第300話 【第四関門】セカンドコーデ



 おれたちの地元浪越市なみこしから遠く離れて、東京都渋谷区からお送りしている(※まだ収録段階です)、霧衣きりえちゃん着飾り計画『きりえクローゼット』。

 一発目から完全に未知の土地での収録となる今作だが……頼りになる現地案内人さんの力添えに助けられ、収録は今のところ順調に進んでいる。


 オープニングを撮って、一店舗めの物色シーンを撮って、おれと霧衣きりえちゃんのトークシーンもいくらか撮って、くろスタイリストさんがピックアップしたアイテムのをそれぞれ押さえて……そしてそれらを身に纏った霧衣きりえちゃんのお披露目シーンも、いろんなポーズと共にしっかりと。

 更に更に……霧衣きりえちゃんとおそろいのお洋服を試着したおれの様子も、ばっちりと。


 これらの『素材』はたっぷりと集まったので……あともう一店舗、もう一式くらいコーディネートを撮影できれば、動画として編集するには充分な素材が得られるだろう。

 ……うん、あまり言いにくいけど……ご予算的にも、あと一式くらいが限界かなって。女の子のお洋服がこんなにお金の掛かるものだとは……ちょっと、甘く見てたかもしれない。




「やっぱ……お店によって、テイストも微妙に違うんですね」


「……色づかい、とでも申しましょうか? 先ほどのお店は柔らかな色あいが多く見受けられましたが……」


「そだね。このお店は……なんていうか、クールでスタイリッシュっていうか。都会的っていうか」


「なるほど……くーるで、すたみっつ……で、ございますか」



 例によってお店へ許可を取り付け、お店の中をあれこれ拝見させてもらいながら、くろスタイリストさんがコーデを纏める時間稼ぎ兼使えそうな映像集めに奔走する。

 店員さんや他のお客さんの視線とスマホが気になるが……そもそもおれたちは迷惑かけてる側だからな、しかたない。

 霧衣きりえちゃんは目の前のお洋服に目が釘付けで気にしてないみたいだし……おれもあんまり気にしないことにしよう。



「……じつはわたし、こういうお店連れてってもらうの、今回が初めてなんですよね。……あっ! その、えっと……エルフなので、人間種のひとたちのお店って……あんまり行ったことなくって」


「わ、わたくしも…………その、今まであまりお屋敷から出ることは叶いませんでしたので……斯様に賑やかなお店は、とても興味深くございまする!」


霧衣きりえちゃんは『洋服』ってあんまり着たこと無いですよね。……どうですか? 着てみた感想として」


「えぇっと……何と申しましょう? とても身体の動きに合わせてくれる、とでも申しましょうか……軽くて、柔らかくて……ふわふわ、でございまする」


「ふ、ふわふわ……なるほど」


「のびちぢみする布地、とは……とても画期的なものでございまする。先日頂いた『ぱんつ』のときにも」


「アッ! エット! アアッ、とぉ!! ……う、うん! そうだね! つまり……洋服は、あんまり嫌いじゃない?」


「はいっ。なかなか良いものにございまする」



 企画立案企画配信どっちの動画SHOWのときは、ひどく怯えてあわあわしていた彼女だったが……先だって入手した下着ぱんつが良い影響を与えてくれたのか、幸いなことに現代衣料に対する抵抗感は持ち合わせていないようだった。

 慣れない衣装を着せられたことによる気恥ずかしさはあれど、どうやら慣れれば問題ない程度の感覚だったようだ。先ほどのお店で選んでもらった服もお気に召したようで、今となってはにこにこ顔で花柄ワンピを眺めている。かわいいが。



「カントクーでけたでー」


「おぉー了解やー。のわっちゃーん! きりえっちゃーん!」


「カントクさんちょっと! 声大きいですちょっと! お店に迷惑でしょうちょっと!」



 身内の迷惑行為に若干ヒヤヒヤしたが……ともあれ我らがくろスタイリストさん渾身のコーデが準備できたらしい。

 期待に胸を膨らませながら、霧衣きりえちゃんと二人分用意されたカゴを受け取る。……なんだかんだでくろスタイリストさんの見る目は確かなので、おれはもはやそこまで抵抗感を感じていないのだ。



「今回のは……どっちかっていうと、のわっちゃんに特に似合うように揃えたらしいんよ。せやからな、」


「だいたいわかりました。わたしが先にお披露目すれば良いんですか?」


「そそそそそ。頼める? のわっちゃん」


「ぜんぜん大丈夫ですよ。くろさ……スタイリストさんの腕前は、信頼してますから。じゃあ霧衣きりえちゃん、またあとでね」


「は……はいっ!」


「んふふゥー嬉しいこと言うてくれはるやんー」



 複数ならんだ試着ブースのうち奥がわ二つをお借りして、おれと霧衣きりえちゃんはそれぞれお着替えへと意識を移す。

 段々この身体おんなのこに順応してきた……というわけでは無いと思うのだが、女の子向けの衣服を身に付けることに対する抵抗感は、確実に薄れてきている気がする。……少なくとも最初の頃よりは。


 まぁでもでも、実際のところは『おれのことをちゃんと見ていてくれるひと』が存在している、ということに対する安心感が半端無いからだろうと考えている。

 玄間くろまくろさんが、おれのために揃えてくれたコーデなのだ。そう考えると嬉しさもヒトシオだし、期待には応えたいと思ってしまう。



 そんな考えごとをしながらも、順調に衣服を身に付けていく。先ほどの経験が功を奏したのか、今回は霧衣きりえちゃんもひとりでお着替えできているようだ。

 店員さんに服を着せてもらっている霧衣きりえちゃんの声も、あれはあれでなかなか滾るものがあったが……愛娘の成長を感じられるようで、とても嬉しい。おれ娘いないけど。


 スカートのホックを締め、シャツの裾は外に出して、アクセントのロープベルトを結んで、デニムのジャケットを羽織って。そもそもがちゃんと女の子しているだけあってか、このあたりのアイテムも身に付け方がなんとなくわかる。

 脱いだものをきちんと纏めて、とりあえず袋に詰め込んで……立ちあがり姿見に全身を写して、仕上がった『わかめちゃん向けコーデ』を改めて眺め……その完成度の高さに、我が身ながら思わず見惚れてしまった。




「あの、カントク。……着替え、できました」


「おお! オッケー今カメラ回すわ。……じゃあ登場シーンからな、頼むわのわっちゃん!」


「はーい!」



 うにカントクさんの合図に従い、おれは胸を張ってカーテンを開ける。

 その向こうで待ってくれている……うにカントクさんと、くろスタイリストさんと、カメラと、店員さんと、一般のお客さん…………えっ、あの、待って。




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