第411話 【現場視察】明かされた情報



 おれたちが今回、三恵みえ県の松逆まつざか市まで足を運んだのは……くだんの『含光精油』製造元の工場見学の許可が、やっと降りたことに始まる。


 その効能はすさまじく、品質的にも間違いなく『本物』の魔力素材。現在この世界を脅かしている『葉』を駆逐するための特効薬である『含光精油』だが……その製造元には他ならぬ『魔王』の影が見え隠れしているのだ。



 どういった工程で、どういった材料から、どういった環境で製造されているのか。それらが解るだけでも、これが『薬』なのか『毒』なのかを判断する切っ掛けとなり得る。

 そう考えて臨んだ工場見学だったが……偶然にも工場近くの老舗すき焼き店にて、くだんの『含光精油』製造元の重役と『魔王』従僕との逢引現場を目撃してしまい……思わぬところで『ほぼ黒』であることを知ってしまったわけなのだが。




「せっかく来ちゃったしね。春日井さんにも悪いし」


「そうだね。判断材料は多いに越したことは無い」


「……じゃあ、打ち合わせ通り……オレ達は車で待ってるんで」


「そだね。工場見学は……ボクら『正義の魔法使い』が行ってくるよ」



 待ち合わせ場所であるコンビニの駐車場……人目につきにくい裏手にて、ラニは門から全身鎧を取り出す。

 おもむろに【人払い】の魔法を拡げたラニちゃんは鎧の胴体部分を『ぱかっ』と外し……おれの方を見てにっこり微笑み、しきりに『いいよ、キて』とアピールを送ってきている。

 観念したおれは……相棒のフォローを得ながら、おれよりも二回りほどはデカい鎧を着込んでいき、鎧との隙間はラニの【義肢プロティーサ】でキッチリと埋め……こうして完全に『鎧に着られた』若芽ちゃんの出来上がりだ。


 厳密に言うと……ラニの【義肢プロティーサ】を着込んでいる、というような形だろうか。おれの身体全体は具現化させた魔力の筋肉で覆われ、ラニの意のままにおれの身体が動かされる。とっても変な感じだ。

 なお視界は鎧の首もと、胸当てと兜との隙間から得ているぞ。アンダーアーマーを除けば、意外と隙間だらけのようだ。


 おれの頭上、鎧の兜部分にはラニちゃんが収まり……こうして出現した、『正義の魔法使い』二人羽織り。

 ここに隠密行動の必需品【隠蔽】効果つきのフード付き外套を、全身鎧ごとすっぽりと覆うように身に纏い……見た目も二人羽織りに近づいたわけだな。まぁ一般の方には輪郭さえおぼろげに見えるだろうけど。



 こうしておれたちが準備を進めていたところ、ほどなくして到着したのは……ちゃんとお願い通りの、車高高めのワンボックスカー。運転手はもちろん春日井さんだ。

 軽くご挨拶とお礼をさせてもらい、車に鎧ごとお邪魔させていただき、扉を閉める。ハイベース号とその乗組員とは、暫しのお別れとなるわけだな。


 春日井さんの運転で走り出した車に揺られ、山のなかに作られたにしては妙に走りやすい道路を進むことしばし。

 やがて唐突に現れた入門ゲートを潜った先には……広大な敷地と、これまた大きくて広々とした建屋……『ヒノモト建設バイオマテリアルセンター』が佇んでいた。


 搬入口とおぼしきエリアには、大型トレーラーの姿も見られ……なるほどな、ああいう車が走れるように広い道を作っていたわけだ。






「視察の方でしょうか。お世話になってます。大変お待たせし……まし…………?」


『アッ、お世話になります。怪しいですけど怪しいものじゃないです』


「御世話になっております。……特定獣害対策室愛智支部、室長の春日井と申します」


「あーっと……大変失礼致しました。ヒノモト建設バイオマテリアルセンター、広報担当の中村と申します」


『はいはい。人呼んで『正義の魔法使い』、ジャスティス・アンノウンです。よろしくね』


(なにそのセンスの欠片も無い名前)


(なによお! いーじゃんどうせ仮名なんだから!)


(そのまま通り名で定着しちゃったらどうすんのさ!! やだよおれ『ジャスティスです』とか名乗んの!!)


(やだじゃないんだよ! もう言っちゃったんだからしょうがないでしょ諦めんだよ!!)


(やだァーーー!!)


「だ、大丈夫ですか? えーっと……ジャ」


『せめてアンノウンでお願いします……』


(あっノワおばか! そんな勝手に!)


(ラニに言われたか無いよ!!)




 街中で遭遇したら通報待ったなしの、全身ローブに身を包んだ鎧姿の人物……隣に社会的信用の塊である春日井さんおまわりさんが居てくれなかったら、間違いなく春日井さんおまわりさんのお世話になっていたことだろう。

 ……というか、春日井さん対策室長なのか。栄転だよな、今度ごはんおごってもらお。……左遷じゃないよな?


 ともあれ、工場の方……バイオマテリアルセンター広報の中村さんには、おれ(たち)が『こういうキャラ』なんだということは納得して貰えたようだ。

 事前に春日井さんを通して、無理なお願いしていた甲斐があった。こんな正体不明人物を企業の心臓部である工場に招き入れようなんて……はっきりいって、正気の沙汰じゃない。



 おれ(たち)が『正義の魔法使い』であるということと、この工場で精製されている『含光精油』について詳しく知りたがっていること。

 現在世間一般に広く知られているこれら情報を提示する分には問題ないだろうし……あえて先方に鎌をかけることで、おれたちの『敵』なのかどうかを判断する材料にもなるだろう。


 まぁもっとも……つい先程、恐らくこの会社の『専務さん』と魔王の使徒がイチャコラしてるのを目撃してしまったわけだが。




 しかしながら現状、目の前の『広報担当の中村さん』からは、これといって敵意のようなものを感じ取ることは出来ない。

 むしろこの感情はどちらかというと『敬意』や『尊敬』、そして『感謝』などといった好意的なもの。


 事実として、中村さんの案内は非常にわかりやすかった。

 パワポのスライドを印刷したとおぼしき資料も用意してくれていたし、おれ(たち)の質問にもきちんと答えてくれたし、その解答にも嘘や偽りの気配は見られなかった。


 つまりは……『ヒノモト建設』そのものは黒に近いグレーかもしれないが、この工場で精製されている『含光精油』ならびに精製に携わっている従事者の方々は、単純に『この製品が特定害獣の駆除に役立っている』ということを誇りに感じてくれていると、そういうことなのだろう。

 中村さんの説明口調には、決して『言っちゃダメな部分を秘匿しよう』なんていう雰囲気は感じられなかった。おれたち『正義の魔法使い』の助けになればと、『含光精油』のこと細かな情報その全てを、余すところなく開示してくれたのだ。




 ……だからこそ。

 混じりっけなし、純度百パーセントの好意で応対して貰ったからこそ。


 この工場のすべてが、災害である『特定害獣』の駆除に本気で取り組んでくれているからこそ。



 おれたち『正義の魔法使い』パーティーの中で、最も魔力探知能力に秀でた妖精フェアリー種の彼女は……全身鎧の中で人知れず、その表情に『苦渋』の相を浮かべていた。




(…………ねぇ、ラニ……これ、もしかして)


(うん、そうなるね。…………してやられたよ、全く)


(もしかして……結構、ヤバいかも?)


(直接的にヤバいわけじゃないけど……副次的には、充分にヤバい。『手遅れ』ってやつだね)


(あおーーーーん…………)



 『含光精油』の原料であるとされる新種の植物、レウケポプラ。

 おれたちの世界において、これまで誰一人として知らなかった……全く未知の存在。



 それが大量に栽培されているという、この工場周辺では。




(気のせいなんてレベルじゃない。あからさまに大気中の……環境魔素イーサが濃い。……この環境下でなら、ともすると生命維持に絞るなら、ノワの助け無しにボクが存在できてしまえる程に)


(…………ラニのもと居た世界に、魔素イーサの濃度が近づいてる……ってこと?)


(ああ。……そういうことだね、含光精油はあくまでオマケ、完全な目眩ましだ。真の目的はあの植物を大量に生育させ……その代謝で魔素イーサを大量に作り出すこと)




 ファンタジーと決別し、神秘の薄らいだはずの……科学技術とともに歩んできたはずの、この世界。


 それが今、根底から塗り替えられようとしているわけだが……それを止める手だては、どうやら残されていないらしい。




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