第312話 【最終関門】幻想コンタクト



 どれ程すばしっこい『鳥』であっても、奴が攻撃を試みる際には必然的にこちらへと近づかなければならない。


 当然と言えば当然だろう。この地球上に生息している、ありとあらゆる鳥類……いや、地球の歴史を大きく遡り、かつて大空を支配した翼竜であったとしても、その攻撃手段は己のくちばしや爪に限られる。

 かまいたちを飛ばしてきたり、ダーツのような羽毛を飛ばしてきたり……そんなものは、ゲームや漫画・小説の中でしか有り得ない。


 であれば……結局のところ、対処としては簡単だ。

 おれ目掛けて攻撃体勢に入り、勢いよく突っ込んでくる『鳥』に対し……おれはカウンター気味に、魔法を叩き込んでやれば良いだけ。

 まとがあっちから突っ込んでくるんだから、入念に狙いを定める必要もない。ただタイミングを合わせるだけだ。

 邪魔するやつは指先ひとつでダウン……なのである。




「……っ、もう……良いでしょ。お開きでしょ……おうちに帰して……」


「…………まだ……だよ。……まだ、がんばって」


「やだああああああ!! なんでいじめるのぉぉ!!」


「やだじゃ、ないんだよ。…………これだから……お子様は」


「わたしはお子様じゃ無いですし! ……っていうか、そっちだってお子様じゃん!!」


「…………ッ! ボクは……お子様じゃ、ない! ……立派な……大人オトナ


「どこがですか!? どう見てもわたしと同じくらいの……十歳そこらのお子様にしか見えませんけど!!」


「…………それ……キミ…………自分で『お子様』って……」


「……………………アレェ!?」



 あれぇ……いや、ちがうんだ、おれの召身体年齢は十歳そこらだけど、おれはエルフだから実年齢は百歳(という設定)なのだ。いや設定云々を抜きとしても、の実年齢は三十を越えてる立派なオトナなのだ。召和生まれやぞ。

 とにかく、おれはお子様じゃないのだが……どう見てもお子様なシズちゃんは、見た目は同じくらいのおれに『お子様』呼ばわりされたことが腹に据えかねたらしい。




「…………まぁ……いいよ、べつに。……キミが、自分を『立派な大人』っていうなら」


「ひっ……!?」



 三度目となる、空間の歪み……彼女が異形の魔物マモノを喚び出す【門】を造り出す。

 しかしその大きさは、前二回の比ではない。奇しくも屋上ヘリポートに相応しい、ヘリコプターくらいの大きさであれば余裕で呑み込めてしまうほどのサイズだ。


 ……明らかに、ヤバイ。

 どうやらシズちゃんは……かなり『おキレ』になられているらしい。




「…………じゃあ、これが……最後の『テスト』」


「さ……さい、ご? 本当?」


「ほんと。……勝てたら……ううん…………、だけ……ど!」


「ちょ……っ!?」




 深淵へ続くかのように禍々しい【門】の歪み……その向こうから姿を現した、シズちゃんいわく『最後』の試験テスト相手。


 前の二体……『獣』や『鳥』なんかとは、大きさもそうだが根本的に異なる魔物マモノ

 現代日本において、いや日本に限らずとも、誰一人として相対したことが無いハズの……存在し得ない存在。



 『獣』のものよりも更に太く、逞しく、巨大な、四本の脚。


 『鳥』のものよりも更に大きく、分厚く、頑強な、一対の翼。


 そして……ヘリコプターなんか目じゃない、がっしりどっしりした筋肉質な体躯と、ぶっとくて長い尾。


 牙状の太いトゲを無数に備えた、ワニのように大きく開く顎と……雄々しい一対の角を備えた、禍々しくも凛々しい頭。




「――【幻想概念創造デイドリーム・アウト】。……『ドラゴン』、って……やつ」


「ひ……」



 鱗の代わりに、赤黒くざわめく葉を纏い。

 筋肉の代わりに、赤黒く蠢くツタを這わせ。


 その体表面に生理的嫌悪感を感じさせる微細動を伴いながら、その一方で四つの脚と尾を力強く踏み鳴らし。



≪――蜉帶ッ斐∋縺ィ豢定誠霎シ繧ゅ≧縺倥c縺ェ縺?°窶ヲ窶ヲ蟆丞ィ!!!!!!≫


「やだあああああ!!」



 『混沌の種』に連なる魔物マモノの最終進化系が、人けの無い首都・東京の夜空に響き渡った。






 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※






 フリーのイラストレーターとして活動していれば、それこそ名だたる大手企業の肩書きを持つ依頼者クライアントからのお仕事を受けることも、そりゃ度々あったりするわけで。

 しかしそんなケースでも……依頼もリテイクも納品であっても、メールやチャットで済ませることも少なくない。

 ネット文化が発達した昨今であれば、尚のこと。これからこういう流れは加速していくことだろう。



 まぁ、なので……少なくとも『仕事上で付き合っている相手と飲みに行く』なんてぇのは……前の職場以来のことなんすよね。


 しかもしかもそのお相手が……天下に名だたる『にじキャラ』さんの、売れっ子を多数抱える現役のマネージャーさんと技術アシスタントさんと、更にそこの取締役ともなれば……こんな好機を逃すことなんて出来るはずもなく。


 ましてや、自分たちが手塩に掛けて育てて準備してきた『愛娘』をベタ褒めされちゃったら……そりゃあ、色々と話も盛り上がってしまうわけで。




「いや、でも……まだ色々と理解が及んでないトコもありますけど……とりあえず本っっ当『良い子』ですよね、若芽ちゃん」


「えぇ、本当に……非常に空気が読めるというか、こちらの『してほしいこと』をよーく理解してくれてる、っていうか。……親御ママさんの教育が良いんですかね?」


「いやいやいや! 大変なんですって! 割と危なっかしいし何かと無防備だし……オレのお願いロクに聞いてくれないんすよあの幼女!」


「それだけ『気を許してる』ってことなんだろうね。いやぁ微笑ましい」


「いいなぁー良い子で」


「ウチは問題児揃いですから……」




 先輩わかめちゃんの今までの努力が報われた、と捉えるのはまだ早計かもしれないが……こうしてオレが大御所の方々と酒を呑み交わすことが出来ているのも、また先輩わかめちゃんが同業者であり『推し』でもある子たちと交流できているのも、あの子が頑張ってくれた結果なのは間違いない。

 まぁ、少なからず『運』に依るところがあったのも確かなのだが……そこからこうした縁を繋ぐことが出来たのは、他ならぬあの子のおかげ……あの子の実力あってこそだ。


 苦楽を共にした――といってもオレの『苦』なんて微々たるものだが――間柄の子が褒められるのは、やっぱりとても嬉しく……どこかこそばゆい。

 あの子が同業者キャスターの子と仲睦まじげに騒いでいるのは……親の贔屓目も多分に含まれるだろうが、とてもてぇてぇ。




「あの……オレなんかがお願いできる立場じゃ無いのは、理解してますが…………どうか、今後とも仲良くさせてあげて下さい」


「いえいえいえそんな! こちらこそ! こちらこそ若芽さんのお陰で……Ⅰ期やⅡ期も含め、なかなか良い活気が出て来てるんですよ」


「そうだね。……それに、例のラニさんの『秘策』が実用化すれば……配信者キャスターの子たちはもちろん視聴者さんにも、喜んでもらえるのは間違いない」


「俺は正直、技術屋としては複雑な気持ちですが……『魔法』を演出に織り込むってのも、それはそれで楽しそうですし。俺たちがパイオニアになれるって思えば、悪くないですね」




 白谷さんが開発中の『魔法』は……キャラクターとしての配信者キャスターを最もよく知っている演者に、キャラクターの容姿を投影する魔法を行使してもらう……というものだ。

 たとえば、配信者キャスター『村崎うに』さんの場合。うにさんの演者さん本人が術者となり、長年演じ続けていた『村崎うに』のことを強く強く思い浮かべてもらい、【変化】のまじないを参考にした【変身】魔法を発現させることで、自らに『村崎うに』さんの容姿(のみ)を再現・投影させる……というもの。

 ……さすがに、先輩わかめちゃんやミルさんのように、内部設定や能力まで再現させるには至らない。術者への負担と発現コストに加えて、単純に魔法構築の手間が掛かりすぎるのだ。


 とはいえ術者の『想像力』だけでキャラモデルの再現が可能なのか、また魔法の発動コストをどこから捻出するのか、等の課題は残るが……仮にこの魔法が実用化されれば、『も本人の完全実在仮想配信者アンリアルキャスター』を起用することが可能となる。

 そうなればもう、3Dモデルなどという次元ではない。表情も、顔色も、髪の毛や衣類の靡きひとつとっても、まぎれもない『現実』のものとなって視聴者を楽しませてくれる。

 仮想配信者アンリアルキャスターに食事をさせることも、3Dモデルなんかあるわけがない新商品レビューをさせることも、ハンドクラフトやプラモデルを作らせることも、実在人物と絡ませることも、交通機関を使って旅をさせることも……これまで技術的な制限によって不可能だったあらゆる演目が、これさえあれば表現可能となるのだ。


 その威力は……業界内外への影響力は、計り知れない。



「そうすりゃもっと気軽に……若芽ちゃんと絡めるようになるんでしょう? 良いことじゃないですか」


「そうそう。最近金剛さん……いや、Ⅰ期のマネージャーさんからアプローチがスゴいんですよね。……絶対ティーリット様ですよ。コラボさせろ3Dスタジオ使わせろ、って」


「ほへ? ま、まさか……ウチの子に、っすか?」


「若芽さんに迷惑掛かんないように、Ⅳ期と頻度調整しろ、って言ってあったからね。……若芽さんだって案件と……用事とかあるだろ?」


「ま、まぁ…………それなりに」


「はっはっは! 人気者は辛いねぇ」


「……精進します。……でも、共演コラボの依頼だったらジャンジャン持ってってあげてください。あの子が『やりたい』って言うなら……やれないことを安請け合いするような子じゃないんで、きっとなんとかやってくれますよ。本人も喜ぶと思います」


「ふふふ……ありがとうございます。金剛さんにも、そう伝えておきます」




 色々な方々に気に掛けてもらえて、新発想の『魔法』のような技術も実装間近で……これからこの業界は、そしてあの子の『のわめでぃあ』は、もっともっと楽しいことになっていくでしょう。

 あの子には――いや、完全に年下の子に対する扱いになっちゃってますが――とにかく健康第一で、身体に気を配って、程々にがんばってほしい。



 まぁ、とりあえずは……寝心地のよい都心リゾートホテルでのステイを、心行くまで堪能して……存分にリラックスしてほしいっすね。もうそろそろおネムの時間でしょうし。


 あの子に限って、夜遊びとかはさすがに無いでしょうけど……ちゃんと寝れてるかは、まぁ心配っすね。



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