第431話 【親睦計画】初陣に御座いまする



「ご主人殿、ご主人殿! えっへへぇー、ご主人殿の愛らしい伴侶である小生の、その歓迎の儀に関するお話に御座いまする」


「アッ、それ自分から言っちゃうんだ?」


「えぇ、えぇ! なにせ夜泉ヨミ様公認の『嫁』すなわち伴侶にございますゆえ、ひいては人生を共にする間柄に御座いますれば! それは当然、贅を尽くし豪勢たる装いにて催し戴けるものと確信しておりまするが」


「オッケー任せろ。チョコとコーヒーとネギとニンニクとアボカドと水仙買ってくわ」


「しょっ、そんなご無体な!!?」




 よい子のみんなはくれぐれも、大切な家族であるうさちゃんにチョコとかコーヒーとかネギとかニンニクとかアボカドとか水仙とか、絶対に食べさせちゃダメだぞ!

 他にも食べさせちゃダメなものは色々あるから、目の前の便利なガラス板でよーくチェックするようにね!!


 ……とまぁ、おれもさすがに冗談ですし。

 お預かりした娘さんに何かあってはマズかろうと、こうして軽く探りを入れてみたわけなのだが……どうやらやっぱり苦手なようだ。



「……いえ、その……ご心配を賜り恐悦至極に御座いまするが、別に腹を下すわけでは御座いませぬ」


「アッ、そうなの?」


「えぇ……えぇ。小生の母上も姉上も、何不自由なく食して居られましたが…………し、しかしながら、小生の……この、高尚たる味覚には、どうやら合わぬようで」


「つまり……可愛らしい食わず嫌いってことね。オッケー買ってこ」


「ん゛んっ! 後生に御座いまする! 後生にございまする! いえ確かに小生可愛らしく御座いまするがしかしそれは別として! ……それになにより水仙は食物として相応しく御座いませぬ! われらの糧とは成りえませぬ!」


「お庭に植えるんだよ」


「なるほどぉ」



 どうやら食の好みとしては、神使といえどちょーっと食わず嫌いのケがあるだけの女の子みたいだ。

 まぁそりゃそうか、霧衣きりえちゃんだって何も気にすることなくたまねぎとかチーズとか食べてるもんな。なつめちゃんも熱いのはちょっと苦手だけど、好き嫌いは無いいいこだもんな。




 っというわけでまぁ、つい先ほど神々見かがみの方々と感動的なお別れを済ませた朽羅くちらちゃんとわれわれだったが……現在こうしておしゃべりに興じながら、神々見かがみ湾岸道路(上り線)を爆走中だ。

 後部座席ではモリアキとラニが賑やかに話し込んでおり、なつめちゃんが時折それに言葉を加え、霧衣きりえちゃんはにこにこ顔で聞き耳を立てつつも若干しょんぼりしてるみたい。……多分昨晩の一戦のおはなしなんだろうな。

 そして一方のおれはというと……順調にハイベース号をかっ飛ばしながら、助手席に身を沈めて上機嫌にまくし立てる小さな巫女さんと、こうして言葉を交わしているわけである。


 ……というのも、ほかではない。

 オウチに……というか休憩地点サービスエリアに着くまでに、この子にはいくつか確認しておきたいことがあったからだ。




「…………で、さっきのなんだけど……結局のところ、どう? べつに無理強いはしないし、断ってくれてもちゃんとお客様として扱うし」


「愚問にございますな、ご主人殿。小生とて夜泉ヨミ様にお仕えする神使の端くれなれば。鶴城ツルギ囘珠マワタマの同輩が務めを果たしているのに、小生だけが惰眠を貪って居ようと在らば……それこそ、神々見カガミ神使の名折れというもの」


「ほぇ…………ごめん、正直ちょっと意外だった」



 相談というのは、ほかでもない。

 単純にして明快、おれたちの『本業のわめでぃあ』に対する協力要請だ。


 いちおうヨミさまからは『そなたの嫁なのだし、如何様に働かせてくれて構わぬ』と言われているのだが……かといって本人にやる気がないのにカメラの前に立たせるのは、視聴者さんたちから不興を買ってしまう恐れがある。

 なので、本人の意思確認。やりたくないようなら無理強いはせず、家事手伝いとして受け入れようかとも思っていたのだが……意外と言っちゃあ失礼なのかもしれないが、予想外の熱意とともに受け入れてくれた。



 確かに、少々調子に乗りやすく自意識過剰で口も過ぎるし漏れやすい構ってちゃんではあるけども……本人が自信満々に誇示するその容姿と、一切気後れせずに飛び出すその心の強さは、かなりのものだと思っている。なお飛び出た後も心が強いとは言っていない。

 愛情とともに弄って貰えるような立ち位置であれば……この子はこの子で、なかなかにと思うのだ。


 …………と、いうわけで。




「じゃあ……期待してるね、朽羅くちらちゃん。細かい報酬規定とか待遇とか、あと寝床とかお部屋とかは帰ってから相談させて貰うとして……取り急ぎさっそくお仕事一つお願いしたいんだけど、いい?」


「……っ!! し、しょうがないで御座いますねご主人殿! 早速小生の身体をお求めで御座いますか! んへへぇー! ……ご安心くださいませご主人殿! この朽羅クチラに二言は御座いませぬ、ご主人殿たってのお願いと在らば、何だってこなして見せまし」


「「「今なんでもって言ったよね?」」」


「ュひゃぇえ!?!?」











「ご…………ご主人殿ぉー!! ごじゅじんどのぉー!! わぁーん!!」


「よーしよしよし……こわかったね、大丈夫だからね朽羅くちらちゃん。安心してね。大丈夫だからね」


「わうぅ、わぅぅぅ……も、申し訳御座いませぬ、若芽様…………この霧衣キリエめが付いておきながら、朽羅クチラ様にこのような……」


「大丈夫、こうなる気がしてたから」


「…………??」


「ごじゅじんどのぉー!!」





 日本有数の観光地でこれまで過ごしてきたこともあり、多くの人間に対しても、特に思うことは無かったのだろう。

 当初こそ余裕の表情で出掛けていった朽羅くちらちゃんだったが……大勢の人々の注目を浴び続け、数多の視線を一身に受け続け、スマホやカメラを向けられ続けるという経験は、さすがに無かったようで。


 『霧衣きりえおねえちゃんと一緒に人数分ハンバーガーセット買ってきて』というミッションはじめてのおつかいこそ成功させたものの、こうして泣きじゃくりながら帰ってきたわけだ。



 まぁ……そりゃそうだよな。

 そもそもここ御斎所ございしょサービスエリアは、このあたりでは指折りの大規模サービスエリアだ。

 神々見かがみ湾岸道路(上り)を利用するひとの多くが立ち寄る場所であり、年間通してかなりの賑わいを見せているわけだが……早いひとはもう夏期休暇に片足突っ込んじゃってるわけだしな、いつも以上に混雑してるようだ。


 そんな賑やかなサービスエリアに、突然『はっ』とするほど綺麗な和服美少女と、小さくて可愛らしい巫女服姿の美幼女が現れたら……まぁ、人目を引かないわけが無いわけで。

 今や『のわめでぃあ』の立派な看板娘として、そのテの界隈ではなかなかの知名度を誇る霧衣きりえちゃんが、明らかに只者ではない可愛カワい子ちゃんを引き連れていれば……それはつまり、この様子を見た視聴者さんに『ひとつの推測』をもたらすには充分なわけで。




(どうだった? ラニ)


(ばっちり。自信満々だったクチラちゃんの顔がどんどん歪んでくの。めっちゃカワイイ)


(いやそっちじゃなくて。……いやそっちもなんだけど)


(うん、そっちもバッチリ。ちゃーんと流れてたよ)


「うぅ……ごじゅじんさまぁ……(ずびっ)」


「あーよちよち、よく頑張りまちたねぇ。……じゃあ落ち着かないだろうし、中入ろっか。霧衣きりえちゃんもありがとね、なでなでしてあげようね」


「は、はいっ」


てぇてぇ映像いただきましたァ!!)


(ナイスゥ!!)






 運転席側のシェードを落として、キャビンの窓もブラインドを落として、扉に鍵を掛けて。

 即席ではあるが、これでおれたち専用のパーティールームが出来上がったわけだ。


 ハイベースの外で様子を窺っている方々には申し訳ないが……ここから先はオフレコ、身内だけでのお楽しみだ。



「じゃあ、おねえさんを務めてくれた霧衣きりえちゃんと、ギャン泣きしながら買ってきてくれた朽羅くちらちゃんに感謝して……いただきます!」


「「「「いただきます!」」」」


「ぐしゅっ…………いただぃ、まぅ」


(((((可愛い……)))))





 皆がみんな、手に手にバーガーやポテトをつまみ、わいわいとジャンクなお昼ごはんを堪能していく。なんだかんだで、幅広い層に人気だもんな。安定のおいしさである。

 塩っけの強い百パーセントビーフパティのバーガーを、肉食系姉妹も美味しそうに啄んでくれているようだ。


 そういえば朽羅くちらちゃん、ギャン泣きしてたけど大丈夫だろうか。外の人間にトラウマ負ったりしてないだろうか。……今後のおしごとに対して、不安を感じちゃったりしてないだろうか。

 そんなおれの……部下のメンタルを思いやる、たいへんやさしい心遣いは。





「ご主人殿! 小生の『おいも』が……愛らしい朽羅クチラめの『おいも』が無くなって御座いまする! あぁ、あぁ! なんという! なんたる悲しき結末に御座いましょうか! つきましてはご主人殿の『おいも』を小生にお譲り賜りたく」


「全裸に剥いて外放り出すぞマゾガキウサギ」


「んふふぅぅぅーー……ッ」




 驚異的な回復力を見せた彼女のメンタルをまざまざと見せつけられ、つい辛辣に返してしまったわけなのだが……当の本人は頬を朱に染め、満面の笑みで、もじもじと嬉しそうに身をよじらせている。


 あれは恐らく……単純にハンバーガーセットが美味しいから、というだけでは無いはずだ。

 ……どうやら単純な罵声さえも、彼女を悦ばせる結果となった模様。



 いやはや、とんだモンスターがいたもんだ。

 この打たれ強さはもう……才能ですね。



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