義妹が裸族になってから、クラスの女子がおかしい
最宮みはや
第1話 待ち受けているのは、裸
家に帰ると、妹が裸だった。
裸にもいろいろある。たとえば親父が下着姿でウロウロしていたら「おいおい、裸でなに出歩いてんだよ」と注意するだろう。
だけど、妹の裸は文字通りの全裸だった。
一糸まとわぬ裸体、白い肌を何一つ隠さず堂々と晒している。
「え? ……え?」
世界改変が起きた?
実は未知のエイリアンに地球が侵略されていて、脳みそを食って寄生しているか、そもそも妹そっくりに変身するタイプか――あれだ、未来から来たアンドロイドだ! 裸なんだよ、あいつらは!
未来のすげー技術あるのに、衣服は転送できないんだ。いやあの設定すごいよな、だって最強の殺人アンドロイドが全裸で登場するってインパクトと同時に、未来からの超技術の兵器は持ち込めませんっていう戦闘力の制限にもなっている。
つまりあれだ、中学一の美少女と名高くて、兄の俺からしたら目に入れても痛くないし、兄(俺)が痛いのだけが唯一の欠点と言われているような妹は服を着ていると強すぎるのだ。
制服だもんな、中学生のブレザー姿。初々しさとなにか隠微なエロティシズムが詰まっている……というのは、高校生の俺が持つべき感想なのかはさておいて。
だから可愛すぎるし、エロすぎる妹は制服を取り上げられてしまったのだ。
なるほど、それなら納得だな。
「ってそんなわけあるかっ!!」
裸より制服着ている方がエロいとか、そんな性癖の段階まだ立ち入ってないのよ、俺!
半年前に高校生になったばかり。少しでも露出が多ければ多いほど嬉しい! そういう年齢だよ!
そういうわけで、妹。
妹だけれども、全裸の彼女に、その裸体に、俺は生唾を飲んでしまった。
「正気になれよ」
これは、全裸の妹と妹の裸に淫猥な感情を抱きかけている俺、二人に向かって呟いた言葉だ。
自宅の中ではあるが、帰ってきた兄を出迎えリビングに全裸で登場する妹。あきらかに異常事態だった。正気じゃないとしか思えない。
かくいう俺も、そんな異様な光景とは言え、妹相手に持つべき感情でない情欲を沸き立たせようとしている。
――いや、妹、妹ではあるが、正確に言えば、義妹だ。
俺が六歳の頃、親父が再婚して、義母の連れ子としてやってきたのが
一つ下で小生意気な部分もあるけれど、すぐに新しい家族を受け入れてくれ、俺を兄と慕ってくれた。
そんな愛すべき妹だ。義妹などという、そんな距離はとうの昔に失われている。正真正銘の妹だ。
だから俺も、妹って言っても血は繋がっていないから――などと言い訳するつもりはない。
義妹だからと言って、妹の裸に興奮する兄などいていいわけはいない。
家族だ。血は繋がっていなくても、家族として十年近く一緒に生活してきた。
昨日まで異性として意識した事なんてなかった。それなのに――。
(兄、失格じゃないか……っ! 妹の裸一つでこんなにうろたえてっ、俺ってやつは兄貴の風上にも置けない飛んだエロガキじゃないかっ!!)
どこまでも愚かな、思春期の囚人である俺は、自分を叱責したい気持ちで一杯だった。だが、それは今じゃない。全裸の妹を前にしてするべきことじゃない。
そうだ、まず妹をどうにかするべきだ。
具体的には、部屋に戻ってもらい、いち早く衣服を着用してもらう。
「服……服はどうした?」
絞り出すように、されど言葉を慎重に選びながら、俺は妹に問うた。
「服って? あ、お兄ちゃんの着替え? 知らないけど、部屋じゃないの? ……それより、まだただいまも聞いてないよ? おかえり、お兄ちゃん」
「え? た、ただいま?」
「うん、おかえりなさい。のど渇いてる? 麦茶いれとこうか?」
普通のやり取りだった。
バスケ部の妹が、練習休みの日に俺より早く帰っているとき、だいたいこんな風だった。
いつも通りの会話なのに、妹がただ服を着ていないというだけで、こんなにも俺の心を惑わしてくる。
「のどは渇いているけど……」
「待ってて、すぐいれてくる! ちゃんとね、あたし先帰って冷蔵庫に新しい麦茶入れておいたんだから」
「そ、そうか。ありがとう」
裸のまま、妹がパタパタとキッチンへかけていく。当たり前だけれど、後ろ姿も全裸だ。いや、後ろ半分服を着ていたからといって、なにも状況は改善しないのだけれど、足の裏まで含めて三百六十度完全になにも衣類を身にまとっていないのが確かとなってしまった。
「いやいや、待ってくれ波実香!」
「どったの、お兄ちゃん? ……あ、もしかして麦茶じゃなくてスポドリのが良かった?」
「そうじゃなくて……服だよ、服!」
「え、服って……だからお兄ちゃんの着替えのことはあたしに聞かれても……もしかして、あたしがお兄ちゃん居ないとき、内緒で部屋に入っているって言いたいの!? し、してないよ、そんなの……たまにしか……」
妹がもじもじと気まずそうに視線を泳がせた。いや、その反応さ、もっと早くからしてくれよ!
(せめて全裸を見られたタイミングからだったなら、いくらか自然な光景だったんだけどな……)
「あのな、そうじゃなくて――」
「ご、ごめんなさい! でも、お兄ちゃん服のことは知らないよ? 今日は、なにもしてないし」
――たまに、俺の部屋入ってたのか。
隠しているいかがわしいものもパソコンの中くらいだから、部屋に入られることは特に問題ない。多分、漫画か辞書を借りたいとか、そういう理由だろう。
「まあ、部屋に入るのは構わない」
「お兄ちゃんの部屋入って良いの!?」
「ああ、好きに入って良いけど……」
「じゃあ、はい、麦茶」
コップを渡されて、そのまま俺は一気に冷たい麦茶を飲む。
部活のない日の妹はたいてい真っ直ぐ帰ってくる。俺は学校で少し面倒事に巻き込まれていたから、多分こいつは一時間ほど冷やされていたのだろう。ほどよく冷えて、のどの渇きと一緒に、俺の気分も多少落ち着かせてくれた。
深呼吸も一度挟んで、改めて妹を見やる。
やっぱり、全裸だ。
幻覚ではない、と思う。一応腕の皮膚を捻り上げるようにつまんでみたが、すごく痛い。
「お、お兄ちゃんどうしたの!? そんなことして……ああ、ほら、腕のとこ赤くなってる……」
妹に心配されてしまう。突然俺が奇行に走ったと見えたのだろうか。いや、今の妹にそう思われるのは全くもって心外なのだけれど。
(どうしたの……も、こっちのセリフだ)
「あのなぁ、波実香よ。心配しているのは俺の方で……」
そうだ。もしかすると妹は、今熱でもあるのかもしれない。そうでなくても、正気ではなく、疲れなのか悩みなのか病気なのかわからないが、自分が裸だと言うことを認識していないのではないだろうか。
(そうじゃなきゃ、全裸でこんな堂々とできるはずない。……そりゃ兄妹だけど、もう波実香は中三なんだ。年頃の妹だぞ)
こほん、とわざとらしく咳を付いて改める。
あれだ、妹は朝が弱いから寝ぼけてうっかりパジャマのまま登校しようとしていることがあった。今回のことも、それが最高レベルとなっているだけなのだ。
であれば、兄としてするべきことは『いかに妹の自尊心を傷つけないのように裸であることを伝えるか』である。
「ええとだな、だから服のことだ。俺の服じゃなくて……」
「なにお兄ちゃん、まだ服の話? お兄ちゃんの服じゃないって、じゃあ誰の服の話なの?」
「いや、それはその……ほら? わかるだろ?」
「わかんないよー。だって、あたしは服着ていないし……他に誰かいるの? 誰の服の話したいの?」
「え、いや、その」
今、言いましたよね? 『あたしは服着ていないし』って、え? さらっと口にして流して良い内容かそれ? 自分で言ったことを疑問に思えないほど、妹の精神状態は正常じゃないのか?
――ともかく、妹は自分が全裸であることをちゃんと認識しているようだ。
妹の身や心になにが起きているのかはわからない。
けれど、妹は自覚して全裸らしい。
この兄、
妹よ、どうして突然裸族になってしまったのだ。
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