第382話 【準備着々】会場入りました!
昨晩……おそれおおくも我がチャンネルに玄間くろさんをお招きして、例の『おうたコラボ』に関して改めてご説明させていただいて。
おれのチャンネルを見てくれている大切な視聴者さんたちの期待を、煽るだけ煽らせていただきまして。
そうして迎えた翌日、運命の土曜日。
世界初、実在
なんとなんとびっくりなことに、本日この七階ワンフロアは『にじキャラ』さんが全て押さえているらしい。
つまりは部外者完全立ち入り禁止、音源はおれたちのカラオケ筐体のみ、大勢のスタッフさんの注目のもとで、本日の催しが執り行われるらしい。
お客さん用のエレベーターは管理用コマンドを入力しなければ七階に止まらないようになっている上、階段室とフロア間の扉も一方通行(出ることは可能・進入は不可能)になっているらしい。
……いや、やりたい放題だな。ワンフロアって二十部屋くらいあるんじゃないか。全部借りきるってどれくらい費用掛かるんだろ。個人勢じゃ無理無理の無理よ。
まぁしかし……こうでもしないと近隣ブースから音がドンドコ漏れてくるだろうし、店内放送を止めてもらうなんていう芸当も不可能だろう。
決して安い費用じゃないが、それだけの予算を投じるだけの価値がある。……先方はそう考えてくれている、ということだ。絶対に失敗は許されない。
……なーんて、バチバチに気合充分で臨んだ事前ミーティング。
そこで告げられた本日の方針に、やや肩透かしを食らった気分だった。
「……えーっと、つまり…………あんま『配信』を意識し過ぎず、時間いっぱい肩の力抜いて、くろさんと普通にカラオケを楽しめば良い……ってことですか?」
「そうですね。配信中はノートの画面のほうにコメントも流れますので、歌い疲れたら雑談枠のような感じで調子を整えて頂いたり……ドリンクとか頼んで喉潤して頂いても大丈夫です」
「かがみんかがみん、お腹すいたらフードとか頼んでもええ?」
「ちょっ!?」
「大丈夫ですよ。……あぁそうそう、フードやドリンクはデンロクから注文できますので、そちらでお願いします。二人ともドリンクバー行っちゃいますと、画面が大変悲しいことになりますので……」
「ぅえ!? い、いいんですか!? ……え、わたしも!?」
「大丈夫です。若芽さんのように飲食出来るという点も、非常に重要なアピールポイントですので」
「んふゥー! うちパフェたべよ」
「ちゃんとおうたも歌ってくださいね!?」
本日のイベントチーフであるスタッフさん(かがみさんって呼ばれてた)から説明を受けながら、出演者であるおれとくろさんはひとつひとつ懸念事項を確認していく。
方針を聞く限りでは『コラボ配信!』というよりかは、なんというか『オフのカラオケにカメラが潜入した!』みたいな体裁で進めていきたいらしく……なんと配信中に飲み食い可、おしっこによる途中退席も可、雑談というかダベりも可、スマホやタブレットも(常識の範囲内で)使用可という……なんともユッルユルの配信らしい。
とはいえカメラの存在は認識している
メイン会場であるここ七〇一号室には既に数台の固定カメラが仕掛けられており、それらから得た映像は別室のパソコンでいい感じに切り替えられ、高精度マイクから得られた音声と合わせて配信されるのだという。
……加えて、なんというか……おれにとってはタチの悪いことに。
『にじキャラ』さんが借りきったこのフロアの、会場と編集ルーム以外のいわゆる『空き部屋』では……『にじキャラ』運営会社の方々(当然お偉いさん含む)や暇をもて余した所属
というかまぁ、実は……われわれ『のわめでぃあ』も、ちゃっかり一室お借りしていたりする。
関係者であることを表すネームプレートを首から下げたモリアキと、基本的に姿を隠す予定らしいラニちゃん、そして今回は完全に見学者枠の
おれの頼れる仲間たち四人はそのお部屋からおれへとエールを送ってくれたり、自前のチャンネルの配信を行ったり……あるいは『もしも』の際は対処に向かって貰う形となる。
「それと……事前にお知らせしました通り、本日は
「……わかりました。例のデバイスの
「ありがとうございます。感謝します。……いやぁ……夢のようですよ。スゴいですね、あのデバイスは」
「お役に立てたのなら、幸いです」
そして……今回の催し物を行うにあたり、何よりも大切な【変身】デバイス。それらは纏まった数の
……まぁ確実に飛び入り希望者出るだろうな。なんてったって実在
ほかでもない、おれの目の前で鼻唄を歌っている玄間くろさん(の
青銀の瞳には若干気だるげなムードを漂わせながらも、どこか自信に満ちた『ドヤ』っぽい佇まい。
荒波柄の着物をバシッと着付け、鮮やかな朱の帯をキュッと締めて、足袋と草履を履いた脚を優雅に組んで、緊張感など感じさせぬ余裕の表情を浮かべている。
その振る舞いをまざまざと見せつけられては……やっぱり年季の差というか、格の違いというか……そういうものを感じずには居られない。
「かめちゃんかめちゃん。かめちゃんは、カラオケとか好き?」
「えっ? あっ……まぁ、嗜む程度には」
「んふふゥー。……なら何も問題無いやんな。うちとたのしいたのしいカラオケに来た、ってだけやねんで」
「…………えへへ……そうですね。ありがとうございます」
「んふゥー! ……ま、長丁場やけど……楽しもうや」
「……はいっ!」
……やっぱり、敵わないな。
狙ってやっているのか、元来備えた素質なのかはわからないけど……おかげでいい感じに気持ちもほぐれた。
これなら……楽しめそうだ。
「んじゃーまぁー……
「おぉー! がんばってください。はいマイク」
「なに言うとるん、かめちゃんも歌うんやで。はいマイク」
「ホエェェェ!?」
スタッフのかがみさんが微笑ましそうな視線を向ける中……貸しきりの七階フロアに、優美な歌声が響き渡る。
他に音源がほとんど存在しない現在、その歌声はフロアの隅々までよく通り……最終確認中のスタッフさんや、待機中のほか
……やっぱすごい。おれには到底敵わない。
敵わないけど……近づきたい。
意味ありげな流し目を寄越すくろさんに、ひとつ頷き意志を返し……おれは意を決して、マイクを握りしめた。
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