第450話 あの世界を救うために



「…………『リヴィ』が……帰っていない?」


「…………、…………! ……、……!!」


「心配は解るが……落ち着いてくれ、『アピス』。…………『ソフィ』は、何と?」


「………………、…………。………………」


「成る程、さすがあの子は行動が早いな。……あの子にしては、少々働き過ぎな気もするが」


「…………? …………、…………」


「……そうだね。そもそも『ソフィ』のは『充分な休眠』であった筈だ。…………その望みを反故にしてまで、あの子は……私の指示以上に、働き過ぎている」





 浪越市中心部の某所、一等地に聳え立つタワーマンションの某上層フロア。ここは富裕層向けの分譲マンションの、以前よりも静けさを増したリビングスペース。

 そこは今や、都会的で小綺麗な内装を台無しにする程に多種多様なゴミで溢れ……見る影もなく荒れ果てていた。



 そんな混沌に沈むリビングにて向き合う、初老の男性と幼げな少女。

 不安を隠そうともしない少女の、声にならない嘆きに応えるのは……『魔王』メイルスをその身に宿す、彼女達の保護者。


 その名を、山本五郎。

 末期癌にその身を侵され、世間から見放され、自らが育て上げた会社の経営からも一度は追放されたものの……病から奇跡的な回復を果たし、自身を放逐した筈の経営陣を得て、華麗に経営の第一線へと返り咲いた……異様ともいえる経歴を持つ『経営の神』。



 渋面を覗かせる老人と、悲痛な面持ちの幼げな少女。

 その二人を今まさに悩ませていることこそが……『仕事』を与えたが一夜明けても帰還せず、また連絡も取れない状況にあるという現状である。




「…………もどった。……おまたせ」


「……おかえり、『ソフィ』。無事で何よりだ」


「…………!! ……、…………!?」


「ん。…………現場周辺には、見当たらない。……だけど……『仕事』は、ちゃんとやってた。……貯まってた魔力、予定どおり……ちゃんと拡散」


「任せた『仕事』は問題無く済ませた。その後に、何らかの事態に巻き込まれたか…………或いは」


「ん。……痕跡、不自然に途絶えてる。……たぶん…………『勇者』に、捕まった」


「!? …………、……!!」




 ソファの上を占拠していた包装ゴミを払い落とし、帰宅したばかりの少女がその身を預ける。

 幼さ残る小さな唇から紡がれた、彼女の『妹』に関する調査結果は……この場にいる者たちが最も懸念していた、まさにその状況であったらしい。


 行方知れずの少女が携わっていたのは……『魔王』メイルスが画策している計画を、大きく進める重要な一手。

 この世界この国に『魔力』を広く厚く拡散させるために、人為的に造り出した『魔力溜まり』を炸裂させ、その魔力爆発の圧力で魔力を広域に拡散させる。

 他に魔力由来の現象が存在し得ないこの世界であれば、環境魔力や地脈によって減衰されることはほぼ無い。ひとたび指向性を付与されれば、大気分子の動きや風に影響されずにゆっくりと、しかし着実に拡がっていく。


 当初の目的こそ、予定通り事を進めたようだったが……しかし待ち受けていたのは、手勢のひとりが敵の手に落ちたという事実。




「…………ボクの、失態。……すてらの回収まで、ボクが受け持つべきだった。…………一ヶ所ずつ、確実に、万全で……潰すべきだった」


「いや…………状況を俯瞰した上で、最終的な決定を下したのは、私……だよ、。……大丈夫だ、


「…………ごめん。……ありがと、






 山本五郎の中に巣食う『魔王』が望みを果たすための、その前提条件は……ふたつ。



 ひとつはこの世界が魔力で満たされ、人々を魔力に適応させること。


 そしてもうひとつは……【門】を開くためのを確保すること。



 このうち魔力のほうは概ね計画通り、右肩上がりに増えていっている。カモフラージュとなる天然の魔物も、このペースだと近いうちに自然発生し始めるだろう。

 そうなれば、あとは時間の問題だ。『魔物』に対する対処を人々が学べば、異世界に送り込むための準備は整う。


 しかし、もう一方。【門】を開くための、充分な魔力を溜め込んだ人柱については……用意していた人柱使徒三名のうち一名は敵の手に落ち、一名は魔力を大幅に減じている現状だ。

 浪費してしまった魔力は『望み』を果たさせることで回復させるとして……しかしそれでも、手元に残るのは二人分。

 溜め込める魔力は……当初の計画の、ほんの七割程度。



 このままでは……計画に支障を来す。

 計画を進めるためには、何らかの対策を打たなければならない。


 敵の手に落ちた『リヴィ』を見つけ出し、回収するか。

 もしくは……喪失した『リヴィ』の代替品を、急ぎ工面するか。



 しかし……そんな事実は。そんな計画は。

 人柱本人たる娘たちは……当然、知る由もない。




「『ソフィ』…………拐われた『リヴィ』の所在は、判らないのか?」


「……探そうと、思えば…………ボクの【明晰夢ルシッドドリーム】なら……警察署、こっそり潜り込める……けど」


「相応に魔力を消費する、か。…………難儀なものだ。大気中の魔力を直接使えれば、どれ程楽なことか」


「……ボクが使う、には……まだ……濃度が、薄い」


「そうだね。……この程度の濃度じゃあ、まだ使には到底足りぬ」




 山本五郎は顎に手を当て、暫し考えると……自らの行動目標に、新たな項目を追加する。

 自身の持つ企業チカラ仲間コネを有効に活用し、自身の計画の軌道修正を図るための応急処置を、内に潜む『魔王』監修のもとで次々に立案していく。


 たとえば……今や主力産業と化した独自素材『含光精油』を活用した、即効性の魔力充填用薬剤――いわゆる霊薬ポーション――の精製。

 これまでは魔力を回復させる需要など存在し得なかったが、今後は違う。


 これから先、幸いにして魔力に適応することができた人類用の……へと放り込むニンゲン共に宛がう用の、各種装備品や消耗品。

 『ソフィ』の濃い疲労は……それらの製造に舵を切る、いい機会と言えよう。




 『人柱』の魔力補填のほうは、で問題ないだろう。

 そしてもう一方、の確保に関しても……幸い、ある程度は目処がついている。






 親愛なる【天幻】の勇者、ニコラ・ニューポート……変わり果ててしまった彼が従者として引き連れている、長命種の雌個体。

 アレは……自らが仕立て上げた使徒にも勝る、極めて優秀な材料であると。




 その『材料』を確保するための好機が、着々と近づいているということを……『魔王』は知っていた。




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