第2話 ユニークスキル


 愛美は大教会の中庭で目が覚めた。


「あれ? シバイッヌと遊んでたんだけど……」


 気づけばログイン時に見かけた荘厳な大教会の中庭にいた。目の前には神父がいる。


「おお、見習い聖女よ。なぜ供を連れずに街の外へ出たのですか?」


 愛美は訳が分からず、むぅんと唸り、宙を浮かんでいる配信カメラに気づいて右下のコメント欄へと目を向けた。


『聖女ちゃん、シバイッヌにデスられたんだよ』

『RLO2初の快挙』

『見習い聖女は紙装甲だから、一人じゃ外に出られないって神父は言いたいんだと思う』


 コメント欄を見て数秒思考が停止し、シバイッヌでデスった事態を飲み込む。


 最強の聖女になるのが目標! とか言ったことも思い出し、愛美はあまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になった。


「あのぅ……忘れてください」


『ごめん忘れられないw いい笑顔で粒子になったのは草ww』

『私は忘れる努力をする』

『すでにアイミ氏のファン。忘れるなんてとんでもないw』


「も〜、忘れてくださいよぉ! ダメージ気づかなかったんですからぁ!」


 抗議をしても、三人はあまり忘れる気がなさそうだった。


 その後、コメントで必死に呼びかけていたと三人から言われ、愛美は次からはコメントを注視しようと心に誓う。


 三人が調べてくれたところ、シバイッヌにダメージを受けたのは愛美が世界初だった。


 体力1の状態で初期のローブしかない場合、ダメージを受けてしまうようだ。体力は防御力に直結する。


『発見されている職業で初期ステ体力が一番低いのがシスター。下振れすると体力3』

『レベル1の変態シスターが装備ナシの状態でシバイッヌをモフる検証動画があったけど、ダメージは受けてなかった』

『拙者、その動画見たい』


(つまり、私の防御力は世界最低と……)


 愛美は苦笑いが止まらない。


 それから三人とコメント上で会話をし、どうにか忘れてもらうことを約束した。


 だが、他のプレイヤーも遠目で見ていたから、ちょっと噂になるかもと聞いて愕然とする。


 これ以上の配信は恥ずかしいので、強くなったら再開しますと言って、配信をオフにした。三人は名残惜しい雰囲気を出してきたが、さすがの愛美もRLO2最弱&癒し系モンスターシバイッヌにシバかれたのは地味にキツかった。羞恥心が危険水域だ。


 宙に浮いていた配信カメラが音もなく消えた。


(私の華麗なる最強聖女伝説が……)


 愛美は始まっていない伝説を危ぶむ。


「見習い聖女アイミよ、これからも強く生きるのです」

「神父様……ありがとうございます」


 愛美の様子を見守っていた神父が慈悲深い顔つきで言う。


 ああ、さすがは神父様。優しい。


 傷ついた心が癒やされるのを感じていると、神父の顔の横にログが浮かび上がった。


『蘇生料金700Gを支払ってください』


(感動を返してよぉぉ!)


 逃げようとしたが、足が動かない。

 仕方なく了承して700Gを支払った。


 ――教会へ700Gを寄付しました。

 ――残り所持金1300G。


 蘇生には職業とレベルに見合った蘇生料金がかかる。


 チュートリアルを受けていない愛美はデスペナルティの存在を知らなかった。


 レベルが高くなると再ログインまでのクールタイムが発生するが、愛美はレベル1なので即座に復帰できていた。


「ご寄付、感謝いたします」


 爽やかな笑顔の神父が指で聖印を切る。


「絶対払わないといけないやつじゃないですか。私もいちおう聖職者? の一員なんですから、タダでもよくないですか?」

「ご寄付、感謝いたします」

「私が無一文だったら寄付はできませんよ」

「ご寄付、感謝いたします」

「あの……都合の悪いときだけ昔のAIっぽくならないでください」


 やけに人間くさい神父にひとしきりツッコみを入れると、愛美は気を取り直して大教会を出て街へと繰り出した。


(シバイッヌにやられる紙装甲はまずいな。装備を買いに行こう)


 前向きな愛美は巨大都市ホープシティの大通りへと繰り出した。

 もう一度ステータスを確認する。


――――――――――

名前:アイミ

職業:見習い聖女 Lv1

HP:5/5

MP:50/50 

腕力:1

体力:1

敏捷:1 

器用:5

魔力:40

精神:20

スキル:

【治癒(ヒール)】【祈り】

装備:初心の杖、初心のローブ

所持金:1300G

――――――――――


 やはり、所持金が減っている。


(世知辛いね。何か買える物ってあるかな?)


 1300Gの価値がいまいちわからないが、地図を開いて防具屋へと向かう。

 初心者向けの防具屋が大通りにあったので地図を頼りに進んでいると、頭上から「ああっ!」という叫び声が響いた。


(ん?)


 頭の上でガシャン! という音が響いた。

 軽い衝撃。


 何が起きたのかわからず、愛美は硬直した。


「すみません! 植木鉢を落としてしまいました!」


 見上げると、建物三階の窓で主婦らしき女性が顔を青ざめさせていた。


(ピリッと痛みがしたね。これが痛覚調整ってやつか)


 どこかの動画で言っていた情報を思い出し、愛美はのんきに肩の土を手で払った。


「大丈夫ですよ〜。気にしないでください」

「あ、あ、あ、あああっ! HPが!」

「HP?」

「減っています!」


 主婦が指摘する間にも、愛美のHPが4、3、2、1とみるみるうちに減算されていく。


「ちょっと待って! か、回復! あ、どうすれば!」


 ――あなたは死にました。


 愛美はキラキラと粒子になった。


 主婦の女性が「ごめんなさいぃぃぃっ!」と悲鳴を上げている声がうっすらと耳に残った。


 一瞬で景色が大教会の中庭に切り替わった。


 女神像の前にいる神父が、残念そうな顔つきで両手を広げた。


「おお、見習い聖女よ。なぜ供を連れずに街の外へ出たのですか?」


(いやいやいや、ちょっと待って。街中の事故でデスるとかあり得る?!)


「あ、すみません。街の外に出てないです」

「……おお、見習い聖女よ。なぜ街の中で死んでしまったのですか」


 神父が気まずそうにセリフを切り替えた。


「植木鉢が落ちてきたんですよ! どうなってるんですかこのゲーム!?」

「アイミは数奇な運命の輪の中にいるようですね。そのような事故は一度も聞いたことがありません。女神の天啓かもしれませんね」

「見習い聖女ってこんなに死にやすいんですか?」

「物理攻撃には弱いです」

「植木鉢で死ぬくらい? 弱すぎません?」

「……おお、見習い聖女よ。なぜ街の中で死んでしまったのですか」

「いやもうそれいいですから」

「見習い聖女よ。あきらめない心が大事です。女神ナリアーナ様は私たちをお見捨てにはなりません。あなたにも祝福が授けられるはずでございます」

「これまずいなぁ……。勝手に回復するスキルとかないと死にまくる気がする」

「大丈夫です。慈悲はあります」


 神父が慈愛のこもった優しい目でうなずく。

 すると、神父の顔の横にログが現れた。


『蘇生料金700Gを支払ってください』


(慈悲はないのぉぉぉ?!)


 愛美はナリアーナとかいう女神を疑いたくなってきた。


 五回ほど支払い拒否をしたが神父は笑顔のまま同じ言葉を繰り返し、逃げようにも足が動かなかったので、渋々了承して700Gを支払った。


 ――教会へ700Gを寄付しました。

 ――残り所持金600G。


 愛美は1400Gを返してくださいと言いながら、大教会を出た。


(600Gで買える防具がきっとあるはず)


 持ち前のポジティブさで気を取り直し、地図を確認してまた防具屋へ進む。


 しかし地図に気を取られていて、背後からやってきた馬車の「どいてください!」という声に気づくのが遅れてしまった。


 愛美は馬車と接触事故を起こし、お洒落な石畳をころころと転がって光の粒子となった。


 景色が切り替わると、またしても神父が立っていた。


「おお、見習い聖女よ。なぜ街の中で死んでしまったのですか」


 短時間でまたデスった愛美を気づかって、神父が慈愛と悲しみのこもった視線を向けてくる。


「……街は危険がいっぱいだ」

「なんでしょうか?」

「街は危険がいっぱいですよ」

「巨大都市ホープシティは世界一安全な街です。窃盗など起こそうものなら、神殿騎士が駆けつけてくれます」

「でも私、二回デスってますよ」

「おお、見習い聖女よ。なぜ街の中で死んでしまったのですか」

「ダメだこの神父。都合の悪いときだけ旧式AIの返しをしてくるよ」


 愛美が神父へツッコみを入れていると、ファンファーレが鳴り響いた。


(え? 何?)


 目の前にフェアリーが登場し、ぱちりとウインクをして指を鳴らした。


『おめでとう、条件を満たしたよ!』

「条件?」

『君だけのスキルが発現したよ! 頑張って使ってね!』


 フェアリーがくるりと一回転して消える。

 ゴージャスな演出とともにログが出現した。


 ――ユニークスキル【自動治癒(オートヒール)】を獲得しました!


 愛美は目を見開き、急いでステータス画面を操作する。


――――――――――

名前:アイミ

職業:見習い聖女 Lv1

HP:5/5

MP:50/50 

腕力:1

体力:1

敏捷:1 

器用:5

魔力:40

精神:20

スキル:【治癒(ヒール)】【祈り】

ユニークスキル:【自動治癒(オートヒール)】

称号:【無手の博愛者】

装備:初心の杖、初心のローブ

所持金:0G

――――――――――


(ユニークスキル! なんかすごそうなやつ来た〜! あと称号ってやつも!)


 愛美は画面を操作して、ユニークスキルと称号の説明を開いた。


【自動治癒(オートヒール)/使用MPに応じた自動回復を対象に付与する。魔力・熟練度が上がると回復速度・回復時間アップ】


【無手の博愛者/最弱モンスターを攻撃せずに死に、ゲーム開始から三時間以内に合計三回死んだ聖職者に与えられる称号。聖職者専用。レベルアップ時、魔力に上昇補正。自動治癒を習得】


 称号を得たことで【自動治癒(オートヒール)】というユニークスキルを習得したらしい。


 愛美はしばらくステータス画面を眺めて、ぷるぷると震えた。


「――【自動治癒(オートヒール)】!」


 杖を掲げると、金色の光が愛美を包む。

 HPバーを見ると、HPが1ずつ回復している数字が見えた。


「これがあれば死なないよ! しかもユニークスキル! やったね!」


 ばんざーいと手を上げていると、神父が優しい顔つきで拍手してくれた。


「素晴らしい称号を手に入れたようですね」

「ありがとうございます。逆に事故ってよかったです」

「あなたならば聖女への転職ができるでしょう。これからもあきらめず日々精進してください」

「わかりました!」


 朗らかに拍手をしている神父の横に、見慣れたログが出現した。


『蘇生料金700Gを支払ってください』


「空気読んでよぉ!」

「おや、アイミは寄付金が足りないようですね」


 その後、愛美は神父からのクエスト『大教会の草むしりをしよう!』を真顔でこなした。


 愛美が草むしりをしている間にも、シバイッヌにデスった少女の噂はゆっくりと広がっていた。



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