第383話 【歌唱共演】一対一コラボの終演



 はい十八時! 十八時になりました!

 ただいまより運命の『おうたコラボ』開始となります!


 くろさんの配信チャンネル『仮想温泉旅館くろま』では、配信前の待機画面がちょうど今畳まれたところだ。

 それはつまり……おれたちの姿をカメラが捉えたということであり、おれ以外の実在仮想配信者アンリアルキャスターの存在が全世界に公表された瞬間であり、おれたちと『にじキャラ』さんが主導する次世代演出作戦ががいよいよ始動するということであり……要するに、とってもとっても大切な瞬間なのだ。



 …………そのはず、なんだけど。




「ふんふーん…………ふんふふーんふふーん……んふふーんふーん」


「…………あ、あの……くろさん?」


「おっけ! 一曲目いーれた!」


「くろさん?? あの、もうカメラ……あの……」


「ええねんええねん。ほいじゃあうち先歌うで」


「えっ!? アッ、えっと…………はい……」




 いやあの、なんていうか!! オープニングとかごあいさつとか……そういうの無いの!? 無いか!! 無いみたいだな!!


 既にテーブル上の広角カメラは回っているらしく、カラオケボックスの一室でソファに腰かけるおれたちの姿もバッチリしっかり映っているらしく……テーブル上に設置されているコメント閲覧用ノートパソコンには、おびただしい数のコメントが勢いを増して流れていく。


 見たところ……戸惑いの声が五割、錯乱している声が三割、狂乱している声が二割……といったところだろうか。

 盛大にもったいつけた事前告知を見て、いったい何の発表があるのかと配信ページに飛んでみたら……仮想配信者アンリアルキャスター玄間くろまくろ』にそっくりな着物美少女と緑色の珍獣がちょこんと座ってカラオケを始めようとしているのだ。

 3Dモデルのお披露目配信かと思ったら、なんと実在『玄間くろまくろ』が駄弁ダベってました。……うん、取り乱すに決まってる。



 とうの玄間くろさん本人はというと、そんなコメントの奔流を微塵も気にせず……どう見ても配信は始まっているハズなのに、なんというか非常に自然体で電子楽曲目録デンロクを操作し、一曲目を予約する。


 彼女の十八番オハコであるアニソンのイントロが流れだし、『お立ち台』へ向けて構えられたカメラの前に、実在仮想配信者アンリアルキャスター『玄間くろ』さんが堂々と姿を現す。

 深い青と白を基調とした荒波模様の和服を着こなし、自信に満ちた表情で袖と裾を翻し……『にじキャラ』の歌姫はその実力を存分に見せつけていく。


 なによりもびっくりなのは、今まさに今日の演目であるカラオケ一曲目が始まろうとしているのに、視聴者さんへ向けての言葉が何一つとして紡がれていないところだ。

 挨拶はおろか、本日の配信がどういうものなのかという説明も含めて。視聴者さんを完全に置き去りにしている気がするのだが、これは果たして大丈夫なのだろうか。




「ほないくでー、よろしうー。いちばん、玄間くろまくろ。『千本松』」



 心配するおれの内心をよそに、ついにくろさんのおうたが披露され、我々の『おうたコラボ』が幕を開ける。

 ……いやさっきから幕は開いてたんだけど、あまりにもくろさんが自然体過ぎて……配信中っぽい感じが微塵も感じられなかったのだ。

 そこは(くろさんのチャンネルの)視聴者さんたちも同様の思いだったようで、『もうカメラ回っとるで!!』とか『口上とか無ぇの!?』とか『やる気あんのか!!?』とかいったコメントも少なくはなかったが……


 くろさんの歌声をマイクが拾い、別室の配信管理用ミキサーによって音声バランスが整えられ、そうして映像入力と共にインターネットに乗せられた配信映像は……『歌姫』の呼び声に恥じない圧倒的な歌唱力と、こうして実在している『玄間くろ』さんの一挙手一投足とをもって、疑問や混乱を真正面からねじ伏せていく。



 『一番』を歌っている間は明らかにコメント量が減り、間奏になると爆発的に増え。


 『二番』に入ると多少は冷静さを取り戻した視聴者さんたちが、目の前の光景を徐々に現実のものとして認識し始め。


 再びの間奏を迎え、そうして曲のクライマックスへ向けて演奏と歌唱が盛り上がるにつれて、コメントの密度も一気に増えていき……会場配信のボルテージはまさに最高潮に。



 そうして最後の一音を高らかに歌い上げ、盛り上がりはそのまま後奏へと移り、もはや(おれの動体視力と処理速度でもないと)到底認識し切れぬほどの称賛を一身に受け……演奏のフィニッシュに合わせ、最後は大変可愛らしく自慢ドヤ顔とともにキメポーズ。

 おれは気づけばアホ丸出しで、口をぽかんと開けたまま一心不乱に拍手を送っており……ノートPCの画面ではコメント欄のスクロール速度は最高速度を更新し、色付きスパチャが物凄い速度で溜まっていった。




 配信開始の一発目から、容赦なしの一撃を叩き込んで見せたくろさん。カメラの向こうに向かって愛想を振り撒きながらソファへと戻り……ごきげんに『ふんふふーん』などと鼻唄を口ずさみながら、意味ありげな視線をおれに向けてくる。



 ……その意図するところは、おれでもなんとなくわかる。


 今日のこの配信がどういうものなのか。

 おれがいったい何者なのか。


 それらを説明するためには……まずはしてやるというのが、確かに手っ取り早いだろう。



 嬉しそうに目を細めているくろさんの注目と、カメラ越しに向けられている一億二千万人の視線※おおげさですに応えるように……であるおれは、その設定技能を十全に発揮すべく気合を入れる。




「……それでは……『仮想温泉旅館くろま』御客様の皆様、はじめまして。そして、失礼します。……にばん、木乃若芽きのわかめ。『星の海原』」



 ……元々カラオケは好きな部類だった。先週だって久しぶりのヒトカラでいっぱい練習した。大御所『にじキャラ』さんのチャンネルであれば、権利関係も怖くない。


 何一つ気兼ねすることなく……『おうた』を堪能するのみだ。





…………………………………………



………………………………



…………………………




 二億四千万個の瞳に見守られ(※おおげさです)、盛大な拍手をこの身に浴びて(※気のせいです)……おれは無事に一曲目を歌い終える。

 くろさんは上機嫌を隠そうともせず、上半身を左右にゆーらゆーら揺らしているが……さすがにそろそろお言葉を頂戴しておかないとマズいのではないかと、おれの配信者としての直感が告げている。……というかさっきノートPCのメッセンジャーに『挨拶しろ』『くろま挨拶』『若芽さん挨拶させてください』的な業務指示が来てたし。


 なのでおれは歌い終えた立ち位置そのまま、ちょっと呆れたような表情をわざわざ繕って、くろさんに手招きを送る。

 くろさんはちょっと小首をかしげ(※かわいい!)ながらも、トテテテテっとおれのほうへと小走りで寄ってきてくれた。たすかる。




「……改めまして。初めましての方は、初めまして。『のわめでぃあ』よりやって参りました、緑エルフの木乃若芽きのわかめと申します。……若輩者の身ですが、本日はよろしくお願いします」


「ほーん」



 ……いや、『ほーん』じゃなくって。


 おれがマイクを『ずいっ』と近づけながら視線で必死に、それはもう必死に訴えたところ……幸いなことに、くろさんは空気を読んでくれたようだ。



「まいどおおきに。玄間くろまくろ。よろしぅー」


「ア゛ッ、も゜ッ……もっと…………なんていうか、こう!!」


「んふゥー」



 ニッコニコ顔で頬に手を当てぐにぐにとその身をよじりながら……恥ずかしがっているのか歓喜に打ち震えているのかはわからないが、なかなかに可愛らしいムーブを見せつけてくれる玄間くろさん。

 幸いにも『おうたオンステージ』用のカメラはその様子をバッチリ捉え、全世界三億四千万人(※てきとう)の玄間くろファンに『かわいい』をお届けすることに成功した。


 ……しかしながら、肝心のくろさんはMCを務める気はさらさら無いようで……ディレクターさんからの必死の訴えを受信した気がするおれは、大変僭越ながら説明を試みる。



「んんっ…………このたび『にじキャラ』が皆様にお届けしますのは……企画名『次世代NFR表現技法』のお披露目を兼ねての、カラオケ配信でございます! 従来の仮想アンリアルなアバターではなく……ご覧のように、まるで本物そのもの! ノンフィクションのリアルキャラクターによる表現の『可能性』その一端を、是非とも皆様ご照覧くださいませ!」


「……ようわからんけど、好きなだけ歌ってええねんな」


「エッ? アッ…………ソウ、デスネ……」


「んふゥー! ほなうち二曲目いれるで」


「エッ!? だ、だからくろさん、その……もう少しこう……なんていうか!」




 ぴょんぴょんと弾むように移動してテーブルへと身を乗り出し、デンロクを操作して二曲目を予約する。……着物越しながら突き出されたおしりのラインに目がいっちゃうけど、しょうがないよね。おれ男だもん。


 ともあれ、おれが歌い終えて予約待ち状態だったカラオケ筐体は、受信してすぐさま前奏を流し始め……こうなっては今からの阻止は視聴者さんを萎えさせるだけだろう。

 おれはメチャクチャ上機嫌なくろさんに諦め半分見惚れ半分の視線を向けつつ、待機場所であるソファ席へとすごすご退散していった。




「さんばん、玄間くろまくろ。『朔月さかづきの繭』」



 再びくろさんが戦闘体勢に入り、おそらくはカメラの信号が『おうたオンステージ』用カメラに切り替わる。

 おれはすかさずノートPCへとかじりつき……迅速かつ静粛に、メッセンジャーでディレクターさんに助けを求める。


 くろさんが調である以上、MCというか進行役は別の者が務めるしかない。かといっておれは所詮よそ者であり、あれこれ取り仕切るのは差し出がましいというか気が引けるというか……要するに、くろさんの視聴者さんに歓迎されない可能性がある。

 なので、応援を要請する。くろさんの扱いに長け、くろさんの視聴者さんに反感を抱かれづらく、配信にその身を晒しても問題ない人物……彼女の乱入を要請する。


 幸いにして、ディレクターさんも同様の結論に至ったようだ。

 準備を整えてタイミングを図る都合上、おれがもう一曲歌った後に突入させる方針で進めてもらう。



 餅は餅屋、宿は宿屋……Ⅳ期にはⅣ期。

 こうしておれは早々に降参を告げ、助っ人として実在バイオレットパンキッシュガール配信者キャスター『村崎うに』さんの投入が決定し……




 『一対一のおうたコラボ』は、事実上終了したのだった。



 即落ちってレベルじゃねーぞ!




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