第32話 一緒にすることは、下着?

 なんだったかな、裸族ってテレビかなんかで見た覚えがあるんだよ。

 ニュースなのか、情報バラエティなのかなんだったかは忘れたけど、開放感からくる健康効果があって裸族として家の中では裸でいるって人はちゃんと実在するらしい。


 だから妹が裸族になっているのも、そういう副次的な効果を狙ってのことでは――と思っている部分もある。

 そうだよ、健康目的なんだ。やましい裸じゃないんだ。


 だけど、それでも。

 兄貴として、中学を卒業しようとしている妹の裸を見せつけられるのはどうにも都合が悪い。健康であっても健全ではない。


 そんな矢先、蓮華院れんげいん浮津うきつさんという二人のクラスメイトが俺の前で脱ぎだした。全裸というわけじゃないが、クラスメイトの下着姿を前に思春期の男子高校生が真っ当な精神状態でいられるのもおかしい。

 仮に裸族に健康効果があったとして、そういうのは家でやってくれよ! それともなんだ、急に開放しないとまずいストレスでも感じたのか!? 俺のせいか、俺と二人きりだから!?


「もしかして……浮津さんは健康面に不安があるのか!? ストレスとか!」

「ないよ? どうしたのストレスって?」

「……そうか」


 浮津さんの朗らかな笑みが一向にわからなくなる。

 まじまじとも見られず、さっきから横目でチラチラ見ているが、余計に変な気持ちになってくる気がした。


 ――ん? 待て、そういえば俺、女性の下着をしっかり見たいと思っていたような。


 つい先ほど、頼み込んできたばかりだ。

 違う相手――蓮華院と約束こそ取り付けたものの、俺が見たいのは彼女の下着ではなく、妹以外の女性の下着である。


「浮津さん……どうして脱いだのかわからないけど、そういうことなのか!?」

「んーそういうことって?」

「えっと、いいのかなって?」

「いいよ。佐志路部君もその気になったんなら」


 なるほど。そうだよな、俺の家で俺との隣で脱いだのだから、見るなと言う方がおかしいくらいだ。

 見たいなら、見てもいい。


 寛大だ。浮津さんなら蓮華院のように俺をビンタしてくるなんてこともないだろう。


「いいのか、本当に?」

「うん、佐志路部君」

「……ビンタしない?」

「しませんよ」


 クスクスッと笑い声に俺は今一度安堵した。

 確認は十分だろう。前回の反省はしっかり活かしたはずだ。


 俺は満を持して浮津さんの下着姿と改めて対面する。


 ――いかがわしいな。


 もしかすると、さっきまでの俺は後ろめたさから全然しっかりと浮津さんの下着姿を見ていなかったのではないだろうか。

 さてどうだろうか、くっきりと形を見せる胸、薄布の向こうに透けてるようにすら感じる白い肌、大胆に露わになった太もも――なんて淫猥いんわいなんだ!


 ここまできて、やっと俺は薄らと実感し始めた。


 クラスメイトの女子に対する卑猥な感情……つまり。


 つまり?


「じっと見ていますね」


 俺がなにか気づきかけたとき、浮津さんの顔が少しだけ陰った。


「え? ごめん、見過ぎたか」

「そうじゃなくて……ええとですね。見ているだけですね」

「え? あっ感想とか?」

「感想じゃなくて……感想も、聞いてみたいとは思いますが」


 不満げに、というよりかは不服そうに見えた。

 そうか、俺が無言で見とれていたことのは失礼だったのかもしれない。


「す、素敵だと思う。……その、なんだ? こうっソワソワした気持ちになって」

「ふぅん、じゃあ佐志路部君はどうしたいんです?」

「どうって……? えっと……ありがとう?」

「そうじゃなくて」


 よくわからないが、俺は何かを間違えているようだ。

 感想がよくなかったのか。もっと詩的な表現を交えるべきだったのだろうか。満天の星空に輝く一番まぶしい星のように……いや、意味がわからないし、ダメだ、自分の素直な気持ちを伝えたつもちなんだが。


「肌が綺麗だ! すべすべそうだ!」

「……触ってみます?」

「いや、見ただけでも十分わかる!」

「…………」


 どうやら、肌をほめるのは違ったようだ。


「か、可愛いよな。その下着。あれだ、生地もよさそうだ」

「…………」


 ふむ、下着をほめるのも違うか。


「えっと、いいよな。服脱ぐとさ、開放感とかあって。俺は妹が居るからあんまりしないけどさ、部屋の中で下着姿になるとこう、なんだ? のびのびとリラックスできて」

「だったら、佐志路部君も脱ぐ?」

「……いや? 脱がないよ」


 普通クラスメイトの――異性が居る前で服を脱がない、とまで言うと浮津さんのことを否定してしまう。ただ咄嗟に、「脱がない」とは口から出てきた。


 うん、普通に脱がない。


「わかった。わかりました。そうだよね、佐志路部君はそいう人だよね……、全部女の子に任せるタイプだ」

「は、はい?」

「いいよ。わたしがやってあげます」

「え、なにを?」


 浮津さんは大きくため息をついてから、俺に手を伸ばしてきた。


 ――え、なに? 待って、ボタンを外そうと……服を脱がそうとしている!? これって、浮津さんは俺に下着姿で開放感のある体験を無理矢理させようとしているってことか!?


「う、浮津さんは、俺を気持ちよくさせようとしているのか!?」

「ふふっ、正解」


 やっぱりそうだ。まだ下着こそ残しているものの、浮津さんも裸族で、裸の開放感に身を委ねている人間なんだ。


 ――まずい、このままだと俺も裸族の魅力を教え込まれてしまうっ!!

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