第30話 家ですることは、着衣?

 家に誰も居なかったので、俺の部屋に招待するのもおかしいだろうとリビングに案内した。


 みんなの委員長、浮津うきつさんが俺の家のソファーに座っている。


 ――って誰もいない家で二人きりっ!?


 昨日は蓮華院れんげいんとカラオケの個室で二人になって……まあいろいろあったが、それともまた別種の状況ではないか。

 俺はなにをよく考えもせずのこのこと浮津さんを連れてきてしまったのだろう。


 ……でもまあ、こういうのって女性が警戒するのはともかく招く方の男性は変に身構える必要もないのか? 『部屋に来る=自分に気がある』みたいな勘違いで無理矢理に手を出すなんてバカなことをしなければいいだけだ。


 たしかに、クラスの女子が俺の部屋に来たいと言い出したら「もしして俺に気がある?」とも思いたくも成るが、浮津さんは違う。俺に好意がないというのはハッキリわかっている。


 不思議なことだ。

 俺のことを好いている女子がいたというのに、俺が今仲良くしてる女子は俺のことが好きではない。


 ただ俺を嫌っている蓮華院と違って、浮津さんは普通に友達だと言ってくれていたし、ちゃんともてなして笑顔で帰ってもらいたい。


 親父が冷蔵庫で冷やしているルイボスティーのペットボトルを拝借した。それから来客用のグラスを引っ張り出す。


「よかったらどうぞ。あっ、温かい方がよかった?」

「ううん。ありがとう。のど渇いていたから、いただくね」


 隣に座るのもどうかと思って、俺はソファーとセットではあるが、独立している一人がけの方の椅子に座った。

 浮津さんはルイボスティーをグラスの半分くらいくっと飲んで、「冷たくて美味しい」とまた微笑んだ。少し歩いたし、まだ暑いんだろうか。見ればブレザーも脱いで横にたたんでいた。


「……冷房つけようか?」

「ううん、大丈夫」

「……えっと、お菓子とかもいる? 持ってくるよ、たいしたものないけど」

「気にしなくて良いのに」


 いや、むしろ気が利かなかった。せっかくのお客様に、茶菓子もないなんて。

 我が家はあんまり菓子類を食べる習慣がないからな、でも探せばどこかに一つくらいあるだろう。


 記憶を頼りにキッチンの棚やシンクの下の引き出しを漁って、クッキーの缶を見つけた。完全未開封で、賞味期限も問題ない。――親父が会社の人からもらったものだったかな?


 開封だけして、缶のまま持って行く。


「クッキーあったけど、どうかな?」

「ありがとう。ごめんね、急にお邪魔したのに」


 どうぞと差し出すと、浮津さんはクッキーを一枚つまんで食べた。


「美味しい」


 彼女の言葉に安堵して、俺はふと気づいた。

 浮津さん、リボンを外している。さっきまでブラウスの首元にあったはずのそれが、横にたたまれたブレザーの上に置かれていた。

 なんとなく、昨日のことを思い出す。ただまあ、首元がゆるんでいないと落ち着かないというのは俺もわかる。制服のネクタイは、俺も家についたらすぐ外していた。


佐志路部さしろべ君、どうかしました?」

「え? いや……あー、俺も食べようかな」


 たいしたことじゃない。俺も何枚かクッキーを口にほうって、むしゃむしゃ食べる。うん、甘い。普段甘いものをあまり食べないから、それくらいしか感想が浮かばない。


「あれだな、バターの風味が……よく焼けていて……」

「どうしたの?」


 女子とクッキーの組合せで、ちゃんと感想を言うべき錯覚に陥っていたが、よく考えるとさっき俺が持ってきたものだった。別に褒める必要もない。

 空気感に飲まれている気がした。おかしいな、俺の家なのに。文字通りホームで、俺はなにをこんな緊張しているのか。


「ゲームとかする?」

「ゲームかー、あんまりやったことないなぁ」

「いろいろあるし、気になるのあるんじゃないかな!」


 俺は近くにおいてあったコントローラーを操作して、テレビにゲーム画面を映す。直近で遊んだゲームがいくつか並んで出てきて、その中にはそこそこ有名なパーティーゲームもある。

 妹とは体を動かすタイプのゲームをよくやっていたが、浮津さんはどうだろうか。


「これとかやったことないかな?」

「うーん?」

「あー、これも中々面白くて! ……ん?」


 浮津さんの顔色をうかがおうとして、なにか違和感があった。

 気のせいだと思って、また画面のゲーム選びに戻るが、


「……これとか、ゆるい感じの動物が…………えっと浮津さん?」

「動物系かー。わたしペット飼ってみたいなってずっと思ってたけど、マンションなんですよね」

「じゃ、じゃあ……興味……ある?」


 浮津さんの上半身からブラウスが消えていた。

 いわゆる下着というよりは、肌着みたいな――えっと、妹から聞いたことあるな、キャミソールだっけ? ともかく、さっきまでと明らかに違っている。


 どう見ても、さっきより服を脱いでいる。


「興味はあるけど、どうしたの佐志路部君? ふふっ、今の佐志路部君の方がわたしは興味あるな」

「……いやえっと」


 浮津さんは、すごく普通に笑っている。

 自然だ。もしかして、浮津さんは家だと下着姿で過ごすタイプなのかもしれない。そう考えると、「なんで脱いでるの!?」と大声を出すのは失礼じゃないだろうか。

 よくよく考えれば、俺の妹だって裸族なんだ。――いや、妹も友達の家では脱がないと思うけど。


 別に、いいか。キャミソール姿になっても。俺は困らないし。目のやり場には困っているけど。


「じゃあ、やってみる?」

「うん、やり方教えてくれます?」


 俺はゲームを選んで、しばらく流れるメーカーロゴやらのムービーを眺めた。操作できるところになるまで、なるべく画面から視線を動かさず、心を落ち着けるようにしていた。

 平気だよ、昨日だってクラスメイトの下着姿は見たじゃないか。


 浮津さんが俺の家で、自宅みたいにくつろいでくれている。それだけの話だ。俺が変に騒いだり意識したりしなければ、ただそれだけのことである。


「こっから、キャラ選べるから――」


 キャラクター選択画面になって、俺はコントローラーを浮津さんに渡そうとした。

 彼女の方を向くと、


「う、浮津さんっ!?」


 今度は、スカートまで脱いでいた。


 完全に、下着姿である。キャミソールと下はパンツだけ。

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