五臓六腑の限界 〜筑波山(女体山)・筑波山(男体山)〜

早里 懐

第1話

曇天が続く8月


私たち夫婦がお気に入りの山々は軒並み悪天候であった。


よって、比較的天候に恵まれている南側に照準を当てた。


百名山の中の一座で東の霊峰といわれる筑波山。


ここに決めた。


登山の日の朝は早い。


日が昇る前に起きて身支度を整え出発する。

もちろん妻と一緒だ。


私たち夫婦は健康には比較的気をつけている。

登山を始めてからは尚更だ。


その証拠に妻は朝コンビニでプロテイン飲料を買った。


まさに健康的だ。


私たちはマイカーを市営筑波山麓駐車場に止めて、日本の道百選に選ばれている「つくば道」を通り筑波山へ向かった。


つくば道は左右に土蔵造りの家が並びとても風情が漂っていた。


その中でも「旧筑波山郵便局」にはひときわ目を奪われた。異国情緒感の漂うレトロな佇まいはその道に十分過ぎるほどのアクセントを与えていた。


私たちは筑波山神社に着いた。


筑波山神社は約三千年の歴史を有する古社だ。丸みをおびた瓦屋根の真ん中にシンボルである大鈴が配置され、そのすぐ下には一本のしめ縄がしっかりと張られている。

その威風堂々たる佇まいには畏敬の念すら抱かされる。


いざ筑波山へアタック。


と、その前にトイレに寄った。

私は用をたしたあと、妻を神社前のベンチで待った。



…妻が来ない。


私は神社前に祀られているさざれ石を眺めていた。


……妻が来ない。


私は心静かにさざれ石を眺めていた。


………妻が来ない。


妻の身に何かあったのか心配になった。

その時であった。

妻は一山登った時にみせるやつれ切った表情で足取り重くこちらに向かってきた。


何を隠そう妻は絶望的なほど胃腸が弱いのだ。

原因は…。

そうだ。

間違いなく健康のために摂取した朝のプロテイン飲料に含まれる乳成分だ。


私たちは神社脇を通り白雲橋コースで登ることにした。

しばらく登ると妻はとても苦しそうだった。

どこか痛いの?と聞くと妻はこの辺と言って指で円を描くように上半身を全体的に囲った。


いまだにプロテインに含まれる乳成分の逆襲が尾を引いていたのだ。


私は引き返すことを提案したが妻は頑なに首を縦には降らなかった。


話し合いの結果、様子を見ながらゆっくり登ることにした。


妻は好調な時は10分間の前進と十分な休息を繰り返す。


しかし、今日は10歩前進と十分な休息の繰り返しだ。明らかに不調である。


白雲橋コースの涼しい樹林帯が唯一の救いであった。


やっとの思いで私たちはつつじヶ丘駅から続くおたつ石コースとの合流地点に到着した。


そこで暫く休憩し体力が回復したところで女体山山頂を目指した。


ここからのコースはいわゆる奇岩が所々で私たちを迎えてくれた。登山者達は奇岩に合わせた思い思いの格好をしてシャッターをきっていた。


そんな登りのコースも最後の一踏ん張りである岩場まで到着した。


妻は最後の力を振り絞り登り切った。


女体山山頂に着くと私は関東平野を見下ろす絶景に目を奪われ、岩場を渡り先端まで駆け寄った。季節柄霞がかっているのもまた幻想的であった。


暫く絶景を眺めた後、妻はどの方角を見ているのかなと思い振り返った。


すると、妻は絶景にも目をくれず柵に寄りかかり斜め下を見ていた。

五臓六腑が限界に達したため、座れる石を探していたのだ。


しかし、残酷にもお盆休みの女体山は足の踏み場もないほど人でごった返していた。

つまり、座れる場所などないのだ。


絶景に酔っていた私は我に帰り妻のもとに駆け寄ってこの人混みを抜け出した。


私たちは山頂広場で休息を取った。


その後、男体山へも二人で登頂したかったが、妻の五臓六腑がそれを許可しなかった。

よって、私一人でお邪魔した。


山は下山時が危ない。

よく耳にする言葉である。

カロリーを消費したいと言う妻をどうにか説得して私は妻をケーブルカーに乗せた。


私は御幸ヶ原コースで一人下山した。

こちらのコースは階段が多くとても整備された道であった。

また、百名山ならでは多くの登山者ともすれ違った。


私は無事筑波山神社に戻った。

妻はベンチで待っていた。


妻の顔を見ると元気そうで安心した。


そんな妻は美味しそうなアイスが売っていたと言って私をケーブルカーの宮脇駅まで誘ってきた。


どうやら妻の五臓六腑はいくばくか回復したようだった。

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五臓六腑の限界 〜筑波山(女体山)・筑波山(男体山)〜 早里 懐 @hayasato

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