第十話 実家・フラン子爵家の面々

ハリーが連行された頃と時を同じくして、もう一軒、貴族院からの通達が届いた家があった。

マリーゼの実家、フラン子爵邸である。


執事からそれを受け取ったのは、マリーゼの兄であり、フラン家の次期当主であるダニエルだった。

痩せぎすの身体に神経質そうな顔立ちのダニエルは、差出人を見て血相を変える。


「大変だ! 貴族院の封蝋のある手紙がうちに来るなんて……!」


「貴族院!? あなた、何かやらかしたの!?」


栗色の巻き毛に派手な化粧をした妻のビアンカが、怪訝な顔をした。


「いや、心当たりはないが……」


封を切り、貴族院公式の紋章が入った便箋を開き、その内容を読み進めるにつれ、ダニエルは複雑な表情になっていく。


「……マリーゼの亭主が、いろいろと、やらかしたらしい。一週間後に貴族院の裁判が開かれるようだ。

我々も出廷しなければならないらしいぞ」


「アハハ、良い気味だわ。ハリーと言ったかしら、あの男。

家柄と父親の威光を笠に着て、さんざんウチを見下してくれたじゃないの。

それが今や犯罪者なのね、ざまぁないったら。で、一体何をやらかしたの?」


ゲラゲラ笑うビアンカに、ダニエルは渋い顔をする。


「殺人だ」


「ふぇっ!? ちょ、ちょっと! マリーゼは関わってないでしょうね? 身内から犯罪者が出るなんて嫌よ!」


ビアンカの声がひっくり返った。


「いや、マリーゼは被害者だ。保険金を掛けられて殺されそうになったらしい。他にも医者が殺されてる」


「あ、そうなの……まあ、あの大人しいだけの娘が、そんなことをする訳ないわね」


「だがな、奴が犯罪を犯したとなれば、マリーゼは離縁するだろう。うちに出戻るつもりなんじゃないか?」


「えー……それはちょっと……あ、それなら修道院にでも突っ込んでおけばいいんじゃない?

元夫が犯罪者じゃ、もう貰い手なんか無いんだから」


「いや、それも不味いだろう。手紙を見る分に、マリーゼは相当虐待を受けていたらしいし……

そんな娘を追い出したら、さすがに体裁が悪い。社交の時にも、いろいろ言われるだろう」


「それなら、どこかの金持ちの後妻にでも出せばいいじゃないの。若い妻が欲しい年寄りなんて、いくらでも見つかるわ」


「だから、体裁が……」




その時、リビングのドアが開いた。


「何の話をしている」


揉める息子夫婦の背後から姿を現したのは、マリーゼの父親でもある現フラン子爵当主、ロバート・フランだった。


「父上、マリーゼが離縁して戻って来そうです」


「なっ……あの娘、スレアの家で何かやらかしたのか……?」


長男ダニエルの言葉に、たった今まで偉そうに反っくり返っていたロバートが、急に勢いを失くして猫背気味になる。学生時代、先代スレア伯爵の元で使いっ走りをさせられていた過去が、今でも尾を引いている様子だ。


「いや、なんでもハリーが殺人に関わったのが発覚して、貴族院の裁判に掛けられるらしくて。おそらくスレア家は取り潰しになりますよ」


ダニエルが説明すると、萎縮していたロバートは再び背筋を伸ばし、満面の笑顔になった。


「そうなのか! ようやくワシらもあの家の呪縛から解かれる! めでたしめでたしじゃないか!」


なんて現金な、と父親に呆れる表情を隠さないハリーだが、なおも続ける。


「殺人の中にはマリーゼに対する保険金殺人未遂もあったから、我々も出廷するように要請がありました」


「なんだと! スレアの息子め、人が育てた娘を何だと思っているのか!

アレを金に替えていいのは、ワシらだけだ!」


「それよりマリーゼが離縁して、フラン家に戻ってくるのではないかと……」


「んん? 別にいいではないか。あれはお前より事務処理が早かっただろう。便利に使ってやればいい。

これで使用人を一人解雇できるな、フム」


一気に機嫌の良くなったロバートだが、ビアンカは不服そうだ。


「そんな、お義父様ぁん!」


「ビアンカ、何も案ずることはない。以前のように食事の時間もずらすし、部屋も離れたところに与えるから、そう顔を合わせることもなかろう」


「それなら、まあ……」




しぶしぶ納得する息子の妻をよそに、ロバートにはもう一つの算段があった。


(うちは娘が被害者だ。単なる取り潰しなら、その貴族の財産は全て国に没収されるが、被害者がいる場合はまず慰謝料が優先的に支払われ、残りが国庫に入る。

あの家の財政状況自体は大したことはないが、家屋敷は立派なものだ。売れば相当な額になるはず……

それが手に入るまでには、必ずマリーゼを手元に置かなければ)


ロバートは口の端を片方だけ上げて、ほくそ笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る