第352話 【技能指導】こっちもこっちで
ちょっと自慢しますが……幼少期のおれは、ぶっちゃけ文武両道でして。
お勉強もできたし、足もそこそこ早かった。水泳の授業ではぶっちぎりの好成績を残せたし、弁論大会もクラス代表に選ばれたりもいたしまして。
しかし、まぁ……しょせんは小学生の頃の話ですよ。中学高校へと進み、もっと優れた同級生が頭角を表し始め、またおれの好成績の一因でもあった『習い事』を辞めてからは……うん、ご想像にお任せしましょう。井の中の蛙なんとやら、です。
そんなこんなで、なぜ急に昔話を始めたかというと、ですね。
おれは今、それこそ十数年ぶりに、新しい『習い事』を始めようと思っているわけでして。
「……はい、到着ウワァーー寒ゥーー!!」
「おぉ? ……おホォー! すごい! 一面真っ白だよノワ!」
「まぁ北陸だからねぇ……冬は長いし、雪も多いよ」
「なるほどね……だからタイツであったかくしてたわけか」
昨日は『にじキャラ』さんの事務所に赴き、第Ⅰ期生と第Ⅳ期生の方々に【変身】魔法と専用デバイスを与え、来る
当面の間はレクチャーや助言役や『もしも(※
なおデバイス四号機と五号機の準備が整えば、順次Ⅱ期とⅢ期にも声掛けするらしい。
そんな取り決めを終え、『にじキャラ』の方々には『近場のホテルに泊まります』と伝えておき、実際には岩波市の拠点で一晩を明かし(モリアキも自宅に帰還して休んでもらい)……本日はその翌日、二十九日である。
お昼過ぎからは昨日同様、『にじキャラ』さん事務所へとお伺いする予定なわけだが……現在はもうすぐ朝の九時。現在位置は、雪深い北陸地方だ。
「ご、ごめんくださーい!
『はぁい、おはようございます。……開けましたので、どうぞ』
「し、しつれいします!」
おれとラニが足を運んだのは……先日グランドハープ(※破損あり)を譲っていただいた、自宅で音楽教室を開いておられる
前回みんなそろってハイベース号で訪ねたときに、近くの公園のお手洗い(女子用)に【
「いらっしゃい。遠いところわざわざ。……独りで来たの? 疲れたでしょう」
「い、いえっ! 今は……ちょっと、時間まで別のところにいますが……そのひとにここまで連れてきてもらいました」
「あらあら。それはそれは……お二人とも、ご苦労様」
「大丈夫です。来たくて、来たんですから」
おれの今の目標……それは、【変身】によってアバターの姿を再現した
先方には『ピアノ伴奏』と伝えてあるが、期日までにバッチリガッチリ練習して『じつはわたし、ハープ弾けるんですよ。カッコいいでしょう』とドヤ顔したい……というのが、目下の野望なのだ。
そのために、ラニちゃんという手段をフルに活用して、週二回水曜と木曜の午前中、通いでハープを習うことになったのだ。
ちなみに、山代先生には『火曜日の夜に電車で来て、ホテル泊まって、木曜に帰ります』ということでお伝えしている。普通にこの通りの作戦を考えればなかなかの出費なので、通学時間と費用を節約させてくれるラニちゃんには頭が上がらない。おしおきはするけど。
ともあれ、山代先生にとっては『そこまでしてハープを学びたい熱心なご令嬢』に映ったらしく……お月謝のほうはややお心を頂いた金額で、マンツーマンでの手ほどきを頂けることになった。……うそついて、ごめんなさい。
「それじゃあ、時間を大切に使いましょうね。無駄話はここまでにして、早速楽器に触ってみましょうか」
「はいっ! 宜しくお願いします!」
以前ハープを譲っていただいた『音楽室』へと足を踏み入れ、そこに鎮座していたグランドハープ――おれが譲り受けたものと同じメーカーのもの――の前へと通される。
ほんわかしたマダムから、キリッとした教育者の顔へ。
「……じゃあ、今日はこのあたりで終わりにしましょうか。やだ、もうこんな時間」
「あっ、本当だ! ありがとうございました……先生」
「ふふっ。……はい、お疲れ様でした。また明日ね」
初日の音楽教室を何事もなく終え、おれは山代先生と先生の息子さん(高校生くらい)に見送られ、先生のおうちを後にした。
それにしても先生……どう見ても三十代、ともすると二十代でも通用しそうなお肌なんだが……なんとびっくり四十代、しかも年女だという。やべーよ魔法だわあれ。
(ラニ、終わったよ。そっちは今どんな感じ?)
(んおおー? わかった、さっきの公園戻るよ)
(はいはい。ごーめんね、ちっと長引いた)
「うわほんと。ちょっと急がないとね。キリちゃんのごはん食べ逃しちゃう」
「それはやだぁ!」
まぁ……こちらも魔法なわけだけど。
周囲に人けが無いことを確認して女子用トイレに滑り込み、個室の中で【門】を開いて岩波市の拠点へ戻り、
わずか一時間足らずで北陸→東海→関東間を移動するなんて、ラニちゃんにしか不可能だろうな。感謝しないと。おしおきはするけど。
倉庫内で【門】から『にゅっ』と姿を表し、充填設備にセットされていた
いちおう
そうこうしていたら、もう間もなく十三時だ。これは本格的にヤバイぞと、隠蔽魔法フル展開のうえで【
人知れずエレベーターへと飛び込み、隠蔽魔法を解除。対人隠蔽の通用しない監視カメラには、普通に慌てて飛び込んできたようにしか映らないだろう。
「おはようございます。宜しくお願」
「のわっちゃあああああん!!!」
「わかめちゃあああああん!!!」
「おわあああああああああ!!?」
『八〇一』号室に到着するや否や盛大に歓迎を受け、そのまま会議室へと連行される。あまりの迫力におれもラニもろくな抵抗ができなかった。こわ。
そこには昨日の面々が既にほとんど全員揃っており(まあ時間どおりなので当たり前か)……おれ(たち)の到着を待っていてくれたのだろう、昨日に引き続き
アバターの情報は既に昨日【
当初心配していた非・人間型、あるいは人間型から大きく乖離した造形の
とはいえ、このデバイスによる【変身】で再現できるのは、あくまで姿かたちだけ。
……というわけで、おれはおれが敬愛していた
自分のお仕事である
「やーやーやー……これはこれは……お披露目が楽しみですなぁー」
「んふゥー。うちが最初やねんでー」
「くぁーメッチャ羨ましいわーもー!」
「なんなら、んにはんも歌えばええんとちゃう? お披露目できるやん?」
「……………………アリやな!」
「んふゥー」
随所にスタッズがあしらわれた、パンキッシュな紫色のフード付きパーカー、その上にはこれまた刺々しいダークグレーのジャケット、そしてふとももが眩しいブラウンのミニスカート姿の、目に鮮やかなライトオレンジの髪の少女……村崎うにさんが、悪戯を思い付いたラニちゃんのように油断ならない笑みを浮かべている。
そんな彼女の様子を独特の鳴き声(?)とともに見守るのは……白青から濃紺に掛けてのグラデーションが見事な、荒波をモチーフに盛り込んだ和服をビシッと着こなした、黒銀色の髪と瞳の少女……
さんざん画面の中で目にしていた、とても『
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