第497話 【驚天動地】トロイの木馬



 【魔王】の依代と化した少女、宇多方うたかたしずの身体が……突如として糸の切られた操り人形のように『かくん』と力を喪う。

 腰後ろから生える幹で、その小柄な身体を宙吊りのように支えられてこそいるものの……傍目から見る限りでは、とてもそこに『魂』が宿っているようには感じられない。



 ときを同じくして……少女の腰後ろから繋がっていた異色の大樹が不気味にざわめき、脈動するかのように全身を震わせる。

 大きく伸ばされた枝の一つ一つ、葉の一枚一枚に至るまで、この『神域』から奪ったのであろう高密度の魔力が行き渡っていく。



 ぼんやりと光って見えるのは、表面に浮かんだ微細で緻密な魔法陣。

 あるものは【防御】、あるものは【結界】、あるものは【熱線魔法】……そしてまたあるものは【飛翔】と【爆破】。




 幹に、枝に、葉に、それら数多の魔法陣が一斉にあかりをともしていき……この世ならざる異界【隔世カクリヨ】の夜闇に浮かぶ明かりは、さながら神秘に満ちた神木のようで。

 しかしてその実態は……この世界のことわりをぶち壊し、侵略を試みる異世界の魔手。




 かつて世界ひとつを崩壊させた、【魔王】と呼ばれる異界の大樹が。


 数えきれぬ程の【熱線魔法】を束ね、『勇者』たる白亜の鎧を撃ち落とさんと……殺意に満ちた目覚めの叫声を上げる。




(ラニ!!?)


(…………ッ!! ボクに構うな! !)


(く、ぅ、……ッ!)




 本来の身体である大樹へと、その意識を戻したらしい【魔王】メイルス。


 つい先程まで身体を好き勝手弄ばれていた少女の、今や『がっくり』と項垂れるその身体のすぐ傍らで。



 おれはおもむろに姿を曝し……親愛なる勇者に託されたを両手で掲げ、思いっきり振り下ろす。




「ぬェありゃァァァ!!!」


≪――――縺舌≦縺」!!!?!??!?≫




 攻城砲と化したミルさんによる大規模攻撃魔法と、足元をチョロチョロしながら煽りまくる因縁の相手……【魔王】にとってやっかい極まりないであろう、二つの懸念事項を隠れ蓑に。


 入念かつ執拗な【隠形】【隠蔽】【静寂】を纏い、相棒から伝家の宝刀を借り受けたエルフの魔法使いが……こうして、こっそりと『囚われのお姫様』へと近付いていたのだ。



 【魔王】の意識が『大樹』へと移った今こそ、依代となっていた彼女を奪還する最大の好機である。

 果たしておれたちの作戦通りに、接続部の幹を断ち切ることに成功。軽く華奢な少女の身体をしっかりと抱き止め、おれは追撃を警戒しつつ全速で撤退を図る。




『よくやったノワ! あとは任せろ!』


「い、一旦下がるから! 絶対に…………ぜったいに、気をつけてよね!!」


『ははっ! 誰に向かって言ってるのさ! 我こそは『勇者』……【天幻】のニコラぞ!』



 心強い相棒の声に背中を押され、おれは一時的に主戦場を後にする。

 奪還に成功した彼女の安全を確保し、身体と心のケアをするためにも……戦場と化したこの結界内で最も安全な場所へと急行する。





 それこそが……悪辣なる【魔王】の最後の策であると、ついに気づくことの無いまま。










――――――――――――――――――――








『この世界の魔法使い殿は……【檻顎草ディオナクラプトゥス】は、ご存知無いかな? …………あぁ、なるほど。こちらの世界由来の植生モノでは……コレか。『ハエトリソウ』というしゅが近しいかね?』


「ぐ、ぎ、……っ! 誰が『ハエ』だ、失礼な……!」


『ふふふ。……これは失礼した。いや何、美味しそうな餌に釣られてふらふらと飛んでくるさまが、ね。あまりにも滑稽だったもので』


「ぅぐァ……ッ!?」




 ……まぉ、おれがなった原因は……ひどく単純なものだ。


 全身を弛緩させた彼女の身体を落とさぬようにと、ぎゅっとかかえて飛んでいたおれの身体を……突如、ガッチリとホールドし返してきたのだ。


 一瞬感じた違和感、そして背筋が凍るような悪寒に、おれが行動を移す前に。

 幼げな少女の四肢でガッチリと拘束され、【飛翔】魔法の構築に失敗したおれの身体に……彼女の身体から現れたトラバサミのような葉が喰らい付く。



「『ハエトリソウ』は、こんな……握力強くなッ、…………ッ!?」


『そこはほら、【檻顎草ディオナクラプトゥス】と言っただろう? ふらふらと餌に近付く憐れな亡者を捕らえ糧とする……愛らしい女神の睫毛まつげだよ』


「……ッ!? ちょ、待……ッ!!」



 一本、二本、そして三本。勇者ラニ印の防具のお陰で皮膚を喰い破られることこそ無いが、その握力とトゲトゲのせいで逃れることは難しい。


 そうして完全に『捕まった』憐れなる獲物の末路は……まぁ言うまでもないだろう。

 思えば最初に会ったときから、あの【魔王】は度々口にしていた。



 おれのこの身体を……最上の素材を、計画のために是非とも手に入れたい、と。





『君のその身体があれば、『我等が世界』との跳躍は容易い。開かれし【門】は我が身のみならず、多くのヒトビトをも容易に送り込めるだろう』


「…………っ、ふざ………ッ!?」




 おれの全身に十重二十重とえはたえに絡み付く、【魔王】の全身から伸びる赤黒いツタ

 みるみるうちに勢いを増し、次から次へと押し寄せてくる『植生』の末端器官。


 シズちゃんの身体もろとも、根っこの『繭』へと閉じ込められたおれの身体は……もはや身じろぎさえ叶わない。



 それに加えて……極めて遺憾なことに。

 この『繭』の中では、魔法の行使を阻害する結界のようなものが張られているらしく。


 おれが全力でヤれば、ブチ破れないことは無いかもしれないが……そうなるとゼロ距離で密着する少女の身体は、恐らく助かるまい。

 ……まぁ、こうして躊躇した隙を突かれて窮地に陥ってりゃあ、まるで格好つかないわけですけどね。




『……赦しは、乞わん。せいぜい恨み、呪ってくれたまえ。……だがそれでも……『この世界』にどれ程恨まれようと、私は…………を滅ぼした張本人である、私だけは』




 か弱いおれ本来の力では振りほどけず、頼みの綱の魔法でもぶち破れず。


 完全にの状況へと追い込まれ、今まさに身体を乗っ取られようとしているおれの耳に。





『…………他の何を犠牲にしてでも……を、を…………私が、元通りに直さねばならないのだ……!』







 ひとりぼっちの【魔王】の、さびしい勝利宣言懺悔が。


 とてもむなしく……届けられ。




 おれの意識が、塗りつぶされた。





――――――――――――――――――――




※ネタバレ:逆転勝利します(主人公なので)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る