第20話 恋の付箋紙
翌朝。水都が教室に現れると、わたしはとっさに目を逸らした。
(露骨すぎたかな……。だって、昨日のコメント、傷ついたんだもん……)
水都は、わたしが【ゆり】であることを知らない。水都は正体の知らない人に向けて、デートをするのは無理なんじゃないでしょうか。と発信したにすぎない。
だけどわたしは傷ついたし、水都を好きだと自覚したその日に否定されたのが痛かった。取り柄のない貧乏地味女子が不相応の相手に恋をしても叶うわけないと、神様から諫められたように思ってしまった。
水都はコンビニに来て、わたしの家族分のブリトーを買ってくれた。「食べた感想を言い合おうよ」と、会話のきっかけを作ってくれた。
それなのにわたしは、露骨に避けている。水都と目を合わせることをせず、近寄ることもしない。水都を見ないから、彼がどんな顔をしているのかわからない。
わたしの心を表しているかのように、空を灰色の雲が覆い、四時間目から雨が降りだした。
お昼休み。魅音はわたしのおむすびを取りあげた。
「きゃあーっ! わたしのおむすびを返してよー!!」
「うちに報告すること、あるよね?」
「ないです」
「いや、あるね。うちの目は誤魔化せん。あんたと水都くんの様子、変だもん。水都くん、なにか言いたそうな顔でゆらりのことを見ていた。なんかあった?」
「別に、なにも……」
「いただきまーす!」
おむすびを包んでいるラップを開けようとする魅音。代わりに、魅音のお弁当を奪いたいけれど、魅音は自分のお弁当を太ももに挟んでいる。鉄壁のガードに歯ぎしりをするしかない。
「わかった、話すから!! 魅音のお弁当をちょうだい!」
「交渉成立。今日は自分で作りましたー」
魅音のお弁当を開けてびっくりする。白いご飯とたまごふりかけ。おかずは、冷凍食品っぽいコロッケが二つ。
「え? これだけ? お母さん、具合が悪いの?」
「ううん。友達と温泉旅行に行っている。どう? 魅音特製手抜き弁当は?」
「手抜きすぎて、泣けてくる」
わたしは、魅音特製手抜き弁当を。魅音は、鮭おむすびと昆布ちりめんおむすびを食べる。
教室なので、周囲に聞かれないように、声量を下げて話す。
「昨日、水都がバイト先に来たんだけど……」
わたしは昨日あったことを洗いざらい話した。
魅音は黙って聞いていたが、話が終わると、「具が少ない」と悲しそうな目で訴えた。
「おむすびの感想はいらないから。そうじゃなくて、その……水都はどういうつもりで、無理だってコメントを入れてきたと思う?」
「知らなーい。本人に聞けばぁ?」
「だってそうしたら、水都のSNSを覗き見していることも話さないといけないわけだよね? 聞けないよ」
「あ、そっか……」
魅音はなぜか、不自然に視線を泳がせた。焦っているように見える。
「どうしたの?」
「なんでもない!」
魅音は白々しい笑い方をすると、顔の前で両手を振った。
「まぁ、なんていうかー……、いろいろと誤解が生じるよね!!」
「んん?」
「なんでもないっ!! ひとりごとでーす! それよりもっ!!」
魅音は「それよりもっ!!」に力を入れると、手づかみで冷凍コロッケを口に放り込んだ。
「あ、コロッケ食べたっ!」
「うちのお腹は、おむすび二つじゃ満足できない。それよりもさ、水都くんはブリトーなんちゃらを奢ってくれたんでしょ? それに対して、シカトするのは人間としてどうかと思うよ。取り柄のない貧乏地味女子だなんて、誰も言っていない。悲劇のヒロインぶるのはやめなよ。神様は諫めてなんかいない。むしろ、応援している。それにさ、約束は守ったほうがいいよ」
「うん……」
ウジウジしている自分は嫌いだ。自分のことを好きになりたいのなら、細かいことに捉われずに、勇気を出さなくちゃ。
わたしは黄色い付箋紙に、『一緒に帰りたいです』と書いた。何食わぬ顔で水都の机の横を通り過ぎながら……サッと、水都の机の上に付箋紙を貼った。
(嫌われていないかな。大丈夫かな……)
不安なことばかり考えてしまう。
六時間目が始まる直前。水都がわたしの机の横を通った。青色の付箋紙が机に貼られる。
『僕も一緒に帰りたいと思っていた』
いかにも女子らしい丸文字のわたしと違って、水都の字は綺麗だ。止めや跳ねがしっかりしている。
自分の机に戻った水都と、目が合う。こそばゆくて、へへっと笑うと、水都もふわりと笑った。
放課後。わたしと水都は目で合図して、一緒に教室を出る。会話を交わすことなく、少し離れて歩く。たまたま近くを歩いていますよ、といった
昇降口を出ると、雨が強くなっていた。
「傘忘れた。どうしよう……」
「僕の傘に入りなよ」
水都が、グレー色の傘を広げた。
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