第23話 水都目線②

 中二の春休み。公園でたまたま、佐藤乃亜に会った。ゆらりちゃんの一番の友達。

 佐藤乃亜から、ゆらりちゃんの希望している高校名を聞いた。その日から僕は、その高校に行きたいと思うようになった。

 

 僕は私立中学に馴染めなかったし、体調不良も重なって、出席日数がギリギリだった。

 僕は、環境を変えるために県立高校に進学したいと訴えた。両親は「名門校に入ったのに……」と嘆いたが、僕にはそれよりも大切なことがある。


 ゆらりちゃんに会って、謝罪したい——。


 僕は弱虫だ。ゆらりちゃんが川瀬杏樹たちに嫌がらせをされているのを知りながら、助けられなかった。

 川瀬に「意地悪するのはやめてほしい」と何度も訴えた。けれど川瀬は「そんなことするわけないじゃない。誤解だよ」と笑ってはぐらかした。僕はそれ以上きつく言えなかった。

 しかしそれが、絶交という最悪な事態を招いてしまった。


「みなっちはかっこいいよ。わたしのヒーローだもん」


 幼稚園のとき。ゆらりちゃんは満面の笑顔で、そう言ってくれた。

 でも僕は、大好きな女の子を守れなかった。ヒーローになれなかった。そのことが、心に暗い影を落とした。



 そんな僕を哀れに思ったのか、神様が味方をしてくれた。高校でゆらりちゃんと同じクラスになったのだ。

 それなのに、ゆらりちゃんは僕を見ない。挨拶もしてくれない。

 ゆらりちゃんは僕を許していないことを、思い知った。


 僕は泣きながら、【つぶラン】に投稿した。


【ん@supenosaurusu・4月9日

 人生って全然甘くなかった。苦さに溺れそう】

【ん@supenosaurusu・4月11日

 僕ってダメ人間】


 絶望の日々に、イライラが加わる。僕のことをかっこいいと騒ぐ女子たちに、うんざりする。

 僕は見た目がいいかもしれない。でもそれは、両親からもらった容姿のおかげで、僕自身は全然かっこよくない。

 ゆらりちゃんに話しかけるのが怖くて、見ていることしかできない。僕は相変わらず弱虫で、こんな自分、ゆらりちゃんが嫌うのは当然だ。


 そんなある日。光が差した。

 塾帰りに町田魅音が、「ゆらりのSNSのアカウントを教えようか?」と言ってきたのだ。


「ゆらりがなにを考えているのか、知りたくない?」

「知りたいよ。でも、無断で見るのはよくない」

「これが日記帳だったら、勝手に見るのはよくないよ。でも、SNSだよ? 不特定多数に見られるのを前提として成り立っているSNSだよ。見られたくない人は閲覧制限をかければいいのに、ゆらりはそうしていない。これって、見てもいいってことだから。難しく考えなくていいよ」

「…………」


 誘惑に勝てずに、ゆらりちゃんの【つぶラン】を覗き見た。それも、町田魅音からアカウントを教えてもらったその十五秒後に。

 そして、僕は知った。

 ゆらりちゃんは、父親と妹と弟の四人暮らし。去年、おばあちゃんが亡くなった。生活費を切り詰めて、貯金している。近くのコンビニでバイトをしている。などなど……。

 高校の入学式があった日のつぶやきを読んで、僕は舞いあがった。


【ゆり@yurarinko・4月8日

 幼馴染の男の子がいた! びっくり!! 神様が謝るチャンスをくれたのかも。絶交したことを後悔している。仲直りしたい。でも、いまさらどう謝ったらいいのかわからない】


 ゆらりちゃんも仲直りしたいと思っていた!!


 僕は勇気をだして、早速、近所のコンビニを回った。ゆらりちゃんが働いているコンビニを見つけ、手紙を渡した。


『明後日、護摩神社で会いたいです。大切な話があります』


 謝りたい。仲良くしたい。ゆらりちゃんの隣に、戻りたい。


 ゆらりちゃんは僕のことをどう思っているのだろう?

 気になって、【つぶラン】を見てみると……。


【ゆり@yurarinko・1分前

 無理だって諦めていた。こんな自分、彼には似合わないって。でも限界。好きだと気づいてしまった。可愛くなりたい】

 

「あー……」


 絶望のため息がこぼれる。床に寝転がって、片腕で目元を覆う。


「好きな人、いるんだ……。僕……じゃないよな……。ゆらりちゃんが似合わないって思うぐらいだから、よほどのいい男なんだろうな」


 相手を探るために、コメントを入れる。


【ん@supenosaurusu・30分前

 ゆりさんの好きな人ってどういう人ですか? 差し支えのない範囲で教えてもらえたら幸いです】

 ↓

【ゆり@yurarinko・1分前

 とっても素敵な人です。いつかデートできたらいいなって夢見ちゃいます】


 鼻の奥がツンと痛み、目尻がじわっと熱くなる。


 幼稚園生のとき。「結婚したい」と言ったら、ゆらりちゃんは満面の笑顔で「いいよ!」と言ってくれた。

 子供の他愛ない口約束。無効だってわかっている。そんな会話をしたこと自体、ゆらりちゃんは忘れているだろう。

 でも僕は、それを支えにして生きている部分がある。

 だいぶ耐性がついたけれど、それでも、人の多い場所や閉鎖的な空間や汚れた場所が苦手なままだし、においや空気や視線や音に過敏に反応してしまう。

 この世界で生きていくことに、僕は向いていない。それでも生きているのは、僕の未来にゆらりちゃんがいるとの希望を捨てきれないから。

 

「でもそう思っているのは僕だけで、ゆらりちゃんは別に、僕じゃなくてもいいんだよな……」


 好きな人の幸せを願えたらいいとは思う。だけど、残念ながら僕は心が狭い。


「ゆらりちゃんが他の男と付き合うって考えただけで、蕁麻疹がでそう」


 憎しみを込めて、コメントを入れる。


【ゆり@yurarinko・10分前

 とっても素敵な人です。いつかデートできたらいいなって夢見ちゃいます】

 ↓

【ん@supenosaurusu・30秒前

 無理じゃないでしょうか?】


 スマホの先にいるゆらりちゃんに向かって、つぶやく。


「僕を好きになってよ」



 

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