第24話 川瀬杏樹目線

 小学一年生のとき。同じクラスの男の子に恋をした。名前は、由良水都くん。私の王子様だと確信した。

 私は可愛いものが大好き。特にプリンセスグッズが大好きで、誕生日やクリスマスには、祖父母と両親から、お姫様のドレスやティアラや可愛い靴などをもらっていた。

 私は由良くんと友達になりたかった。だって、お姫様にはとびきりに素敵な王子様が必要でしょ。

 誕生日会に誘ったのに由良くんは、「そういうの苦手だから」と困った顔をした。手作りの招待状を受け取ってくれなかった。両親は気に留めなかった。


「女の子の家にくるのが恥ずかしいんでしょう」


 納得できなかった。だって、聞いてしまった。


「お母さんが、ボクの誕生日会をしたいっていうんだ。友達を連れて来てって。ゆらりちゃん、来てくれる?」

「いいよ!」


 ねぇ、由良くん。変じゃない? 女の子の家に行くのは恥ずかしいのに、自分の家には女の子を呼ぶわけ? それも、鈴木ゆらりっていうダサ女子を呼ぶなんて変。

 私は由良くんに迫った。


「由良くんの誕生日会。私も行ってあげる」

「ごめん」

「ごめんってなに? どういうこと?」

「……来るの、一人だけでいいんだ……」


 はしゃいでいた心が、すぅーと冷えた。王子様に断られた……?


 憎々しげに、鈴木ゆらりを観察する。

 ブスではないけれど、飛び抜けて可愛いわけじゃない。私のほうが数倍可愛い。

 プリンセスにはほど遠い、鈴木ゆらり。 

 同じ服を着て来ることが多いし、その服はシミが付いていたり、袖口の糸がほつれていたり、洗濯のしすぎて縮んでいたりする。貧乏って感じ。

 母に聞いたら、「鈴木さんのお母さんって、子育てに熱心ではないみたい。変わった人なのよね」と言葉を選んでいるみたいだった。


 貧乏ダサ子が王子様に好かれるなんて、生意気。

 私は鈴木ゆらりをいじめることにした。その結果、由良くんと絶交させるのに成功した。

 いい気味だ。ダサい貧乏人が調子に乗って、「みなっち」なんて呼ぶからだ。私の王子様にダサいあだ名をつけないでほしい。

 私は由良くんと恋人になる日を夢見た。しかし残念ながら、由良くんは私立中学に行ってしまった。

 私は由良くんのことを忘れ、サッカー部の前田くんに夢中になった。前田くんといい感じになったけれど、ガキだった。男友達と遊ぶほうが楽しいと言われてしまった。


「同級生ってガキなのよねぇ。やっぱり、年上じゃないと」


 高校に入ったら、素敵な先輩と恋するぞ! 

 たとえば、野球部の谷先輩とか。顔はそこそこだけれど、プロ野球入りするかもしれないと噂されている。野球に興味はないけれど、有名人の彼女っていいよね!

 そんな期待に胸を躍らせていたら、運命的な再会を果たした。

 高校に、由良くんがいたのだ。大人っぽくなっていた。丸みを帯びていた輪郭はシャープになり、目鼻立ちは凛々しく、眼差しや唇はクールで、無造作な黒髪は色っぽい。細かった体が、いい具合に逞しくなっていた。

 谷先輩より、断然かっこいい!!


「私の王子様は、やっぱり由良くんしかいない!!」

 

 だけど、運命を感じたのは私だけじゃなかった。

 同じクラスの高梨ひなが、「絶対に由良くんと付き合う。これは運命の出会い!」って、ひとり勝手に盛りあがっている。

 高梨ひなが、飛び抜けて可愛いのは認める。けれど、プリンセスじゃない。だって、人の彼氏を欲しがるって噂だ。

 高梨ひなも「人のものって、良く見えるんだよね」と、いけしゃあしゃあと言っている。

 顔はプリンセスだけど、性格は魔女って感じ。王子様の隣に魔女は似合わない。


 私は、由良くんを見つめ続けた。気がついてほしかった。


「あれ? もしかして、川瀬さん? 綺麗になったね」


 そんなふうに、由良くんにも運命を感じてほしかった。

 それなのに、一度だってこちらを見ない。視線が合わない。

 由良くんは、寂しそうな目をしていた。孤独感の強い雰囲気に、「クール」「ミステリアス」「群れないところがかっこいい」「私が由良くんを笑顔にしたい!」女子たちは騒いだ。

 だが、私の感想は違う。由良くんの視線の先には──鈴木ゆらりがいた。

 鈴木ゆらりは生意気にも、由良くんを見ない。そのことに、由良くんは寂しがっているようだった。


「ぶらりのくせに生意気! ふざけんなっ! 死ね!! 貧乏人のくせに、生きてんじゃねーよ!!」 


 悔しい悔しい悔しい!! なんで、ぶらりなわけ? ぶらりのどこがいいの? 私のほうが何十倍も可愛いのに!!

 怒りが沸く。ぶらりと目が合うたびに、威嚇してやる。そうするとぶらりはおどおどして、気弱な表情でうつむく。

 私はだいぶ賢くなった。表立っていじめたりはしない。私の評価が下がるからだ。いじめは、バレないようにやるもの。


 ぶらりは身の程をわきまえて、由良くんを避け続けるべきだった。なのに、勘違いをしてしまったようだ。

 九月の雨の日。昇降口で、由良くんはぶらりを傘に入れた。ぶらりは由良くんと並んで歩きだした。

 私は二人の後をつけた。雨音に混じって、ぶらりの笑い声が聞こえた。

 由良くんと別れた後。ぶらりは、幽霊でも出てきそうな汚いアパートの二階に入っていった。


「さぁて、どうやっていじめてやろうかな」


 シンデレラは、美人だったから王子様に見初められたのだ。鈴木ゆらりごときがシンデレラになれるだなんて、勘違いをしてはいけない。そのことを教えてあげなくてはならない。

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