第十六話 派遣されたエクソシスト

「失礼します、こちらがフランメル準子爵邸で間違いありませんか?」


ハンター先生に瓜二つの男性はそう言いながら、私をきつい視線でジロジロと眺め回した。


……違う! この人は先生じゃない。よく似た別人だ。先生はこんな風に、誰かを値踏みするような目付きで見たりしない。声も少し違う気がする。私は警戒しながら答えた。


「そうですが、何の御用でしょうか? 現在ツアー期間中ではございませんので、物見遊山での訪問はお断りします」


男は溜息を吐くと、名刺を差し出してきた。




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スノール正教会専属

    悪魔祓い師


アール・スレイタ―


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「遊びで来たわけじゃない、仕事だ。俺はこの屋敷の除霊の依頼を請けている」


名刺に入っている正教会の透かしは本物のようだ。だけど……


「除霊ですって……!? この建物の持ち主は私です。そんな依頼はした記憶がありません!

それに第一、この屋敷にいるのは善良な霊ばかりです。追い出すなんて……」


「ふーん、つまり『何か』いるのは否定しないんだな? ……例えば、その男とか」


気が付けば、私の隣にはジェームスが立っていた。


「私が見えるのですね? エクソシスト殿。私はジェームス・アンバー。以前この屋敷を所有していたスレア伯爵の家令を務めておりました。現在はマリーゼ様の秘書を自認しております」


「へえ、普通に話しかけてくる奴は珍しい」


「私が想像するに、あなたに依頼してきたのは、フラン子爵ではありませんか?」


ジェームスが問いかけると、アールは鼻で笑う。


「まあ、そうだが、それが分かるということは、何かの因縁があるんだろう。見たところ、あんたが善良なのは間違いなさそうだが……いつまでも現世で迷っていても、ロクなことがない。俺があの世に送ってやろう」


言うなり、アールは小瓶に入った水を撒き、何かの文言を唱えだした。しぶきが掛かったジェームスの表情がわずかに歪み、胸を手で押さえて苦しみ始める。


これは危険だ!

霊としての勘がそう告げる。


私は咄嗟に幽体離脱すると、アールからもぎ取るように聖水を奪って、力一杯遠くに投げ、即座に身体に戻った。


「くっ……! 苦しみながらも、こんなに激しく抵抗するとは……!」


私の生霊が見えなかったらしく、右手をかばうように押さえながら、ジェームスを睨みつけるアール。ジェームスも彼を睨み返した。


「フラン子爵はマリーゼ様を虐待した元家族です。裁判所からもマリーゼ様への接近禁止命令が出されており、罪が認められています。彼らはマリーゼ様が所有するこの屋敷を手に入れようとして、あなたに除霊を依頼したのでしょう。あなたは、いわば犯罪者の片棒を担いでいるのです。それでもまだ、フラン子爵に加担しますか!?」


「そうよ、いくらお金を積まれたのか分からないけど、あの人達の手先なら騎士の詰所に連絡して、あなたを捕まえてもらいます!」


私が加勢すると、アールは皮肉めいた微笑みを浮かべた。


「フッ……まあいい。今日のところは退散する。邪魔したな」


「ちょっと待って! 帰る前に一つだけ教えて。あなた、ライナス・ハンターという人をご存じ?」


「いや、知らないな。そういや、街でも聞いてきた奴がいたが……誰なんだ?」


「お医者様です。街の者に慕われていました」


「そんな男は知らん。もういいだろう、帰る」


医者と聞いた途端、彼の表情が曇ったような気がしたのは、気のせいだろうか。

魂に一瞬ねじれができて、すぐに戻ったのだけれど……

本当に知らないの……?


アールはしばらく聖水の瓶を探していたが、見つけられなかった様子で、鞄を閉じると門の前から去っていく。

もの言わぬ後ろ姿は、やはりハンター先生によく似ていた。




***




「旦那様、スレイタ―様がお見えになりました」


フラン子爵家の執事が、当主に来客を告げる。


「ああ、奴か。通せ」


マリーゼの元父・ロバートはほくほく顔で、来客用の応接室に赴いた。


「ああ、そこに座ってくれ。もう亡霊どもを片付けてきたのか?

教会に腕利きを寄こせと注文した甲斐があったな」


「契約違反だ。あの屋敷はあんたの持ち物じゃないだろう。依頼はなかった事にする。ほら、料金は返すぞ」


アールはロバートの目の前のテーブルに、ジャラジャラ音がする小袋を置いた。


「なんだと!? 聖職者のくせに、たかが幽霊を追い出すだけの作業もできんのか!」


「俺は聖職者じゃない。除霊や悪魔祓いは趣味だ。教会から依頼がある時だけやっている。

……それに、俺は嘘つきは嫌いなんだよ」


「この若造が……!」


立ち上がったロバートに、アールは右手を向けると「ハッ!」と声を出し、何かをぶつけた。


「……!!!!」


「気を当てただけだ。しばらくすれば動けるようになるだろう」


声も出せないまま固まるロバートを放置して、アールはそのまま席を立つ。


「生きた人間こそが一番厄介だというが……その通りだな。今後、教会の説明は疑ってかかるか」


彼は首をほぐすように回すと、フラン子爵邸を後にした。

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