第十九話 押しかけ同行者
立ち上がった私が同行すると告げると、アールは一瞬、何を言われたか分からない、という顔をした。
「はあ? だからって、なぜ俺があんたを連れて行かなきゃならないんだ?」
「ハンター先生は私の命の恩人なんです。だから協力させて欲しいの」
彼は頭が痛い、と言ったポーズで額に手を当て、大きくため息をつく。
世間知らずの貴族の女が、我儘を言い出して困った……とでも言いたげだ。
「観光じゃないんだぞ……?」
「観光なら、あなたとなんか行かないわ! 私だって霊感なら人並み以上にあります!
一人で探すより二人で探す方がいいでしょう?」
「冗談じゃない、川べりを見て回るだけじゃないんだ。街での聞き込みもある。女連れで聞き込みをする奴などいないだろう。邪魔だ」
「だったら別行動しましょう。宿を拠点にして昼間は別行動。夕方に戻ってきたら、互いの情報を交換しましょう。
ああ、もちろん泊まる部屋は別々よ? 食事代も宿代も、自分の分は自分で払うし」
「あのな……川の向こう側は、あまり治安が良くないんだ。誰かを守りながら人探しなんて、効率が悪すぎる。
捜索を終えたら、帰りにここに寄って報告だけはしてやってもいい。とにかく付いて来るな」
「マリーゼ様、落ち着いて下さい」
ジェームスにもたしなめられて、私は俯き、ソファに座り直した。
「分かったわ……」
「やれやれ、邪魔したな」
そう言って、そそくさと屋敷を出て行くアールを、ジェームスと一緒に門の所まで出て見送る。
彼の姿が遠くに消えていくのを見ながら、私は呟いた。
「分かったわ……こちらはこちらで吊り橋を渡って、ハンター先生を探しに行くわ」
***
「くれぐれもお気を付けて。アニー、マリーゼ様を頼みましたよ」
旅支度をして屋敷の門扉の前に佇む私とアニーを、ジェームスとその他の古い霊達が見送る。
ジョンは御者として、馬車で吊り橋の手前まで、私達を送る役だ。
「ええ、気を付けるわ。皆、私たちが留守の間、屋敷をお願いね」
動き出した馬車の窓から、流れ去る外の景色を眺める。
……結局、あの時アールと一緒に、すぐに現地に行かなくて良かったかもしれない。
「奥様、お気持ちはわかります。しかし、奥様が生きた身体を持っていることは、最大の長所であり、弱点でもあります。
何の下準備もないまま動くのは危険です」
そう言って引き留めたジェームスが用意してくれたのは、現地の資料だった。
川向こうの地域も、元スレア伯爵領だ。詳細な住宅地図や、どこにどんな層の住民が住むかなどの、細かい現地の資料は屋敷の執務室にあったのだ。おかげである程度の予備知識を得られた。
グレア街。これから向かう、川向こうの町の名だ。周囲を山と川に囲まれているあの一帯は、スレア領でありながら、スレアの中心街とは吊り橋一本の繋がりしかなく、むしろ隣のフレイス領との方が行き来が多い。
住民は貧しい者が多く、いわゆる貧民街もある。そんな場所にハンター先生の診療所もあった。
ううん、金が無く医者に診てもらえない人間が多い場所だからこそ、彼はそこに自分の診療所を構えたのだろう。
屋敷から診療所まで、片道一時間半はかかる距離だ。
こんなところから毎日診療に通ってくれていたのだと思うと、本当に頭が下がる。
先生が生きている可能性は限りなく低いと思う。だけどその魂がまだこの世界で迷ったままなら、何とかして探し出し、せめて楽になる方法を探し出したい。
「ハンター先生が見つかるといいですね」
「そうね、ありがとう」
笑顔で話しかけてくるアニー。
旅先では同性で同じ部屋に泊まれる者が良いだろうと、彼女が自ら立候補して一緒に来てくれた。
屋敷の住人も、皆、私を慕って助けてくれる。感謝してもし足りない。
……しばらく走って、馬車が停まった。
「着きましたよ」
ジョンの少し震える声がする。馬車を降りると、少し手前に吊り橋があった。
「ワシは、やっぱりここは苦手です……」
彼はシェアリアに脅されてこの橋で先生の命を狙い、逆に助けられた挙句、先生が川に落ちる瞬間を目の当たりにしている。
「無理しなくていいわ、帰ってちょうだい。一週間後の午後三時にはここに戻って来るから、迎えに来て」
そう、八日後には次の幽霊屋敷ツアーを控えているのだ。
それまでには帰って来なければならない。
今回の旅は、確かに私の我儘だ。
だけど、いつか必ず行かなければならないと思っていた。
ハンター先生が落ち、シェアリアが渡っていった、この橋の向こうに。
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