第380話 【前夜配信】……はんのうがない



 ちょっと不思議なことが起きたような気がしなくもないが……まぁ、深くは気にしないことにしよう。

 一昨日はまだ二月二日か三日かそのへんだったような気もするし、一週間どころか二週間弱がものすごい早さで経過した気もしなくもないけど……まぁ、そういうこともあるだろう。


 というわけで、今日は誰がなんと言おうとも二月十四日の土曜日、現在時刻は二十時四十五分。あと十五分後には定例配信『生わかめ』が始まろうとしており、既に配信画面には開場待機イラスト(神絵師モリアキ謹製・新作)が映し出されている。

 ……さすがは我が神、相変わらず良いお仕事をなさる。




『……じゃあ、そんな感じで。うちもかめちゃんの配信見とるから、タイミングはそっち合わせるわ。いきなり音声配信繋いでもろてええよ』


「はい。助かります。……すみません、くろさんもお忙しいでしょうに」


『んーん、全然全然。準備とかはぜーんぶ八代やしろがやってくれとるし。うちは当日現地いって歌うだけやしぃー』


「はははは…………」



 この肝の据わりよう……これが『にじキャラ』が誇る歌姫の胆力か。

 おれなんか本番が明日というだけで緊張でガックガクだし、そんな状況でこれから生配信なので不安でブッルブルでたまらないのだが……良い意味で『いつも通り』のくろさんとお話しできたことで、少しは落ち着きを取り戻せた気がする。


 今日の配信では、なによりも明日の『おうたコラボ』のアピールを行うことが最重要だ。そのため明日のコラボ相手であり開催場所チャンネルの主である玄間くろまくろさんを(通話で)お招きして、抱負やアピールポイントを語っていただく形になっている。

 くろさんの立ち絵もスタンバイ済だし、進行スケジュールもバッチリ書き出してカンペ用モニターに表示済み。準備はすべてチェック済み、万事抜かり無い。



「気楽にね、ノワ。緊張すべきは明日の本番だよ。今日の配信はボクらのチャンネルだ、たとえても、一切なにも問題ない」


「……そうだね。……そうだ、いつもどおり。いつもやってるやつだ」


『まぁたらそれはそれでオイシイんちゃう? かめちゃんは』


「な、なんてこと言うんですか!!?」


「実際オイシイんだよね、よわちゃん」


「ラニちゃん!?」



 ちくしょう、なんてこった。もう怒った、おれは絶対なんてしてやらないからな。

 おれは気合を入れ直し、時計を確認し……くろさんに一旦の別れを告げ、励ましのメッセージを送ってくれている『にじキャラ』配信者キャスターさんたちに心の中でお礼を告げ……配信用の立ち位置へと、満を持して移動する。



 おれのことを心配そうに見つめる霧衣きりえちゃんに満面の笑顔を送り、お返しにとばかりに安心した笑顔を見せてくれる霧衣きりえちゃんに胸ズッキュンされながらも平静を保って見せ……カウントダウンが始まり、自然と顔が引き締まる。

 そうとも、ここはおれたちの配信チャンネル……おれたちのホームグラウンドだ。

 なにも恐れず、ただ楽しんで貰うことのみを考え、いつも通りやれば良い。


 二月十四日、たのしいたのしい『のわめでぃあ』定例生配信……多くの視聴者さんに見守られ、今スタートだ!




……………………………………………




ヘィリィこんにちわ! 親愛なる人間種のみなさん! 魔法情報局『のわめでぃあ』局長、最近のマイブームはメンソ○ータムとかハッカとかスースーするやつ、木乃若芽きのわかめです!」


(ヒっ……)


「こ、こんばんわ! のわめでぃあ、ぱーそなみに、見習いの……最近、えぇっと…………香草はーぶ、に、興味がございます……霧衣きりえにございますっ!」


「お料理スキルが日に日に向上してます霧衣きりえちゃんです。もう『おはなしクッキング』の主演、霧衣きりえちゃんで良いんじゃないかなって。わたしアレ以降お料理披露できてませんし……」


「わ、わたくしなど…………わぅぅぅ」


「はい! 今日もかわいい霧衣きりえちゃんを堪能できるのは『のわめでぃあ』だけ! よろしくお願いしますね!」


「わかめさまぁぁ!!?」



『ヘィリィ!!』『【¥1,350】駆け付け三杯』『ヘィリィきちゃ』『かわいい』『ヘィリィ!』『きりえちゃんかわいい』『かわいい』『ノルマ達成』『「わかめ様ぁ!?」いただきました』『おまかわ』『ヘィリー!!!』『きりえちゃんの悲鳴かわいい』



 毎度のようにオープニングをきゃいきゃいと終えて、本日のお品書きを述べていく。

 その中でもメインは、ここ最近のおれたちの行動(のうち一般公開できるもの)のご報告と……なんといっても、明日の本番の告知だろう。


 特に明日の告知は、玄間くろまくろさんにもご協力をいただく予定になっているのだ。あまり悠長に進めてはいられない。



 ……というわけで、手早く活動報告を済ませていく。その内容は概ね『おにわ部発足したよ』『近々動画第一作投稿するよ』『面白そうな開拓案あったらDMメッセージちょうだい』といったものだ。

 今日はべつに天繰てぐりさんのお披露目があるわけでもないし、パパっと済ませよう。パパっと。はい済ませた。




「……というわけで『おにわ部』の活動については、また近々追ってご連絡させていただくのですが……近々どころじゃなくてですね、すぐ明日に控えた超超重大イベントがございましてですね!」


「は、はいっ! わたくしどもも、楽しみにしております……『おうたの会』でございます!」


「そうです! 霧衣きりえちゃんよくできました! よーしよしよしよし」


「わ……わうっ、わうっ……わぅぅぅ」


「アーかわいい…………っと、それでですね、本日はなんと! すてきなゲストさんをお招きしております! ……まあ通話なんですけどね」



 さりげない手振りでラニちゃんに指示を出し、待機してくれている玄間くろまくろさんへと音声通話を発信する。


 おれの歌唱力を買ってくれた『にじキャラ』さん全面バックアップのもと、本邦初公開の実在仮想配信者ユアキャスを全面に押し出した、決して余所では真似できないリアルタイムカラオケコラボ。

 そのお相手である玄間くろまくろさん……先程はおれを心配して通話を繋いで元気付けてくれた、独特のほんわかした空気を纏うおうたつよつよ配信者キャスターさん…………が。




「………………………」


「…………………ゎ、ゎぅ……」


「………………………出ませんね」




 …………通話に、出ない。


 そんなばかな話があるか。だって……だってまだ三十分かそこらだぞ。

 生配信を開始する前、確かにくろさんと言葉を交わしたし……『配信見てるから、そっちのタイミングで通話繋いでいいよ』と、確かにそう言ってもらったはずだ。


 なのに…………出ない。




「…………えー、っと…………」


「あわわわわうわうわう」


「…………じ、じゃあ……ものまねを! 『疑惑を追求されたしゃちちゃん』のモノマネします! ……ん゛んっ…………


『Who told you that?(※誰が言った?)……Who supplied you this information!?(※そんな事言いやがったのはどいつだ!?)』」


『おぉーーーー(ぱちぱちぱち)』


「え? ちょ、おるやんけ!!?」


『んふふゥーーごめんて。耳掃除しとった』


「みみーーーー!!」



『ほんのり似てるの草』『まさかのしゃちちゃん』『耳ww掃ww除wwww』『浮き輪疑惑のか』『sharrrrrrrch!!!!』『ブチギレしゃちちゃんwwwwwww』『くろまおったやんけ』『居留守は草wwwwww』『ひっでえwww』『くろまwwwww』『ちょっとだけ似てる』『これは海草』『かめちゃんかわいそう』




「…………というわけで! 『にじキャラ』の歌姫、玄間くろまくろさんです!(半ギレ)」


『まいど!』


「いや、『まいど』じゃなくて。どういうつもりですか。ひどいじゃないですか。なんであんなひどいことするんですか。かわいいわかめちゃん恥かいちゃったじゃないですか。わかめちゃんがかわいそうじゃないんですか?」


『かわいそうは可愛い、って言うやん?』


「そゴほォ……ッ」





 ……落ち着け。大丈夫だ、気にすることはない。これがくろさんの平常運転なのだ。


 ちょっとした不幸はあったが、無事に通話を繋ぐことができた。

 大御所の参戦に、視聴者さんたちの期待も高まってくれている様子なので……このままいってしまおう。




 明日の一大イベントに向けての決起集会、兼・前夜祭!


 いざ尋常に……宜しくお願いします!


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