がしく待合室に入ってきたが、私たちを見るとハカコのように、ギョっとして立ち止まった。

隣でハカコがつぶやくのが聞こえた。


「‥さいあく、トトが2人いる‥。それに、じっちゃん?みたいなのも2人いる。」



⭐︎



〜つづく











次回予告〜

ててーててーててーててー


「‥ってことはここの皆がバラバラになったらどうなるの?‥この空間は消えてしまうってこと?」


「ここにいる皆が、カコさんの顔を知っているのに、カコさんだけが皆を知らない。‥あなた、何者なんでしょう?」


「そんなサルもどき、捨てちゃえばいーじゃない!」


「私たちはみな、別の宇宙の私たちなんでしょ?‥ならこの赤ちゃんも私たちの誰かなんじゃない?」


「この子をもといた時間に返してあげたい。カコ、助けて。」



星の光に導かれた7人。果たしてどうなる?次回、その星の光〜後半。さーて、来週も、サービスサービスぅ

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