お客様は神様です

青樹空良

お客様は神様です

「店長を呼べ! お前では話にならん!」

「え、ええと、申し訳ございません」


 僕は深々と頭を下げる。

 コンビニでバイト中、やってきたお客の男性が怒り出した。そういうときは、まず言い返さず頭を下げておいた方がいいと店長からは言われている。言い返すと余計に逆上してしまうことがあるらしい。

 が、初めてのことで戸惑ってしまう。コンビニでバイトなんてこれまでやったことがなかったから。

 まずは店長の言う通りにしてみたけれど、


「おい、聞こえてないのか? 店長を呼べって! お前じゃ責任も取れないんだろう? さっき買った弁当に箸が付いてなかったんだ。この店は客のことをどう思ってるんだ。手で食えとでも言うのか!」


 それだけのことで、どうしてそこまでと思う程、男性は怒り狂っている。


「お客様は神様だぞ! 俺は神様だ!」


 男性が叫んだ。

 僕は思わず顔を上げて男性を見た。顔を真っ赤にして怒っている様子だ。でも、


「そうなんですか!」


 僕は嬉しくて弾んだ声を上げてしまった。


「僕もなんです!」

「はあ?」


 男性が顔を歪ませる。


「え、あの? あなたも神なんじゃないんですか? だから、僕もなんですよ。神なんです。ああ、だから正体をバラしても大丈夫だと思ったんですね? 人間には秘密にしておかないといけないですもんね。あなたも修行中ですか? でも、僕も神だからよかったですけど、人間に向かって怒鳴り散らすのはやめた方がいいと思いますよ。あ、もしかして、僕がどれだけ人間になりきっているか試すつもりだったんですね? ありがとうございます。わざわざ僕のために」


 僕はにこにこと笑って頭を下げる。


「ここに来てから自分以外の神に会うのって初めてで嬉しいです」


 そう言った瞬間、僕の背後がパッと明るくなる。


「ぐっ! 眩しい!」


 男性が驚いたように目を閉じる。


「な、なんだ!? まさか、新しい防犯装置か!? そんなものが置いてあるのかこの店は!」

「あ、ごめんなさい」


 同族に会えたことに嬉しくなって、思わず後光が射してしまった。

 いつも気を付けていたのに。

 神だとバレてはいけないので抑えなくてはいけないのに。

 彼も後光とは思わず、人間が作った装置だと誤解したみたいだ。


「ちょっと光っちゃいました」


 僕は照れ隠しに笑う。


「でも、この世界ってもう後光とかいらないくらい明るいですよね。今だって夜なのにこんなに明るくて。僕、びっくりしちゃいました。人間の文明ってすごいんですねぇ。あなたもそう思いませんか?」


 思わず饒舌になってしまう僕に、何故か男性が後ずさりする。


「お前、頭おかしいんじゃないのか? 何言ってんだ? 今日のところは勘弁しといてやる」

「店長は呼ばなくてもいいんですか? さっきあんなに……」

「もういい! 気持ちの悪いヤツだな。クソッ」

「あ、お箸……」


 箸を渡す間もなく、逃げるように男性が行ってしまった。


「もう少しお話ししたかったのになぁ……」


 僕がしょぼんと呟いていると、


「大丈夫だった?」


 店の奥から店長がやってきた。


「今、モニターで見て気付いてね。よくこの店に来るクレーマーが来ていたみたいだったから慌てて来たんだけど」

「クレーマーですか? 先ほどの男性なら、慌てて帰られましたよ」

「その人だよ。毎回、来ては店長を出せと怒鳴り散らすから店としても困っているんだ。よく帰ってくれたね。どうやって追い返したの?」

「追い返すなんてそんな、少しお話をしただけです」


 僕はにっこりと笑って答える。本当に、どうしてあんなに慌てて帰って行ってしまったのだろう。




 ◇ ◇ ◇




「人間界に行ってるとき、そんなことがあったんだ。でもね、何故かそれから彼は僕のバイトしているコンビニに来なくなったんだけどね。それで僕のお陰で厄介な客が来なくなったって、店長には感謝されたんだ。来店する度に呼び出されて怒鳴り散らされるから、仕事にならなくて困ってたって。でも、せっかくだからもう一度くらい話してみたかったな。どういうつもりであんなことしてたんだろうって聞きたくて」


 同じく人間界で修行して帰ってきた友神に、僕はあの時のことを話していた。


「だってさ、僕だけじゃなくて人間にまであんな態度を取ってたみたいなんだよ。僕たち神が人間界に修行に行くのって、人間に対して傲慢にならないように、人間と同じ目線で世界を見ることを学ぶためでしょう? 彼はきちんと理解してたのかなぁ。それとも、なにか理由があったのかな」

「うーん。それって……」


 僕の話を聞いた友神は何故か複雑そうな顔をして唸った。そして言った。


「修行しに行ってたの、日本だよね?」

「うん。日本って八百万の神がいるんでしょう? だから、きっと彼もその一人なんだよね」


 友神がふるふると首を横に振る。


「違うの?」

「私も日本に行ってたんだ。それで、知ったんだけどね。それ、日本人の言い回しの一つらしいよ。お客様は神様です、って。だから、それ、神じゃなくて人間だよ。まぎらわしいから、やめて欲しいよね」

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お客様は神様です 青樹空良 @aoki-akira

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