きみが死ぬまでは

広瀬 広美

おでかけ

 深夜二時の天井を一人きりで見据えるきみは、部屋に時折響き渡る奇妙な破裂音の正体がただの家鳴りだと知っているけれど、どうしても数時間前に見た『パラノーマル・アクティビティ2』の映像が頭をぎり、非現実的なもしかしたらの悪い妄想に苛まれて寝付けないでいる。結果として、明日の学校に起きれないかも知れないという、現実的な恐れをも抱いていた。


 二年生になって六ヶ月ほど、ちょうど高校生の折り返し地点で、きみは失恋を経験した。男子バスケットボール部の先輩に、一年生の秋から憧れまじりの恋心を抱いており、昨日に当の彼へ告白すると、すでに恋人がいることを伝えられた。

 昨日、といっても二十四時間以上も前の話じゃない。恋の終わりはつい八時間ほど前の、木曜日の放課後のことで、彼が恋人の存在を切り出すまでの、「あー」という訥弁とつべんの長さすらも簡単に思い出せる程度の時間的距離しかない。

 応援してくれた友人に、きみが金曜日に言いたかった言葉は、「付き合うことになった!」だったけれど、現実が妄想に追いつくことはなく、そのまま時間だけが追い越してしまいそうになっている。

 心傷のきみは、その傷を癒すのではなく、より大きな傷で覆い隠そうとして、ホラー映画を鑑賞することに決めた。これが自傷の感覚なんだな、なんてたいそうに浸りながら、映画サブスクで『パラノーマル・アクティビティ』の第一作を観ていると、その実、本当にフラれたことが大したことではないような気がしてきて、そのまま第二作も観た。

 きみはやけに冴えた脳で思う。一作目までならちょうど良かった。二作目からの傷は、少し大きすぎる。もとより、ホラーは得意ではないのだ。

 今日の学校で、登校したきみが友達に言うべき言葉は、「フラれちゃった!」だったのに、これじゃあ、「ホラー映画が怖くて寝れなかった」しか言えない。そして、その友達はをしているので、きっと『あっ、この子はフラれた悔しさで眠れなくて、ホラー映画を観たからなんて言い訳をしているんだ』と思われてしまうだろう。それはなんだか癪だった。きみは実際、フラれたからホラー映画を観たのだけれど、真実とは違う受け取り方をされるのは気に食わない。

 もう恋には蹴りをつけたのだ。よぎった時間は僅かでも、確かに、今ここにあるきみの心は彼に向いていない。心の方向は、愚直なまでに純粋に、明日へ向けて、である。

 睡眠は一種のタイムカプセルだ。不治の病に罹った肉体を冷凍保存して、未来の発展した医療技術に託すように、きみは暗闇と奇妙な音に支配された心を、陽の当たる温かな未来へと渡したかった。もっといえば、単純に眠たかった。

 心も身体も睡眠を欲している。けれどきみは眠れずに、ターコイズブルーのベッドで に仰向けに寝転んで、天井を見ている。

 天井が少し落ちてきた、ような、気がする。

 それが気のせいだったと気づくのに、時間はかからなかった。今度は誰かが隣で寝ているような音がして、きみは少し驚きながらも、冷静さを失わないよう勤めた。

 そのうち、このままじゃダメだ、ときみは思う。

 睡眠不足で授業を受けて、みんなの前で居眠りをするなんて非常識なことをすれば、友達兼、保護者代わりに怒られてしまう。それを常としている、毎日眠そうな同級生を知っているけれど、彼はあまり周りからの評判は良くないし、きみもいい印象を抱いていなかった。

 きみは理に適ったことしかしない人だ。その『理』が、時に自分本位な理屈でしかないことは分かっている。それでも、自分の納得を優先したい年頃だ。そんなきみの今日の理屈は、いつもよりは単純だった。

 失恋をホラー映画で打ち消した、この心の動きは、俗にショック療法というヤツだろう。ならば、ホラー映画でつけられた傷を、さらなるショック療法で打ち消せばいい、と。

 きっと眠気のせいだろう。きみはこんな理屈を信じて、月すら出ていない深夜の曇り空へと向かう。フィクションの暗闇に勝つために、本物の暗闇を見に行こう。

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