第4話 聖なる毒針



 掲示板で噂されているとはつゆ知らず、愛美は神父のクエスト『大教会の草むしりをしよう!』を終えると、晩ごはんの時間になっていたのでゲームをログアウトした。


 初日から濃い時間を過ごしたなと思う。


(ユニークスキルかぁ。これは伝説、始まっちゃうかも?)


 調子良く笑ってヘッドセットを取って、ベッドから起き上がる。


「あー楽しかった! あの神父さん面白いよね」


 作ったばかりのチャンネルの登録者数を確認しようかなと思ったが、調子に乗ってつけた『アイミの聖女伝説』というチャンネル名は黒歴史以外の何物でもなかった。世界初、最弱モンスターシバイッヌにやられた不名誉は消えてくれない。


(今はまだそのときじゃない。強くなってからにしよう、うん)


 しばらく動画配信は封印することにした。


 自動アーカイブが生成され、動画がじわじわと拡散されていることを愛美は知らない。



 翌日の土曜日。午前中で学校が終わった。

 実はまだ、新しい友達はできていない。


 小中高一貫の高校であるため外部入学生が少なく、運の悪いことに強固な既存のグループができあがっていた。輪に入っていくのは中々難しい。愛美は話しかけられ待ちのような状態になってしまっていた。


(気にしない気にしない。今は壮大なプロジェクトが大事)


 家に帰って昼食に親子丼を作って食べ、RLO2にログインする。

 習得したユニークスキル【自動治癒(オートヒール)】を試したくて、うずうずしていた。


(ログイン!)


 ヘッドセットの電源を入れてゲームを起動すると、フェアリーのいってらっしゃいと言う言葉とともに、景色が大教会の中庭に切り替わった。


「おお、見習い聖女アイミよ。今日も一日頑張りましょう」


 空気の読めない神父が、穏やかな笑顔を向けてくれた。


「こんにちは。今日も頑張ります!」


 愛美は神父に頭を下げ、大教会から出て、巨大都市ホープシティの大通りを進む。


(不慮の事故に備えよう。ユニークスキルがあれば死なないはず)


「――【自動治癒(オートヒール)】!」


 杖を掲げると、パッと黄金の光が飛び散り愛美の身体を包み込む。


 ログを見ると、『HPが1回復。HPが1回復。HPが1回復』と延々と書かれている。かなりの速度で回復が入っているようだ。


 愛美は意気揚々と門に向かい、野良で遊んでいるシバイッヌに手招きをした。


「おいで〜」


 シバイッヌが嬉しそうにしっぽをふりふりして飛びついてくる。


 ――1ダメージ


 HPバーに減算が入りHP4となるが、【自動治癒(オートヒール)】ですぐに回復した。


 どうやらHPの最大値が低いため、あまりMPを消費しないようだ。これなら回復状態を長時間維持できそうだった。


「無敵〜!」


 愛美は満面の笑みでシバイッヌを存分にもふり倒した。


 わっしゃわっしゃと撫でくりまわせば、シバイッヌがお腹を見せてスキル【じゃれる】をつかって顔を舐めてくる。


 五匹のシバイッヌに囲まれても死ぬことがなかったので、愛美は大満足した。


「ふう、いい仕事をした」


 遊び疲れたシバイッヌたちがお腹を出して草原に転がっている。

 兵士の兄ちゃんが、お嬢さんめっちゃ遊んだな〜、と遠くで笑っていた。


 気づけば他のプレイヤーたちからも微笑ましい顔を向けられていたのでちょっと恥ずかしくなり、愛美はイチノ草原の奥へと向かった。


 すると、雑魚モンスターの象徴と言えるスライムを発見した。


(第一モンスター発見)


 愛美の中でシバイッヌはモンスターにカウントされていないらしい。

 スライムは半透明の水色をしていて、水ようかんみたいだった。


 静かに近づいて、杖をそろりと上げて、気合いを入れて振り下ろした。


 ぽよん。


(……え?)


 なんと、ダメージ0であった。


(見習い聖女、非力すぎない?)


 攻撃に気づいたスライムが反撃をしてきてダメージ3を負うが、自動回復のおかげですぐに回復する。


 何度か杖で攻撃してみるも、敏捷1の素早さなので、攻撃が当たらない。


 とおっ、えいや、という掛け声だけが草原に響き、二十分ほど格闘したが1ダメージも与えられなかった。


 MPが六割近く残っているのが不幸中の幸いか。


(スライムにダメージ与えられないって、詰んでない?)


 愛美は一度街に戻って、武器屋を探して入店した。

 とにかく攻撃力だ。攻撃力はすべてを解決する。


 そんな物騒なことを考えながら、愛美は初心者向けの武器屋の商品を物色した。


 ファンタジーらしく、剣、斧、刀、杖など、様々な武器が置かれている。


 モーニングスターと書いてある刺々しい鈍器も売っていて、ちょっと背筋が冷たくなった。


「ひょっとしてお嬢ちゃん、見習い聖女か?」


 髭面の店主が突然聞いてきた。


 RLO2のNPCキャラは技術の粋を集めて作られたAIを搭載している。

 話しかけられるかは店主の気分次第だ。


「あ、はい。そうですよ。よくわかりましたね?」

「長年この街で武器屋をやってりゃ雰囲気でわかるわ」

「やっぱり私から清楚な空気が溢れ出てしまってますか……」


 愛美はふふふと右手で顎を撫で、調子のいいことを言う。


「ちげえよ? もっと別の雰囲気だぞ?」

「そこはお世辞でも清楚だね、と言ってくださいよぉ」

「すまんすまん。で、武器を見に来たんだよな」


 髭面の店主がさらりと話題をそらして、「見習い聖女が装備できる武器はそこにある聖なる毒針くらいだな」とアドバイスをくれた。


「聖なる毒針ですか?」


 愛美は店主の指さした場所にある、アイスピックのような形をした毒針を眺める。


 毒針と言う割には、針の部分は艶のある銀色をしていた。


「これが毒針? たこ焼きをひっくり返す針ではなく?」

「失敬な。そいつぁ立派な聖なる武器だよ。モンスターにとって毒って意味だ。どんなに非力なヒーラーでも確実に1ダメージを与えられるっていう優れ物だ。極稀に急所にあたると大ダメージを与えられるぞ」

「なるほど! それは素晴らしいですね」

「スライムなら五、六回刺せば死ぬんじゃねえか?」

「げ……1000Gですか」

「なんだぁ? 金がねえのか?」


 愛美は蘇生料金を神父にむしり取られているので所持金0Gである。


(銅の剣が400G。鉄の剣が1200G。初期装備にしては結構割高なのかな?)


「ちなみになのですが、この杖と初級ポーションは売れませんか?」


 愛美はカウンターに初心の杖と初級ポーションを出した。


 デスって神父と話した際に初回クエストがクリアになり、初級ポーションを手に入れている。


「初心の杖は買い取れねえよ。初級ポーションは150Gだな」

「それでは初級ポーションの買い取りをお願いします」

「あいよ」


 チャリンという音がすると、初級ポーションを売りました、というログが流れる。


 ――所持金150G


 武器屋の店主に礼を言って店を出て、金策について考える。


(どうにかして毒針を買おう。うーん……モンスターを倒す以外にお金をゲットする方法がわからない。神父さんに聞いてみるか)


 不本意ながら、所持金0G諸悪の根源とも言える神父の元へと戻った。

 愛美は蘇生された恩を忘れている。


 まだログインして二日目だが、大教会に戻ってくると、心が落ち着く気がした。


 中庭へ向かうと女神像の前にいる神父が出迎えてくれた。


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