虐げられた貯水槽

富山屋

第1話 カッパの与七はベジタリアン

 カッパの与七は、キュウリよりもカエルが好物だった。

 だがカエルさんを食べるのは可哀想という気持ちも併せ持っていたので、カエルを食べるのはどうしても辛抱できないときだけ、と決めていた。


 今日も与七は川の水面からにょきっと顔を覗かせて、頭の皿をカパリと外す。

 皿の縁にぐるりと生えている髪の毛の一本一本を針へと変容させると(雫を垂らしてしなっていた髪の毛がシャキン、と鋭い針と化すのだ)、ギロチンブーメランと化した頭の皿をキュウリ畑めがけて投げる。皿は土手の地面すれすれを、雑草を刈り取りながら飛んでいき、やがて畑にたどり着く。キュウリがニョキニョキ生え並ぶ畑の中の、狙いを定めた程よいサイズの一つのくびれあたりに食い刺さると、もと来た方へと急転回。つるを引き千切られたキュウリを引き連れて、ギロチンばりの皿は与七の掲げた左手の平へと帰ってくるのであった。


 頭の皿には水は空っぽ。回転飛行の最中に全て飛び散らしてしまっている。与七は皿を頭に乗せるのと、川の中へと潜る動作をほぼ同時に行った。

 皿を外している間の河童の苦しみは、人間でいうところの呼吸を止めている状態に近い。

 だから短時間なら皿を外して如何様にも利用できるが、万が一、皿が戻ってこない事態でも起きれば命に関わる。

 小心者の与七はだから、皿をブーメラン代わりに投げるたびに内心ヒヤヒヤしているのだった。

 与七は水の中でふう、と安堵の息をついてからキュウリを齧り、満悦しながら上流へと向かう。住み処である山奥の滝壺に帰るのだ。

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