第406話 【業務拡充】積極的登用作戦



 おれたちの私有地に侵入してきたこともそうだが……おれたちが今回、いつも以上に過剰な防衛反応を示したのには、ひとつの理由がある。


 その理由こそ、今回おれたちが目指している目的地に関係するわけだが……今回の目的地およびそこで画策している企画は、いつも以上に周囲を警戒する必要があるためだ。




「よっし到着! このへんなんですが……どうでしょう?」


「……ほう、これは」


「んー……やっぱ増水してたっぽいね、ここも」


「うわまじか。小屋の場所気をつけないと。……いい場所だもんなぁ、とっても涼しげで」




 おにわの山林の某所……玄関から出ておよそ十分程度斜面を下った、澄んだ沢がさらさらと流れる一角。

 いつぞやおれが環境音動画を撮影し(ようとし)、ハンモックを掛けたりお昼寝をしたり霧衣きりえちゃんとおひるを食べたりした場所だ。


 川岸には平坦な土地もあり、穏やかな流れの水場もあり、いろんな用途が浮かんできそうな、ロケーション的にも抜群なこの場所で……今回は『おにわ部』名誉顧問の天繰てぐりさん全面監修のもと、とあるプロジェクトを立ち上げようとしているのだ。



「……そうですね。平坦な砂地も充分な広さが御座います。……建屋を設けるは、冠水を避けるにも斜面を拓くのが良いかと。……幸い、傾斜も緩やかに御座います。削り、ならせば、充分な面積は確保出来ましょう」


「あの、頭領。樹上に作るのはダメですかね? 真っ直ぐで芯の通った樹がいっぱい在りますし」


「……迦葉カショウ、本来の目的を忘れるな。御嬢様達に素裸で梯子はしごを昇らせる気か」


「……でも……楽しそう。二階建て、とか……どう? 頭領」


「…………先ずは、平屋にて。脱衣・更衣場を仕上げ……高床小屋は、然る後に考えようかと。……如何で御座いましょう、御屋形様」


「ツリーハウスってやつですか!! めちゃくちゃ興味あります!!」


「さっすが御屋形様! 話が解るー!」


「「迦葉カショウ」」


「………………御容赦を」


「……阿呆姉ぇ」




 天繰てぐりさん配下の烏天狗三人娘……ダイユウさんとカショウさんとクボテさん。

 先程から今回の計画に関して、積極的に意見を述べてくれているのだが……というのも、ほかでもない。実はなにをかくそう、他ならぬ彼女達の住処を造ろうとしているのだ。


 ……いや、単純に『住処』と称するのは違うかもしれない。

 伝達の齟齬が無いように、今回の計画すべてをご説明させていただこう。




 まず最初に……おれは来る夏に向けて、この沢を遊泳可能な環境に仕立て上げよう……という計画を立てた。早い話が天然プール計画だな。


 砂地を掘り下げ、岩を並べ、形を整え、池を造り、沢の水を導き、遊泳可能な水量を溜め置き……完全プライベートの渓流プールを造り(水着姿の霧衣きりえちゃんを堪能し)たい、というのが第一目標である。

 あの素晴らしい白ビキニをもう一度。



 次に……更衣室兼休憩室となる小屋をすぐ近くに建設する、という計画。


 実際に渓流プールを完成させたとして、自宅で水着に着替えてからここまでやぶを突っ切ってくる……なんていうのもナンセンスだろう。

 おれはまだしも……かわいい霧衣きりえちゃんやなつめちゃん、彼女らの乙女の柔肌に傷を付けるわけにはいくまい。


 まぁ……お着替えや衣類置き場以外にも、急な雨風を凌いだりお昼ごはんを食べたりお茶を飲んだり。またプールに入らずとも、単純に水音を聞きながら優雅にティータイムを楽しんでみたり。

 小屋ひとつ有るのと無いのとでは、その場の利便性が大きく異なることだろう。



 そして……奇しくも先程の侵入者を目撃したことで、おれと天繰てぐりさん双方とも、その必要性を大きく上方修正する形となった……三つめの計画。

 それはずばり、おれたちが所有貸借する敷地内の『警邏拠点』としての役割であり……要するにそれこそが、警備員である烏天狗ちゃんズの寝床だ。


 なんでも聞くところによると、おれたちのおうちのすぐ近くの物置小屋を改装し拠点としている天繰てぐりさんとは異なり……こちら三人の烏天狗ちゃんズは、要するに『通勤族』なのだという。

 ここ岩波市近辺ではない、ぶっちゃけ高速道路で三十分とか一時間とか掛かるくらいの距離の山に、人知れず庵を建てて拠点としているらしい。……水道は無いけど電気とWi-Fiはあるんだって。


 ならこの山を拠点としてもらい、ついでに敷地内の警備もお願いできませんか……とおれがお願いしようとしていた矢先、頭領(であるらしい)天繰てぐりさん直々に転属命令が下っていた。……いや言おうとしてたけども。

 とうの三人娘も然して気にする様子もなく、なんと二つ返事で転属ならびに引っ越しを了承してのけた。……いや助かるけども。




 ……というわけで。


 渓流プールと、更衣室兼休憩小屋と、警邏詰所兼宿直室。

 これら三つの要素を満たすための、『おにわ部』新たなる挑戦が始まろうとしているのだ。

 ……局長ではなく、名誉顧問てぐりさん総指揮のもとで。




「えーっと……今さらですが、本当にいいんですか? 天繰てぐりさん」


「……えぇ、手前は別段構いませぬ。……昨今の御屋形様の御多忙振りは、手前共も存じて居ります故」


「……すみません、完全に労働奉仕させるだけな感じになっちゃって……」


「……いえ。……実を申しますと……先日、御屋形様が件の映像を公開して以降……手前の調子がすこぶる好調に御座いまして」


「………………ほぇぇ?」


「……あーノワ、あれじゃない? モタマ様が言ってた……視聴者さんの支持がそのまま信仰に繋がってうんぬんの」


「あ…………あぁー! じゃあなに、つまり……天繰てぐりさんが『すこ』されればされるほど、天繰てぐりさんの……神力? が上がってく……みたいな?」


「…………えぇ、恐らくは」


「「「「「おぉーーーー」」」」」



 驚愕の新事実に、おれたちだけでなく烏天狗ちゃんズも興味津々の歓声をあげていた。

 動画を公開し、視聴者さんたちに喜んでもらうことで、関心と信仰を得られるということは……彼女たちにとっても他人事ではないのだろう。


 なにしろ……天繰てぐりさん総指揮のもと進行される『おにわ部【水辺開拓編】』。

 こちらで作業担当として活躍していただくのが……ほかでもない、烏天狗ちゃんたちなのだから。


 神様や天狗さんたちの事情の、その詳しいところはわからないが……これまでは広く名の知れた天狗でないと、人々から信仰を得ることが出来なかったのだ。

 ダイユウさんたちのような若手天狗でも、こういう形で信仰を得られるというのなら……それはとても魅力的なのかもしれない。




「……では、あらためて。わたしもこまめに見に来るようにはしますし、霧衣きりえちゃんもお弁当持ってきてくれるとのことですので。……何かあれば、REINメッセージのほうでも対応しますので……どうか、宜しくおねがいします」


「……はい。承りました。……不肖、狩野カノ天繰テグリ……以下三翼。謹んで拝命致します」


「ありがとうございます。……あっ、カメラお渡ししておきますね。使い方は……」


「……御心配無く。手前も用意して居ります故」


「アッ!!! 最新型!! ハイロゥテンだ!! いいなー!!!」






 ともかくこれで――言い方は悪いが――おれが何もせずとも、天繰てぐりさんが動画のモトを録り貯めてくれる。

 編集の方に関しては、前回の『おにわ部』動画同様、鳥神とりがみさんたち編集スタジオの方々が協力してくれる。


 おれたちの拠点の警戒に関しても……そのテのプロが三人も引っ越してきてくれた。安心感が段違いだろう。



 視聴者さんに『たのしい』を安定供給しつつ、『苗』や『葉』の対処も手を抜くわけにはいかない。

 両方やんなきゃいけないのが、若芽ちゃんのつらいとこだな!!(つらくない)


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